期して待っていた、と言うわりに。 お待たせ致しました、と核心を告げた赤葦の頬を、黒尾は何故か恐る恐る両手で包み、 ゆっくりゆっくり、顔を近付け…触れるか触れないかの位置で、接近スピードを更に緩めた。 まだ寝癖のついてない、長い前髪で額を擽り、鼻先だけで頬を掠めて。 触れ合いたくてたまらない部分に、なかなか触れてくれないのだ。 熱い吐息だけが、期待を煽り続ける。 待てども待てども訪れない接触に、赤葦は焦れに焦れて… 黒尾の首後ろに腕を回すと、一気に自分の方へ引き寄せた。 「…っっ!」 「…!!?」 触れ合った瞬間。 さっきまであんなに惑っていたはずの黒尾は、触れていない部分を全て埋めるかのように、 呼吸も鼓動も全て奪い尽くす、絶え間無いキス、キス、キス… さすがにもう限界だと、背に軽く爪を立てて引っ掻くと、音が出る程しぶしぶ、唇を離してくれた。 「お前なぁ…いきなり最大火力で、火ぃ点けてくんなって。」 「そっちこそ、火を点けた瞬間に、ドン…加減して下さい。」 そうは言うものの、お互い『身に覚えのない』未知の領域。加減なんか、わかるはずもない。 わかったことと言えば、これぐらい? 「何で今まで、気付かなかったんだろうな。」 「あからさまなぐらい、明らかだったのに。」 こんな時間、こんな場所で。 疲れ切った羽や背を伸ばし、他愛ない茶飲み話を楽しみ、労り合う。 合宿中に今まで何度も二人でやってきた、『毎度お馴染み』の憩いタイムだ。 今日だって、多分この辺に…という、淡い期待?確実性の高い予測があったからこそ、 人待ち顔で月を眺めていたり、ぷらぷら月光浴散歩をしてたんじゃないか。 無自覚のままに、自然とそうしていた理由…今ならば、はっきりわかる。 「今日もおつかれさんだな、赤葦。」 「黒尾さんも、おつかれさまです。」 いつも通りの台詞を、苦笑いではなく微笑みと共に交わし合い、上唇の端だけに触れて。 そろそろ戻る時間…これ以上触れたら、巣へ放してやれなくなるからと、黒尾は手を離そうとした。 だが、その言葉を聞いた赤葦は、今まさに思い出したという態で、あっけらかんと言い放った。 「巣、追い出されました。今晩、帰るとこがないので…泊めて下さいませんか?」 「おっ、お前はまたっ、このタイミングで、とんでもねぇ劫火をぶち込んで…っ」 言うやいなや、黒尾は赤葦を半ば抱えたまま、コンクリート流しの奥へ… 足音を立てないよう、全速力で鉄骨階段を上り、ポケットから取り出した鍵で、部室の扉を開けて。 転がり込むように部屋の最奥まで忍び込むと、月明りからも隠すように、赤葦に覆い被さった。 「次に火が点いたら最後、どうなるか…」 俺自身にも全然わかんねぇ、未知の領域だ。 だからもし『これ以上は触れないで』って時は、全力で噛み付くなり何なりして、俺を止めろ。 そうしねぇと、お前がときめくモノをとことん探究し続ける…延々、触れ続けるぞ。 「赤葦研究が、今から俺の『趣味』だからな。」 触れるか触れないか、ギリギリの位置で踏ん張りながら、黒尾は赤葦に決断を促す。 それすらも、焦らしに焦らされているように感じた赤葦は、濡れそぼった舌をチラリと覗かせた。 「『趣味』は、愉しいばかりでは…ですよね?」 自己満足のために、日々努力と研鑽あるのみ。 黒尾さんなりのやり方で、俺に触れて触れて、触れ続けて…『ときめく』を延々、俺に下さい。 勿論、俺の新たな『趣味』も、只今より開始。共に延々、切磋琢磨し続けることをお約束します。 それでは、僭越ながら俺が、二人の間に極大の焔を点けて差し上げますので… 「何か、点火のリクエストがありますか?」 らしくなく、挑戦的な言葉。 その言葉の裏に隠れた、期待だけではない微かな震えを察した黒尾は、 わざと挑戦的なニヤリで返し、舌なめずりをするように、下唇をゆっくり舐めた。 そして、優しく静かに、赤葦の髪を撫でながら、耳元にぽそりと囁いた。 「それじゃぁ、さっきの…『にゃー』?」 「そこだけは、触れないで下さい…っ!」 - 終 - *********** No.018 触れる 2023/12/05-2 ETC小咄

