猫梟合宿~黒尾&赤葦~

「何してんの、こんなとこで。」
「ん-?いや、別に何も…?」


ゲーム機片手に寝床を抜け出し、部室棟の裏へ。
少しだけ『独りの時間』を過ごすため、自販機でジュースを買おうとしたら、
コンクリート流し台の裏から、月明りに照らされた影が、チラリと見えた。
こんな時間に、こんな場所で、『独り』を愉しんでるツンツン猫なんて、一人しかいない。

あいさつ代わりに『何してんの』と訊いてみたら、案の定、『別に何も』という返事。
幼い頃から、数え切れないぐらい同じやりとりをしてきた。
何してようと、別に関係ないし、特にこれといって興味もない。本当に、ただのあいさつ。
…の、はずだった。

   (『…?』……??)

微かに雑じった、語尾の『…?』。
それを聞き逃すほど、付き合いが短いわけじゃないし、猫耳は可愛いだけでもない。
何やってんだろうな、こんなとこで…という自嘲(自暴自棄?)の気配は、微塵もない。
言われてみれば、何やってんだろ?…むしろ、本人が一番、当惑しているようなカンジ。

ちょっとだけ興味が湧いてきて(俺は無関係確定っぽい)、まずは視線だけでチラ見。
もうすぐ満ちる月?校舎上の受水槽?見えない何か?に、ぼんやり視線と意識を漂わせていた。

   (あんま、見覚えのない…顔?)

本心は腹の奥底に隠すし、そもそも感情の波も割と平坦な『わかりにくい』タイプではある。
外側に見える表情からは、内側の感情はなかなか見えてこないけど、十分馴れてはいる。
でも、どれほど長い付き合いの相手でも、見ようと思って見ないと、ちゃんと見えない。

    (むしろ近い程、見ようとしない、かも?)


流しの下をじっと凝視し、夜闇に猫目を慣らす。
ペットボトルと共に顔を傾け、焦点を徐々にクロに合わせ、気付かれないようじっくり観察。

   (やっぱり…見慣れない、顔。)

見慣れないけれど、この顔は知ってる。
クロがこんな顔をするのが珍しいというだけで、表情としてはわりとよくあるやつ…だけど、
典型的なソレとは、少し雰囲気が違う。内側に潜むものが、ぼわっと曖昧。

そわそわもしてないし、焦ってもいない。勿論、イライラだとかもないんだけど、
胸の内にありそうな感情が、はっきりしない…そこにはまだ、『ない』ように見える。


「…人待ち顔。」
「…え、何て?」

「誰か、待ってんの?」
「いや、違う…?」

『いや』『違う』と、否定の言葉を発しながら、語尾の『…?』には、さっきの当惑とも違う。
そうだったのか…と、合点がいったような、それでもまだ、よくわかってない風で。
外側からは、どう見ても『人待ち顔』なのに、実はそうじゃない。じゃぁ、内側は?

「深夜に布団抜け出して、こんなとこで…秘密の逢引かと思った。」
「全然そう思ってねぇ顔してるぞ。」

「待ち合わせじゃ、ないの?」
「違うって、言っただろ。別に、俺は…」

「待ち合わせじゃないけど、誰かがここにやって来るのを…期して待つ?」
「…っ!!?」

あぁ、そうか。
夜中、目が覚めて。脳内はすごくクリアで、落ち着いているけれど。
寂しい?ともちょっと違う、どう表現したらいいのか、よくわからない…空虚感?
まるで今日の月みたいな、ほんの少しだけ足りないカンジが、胸の中にある。

そんな時は、のんびり月を眺めて、自分だけで『独り』と『無』の心地良さに浸る。
クロも今まで通り、そうやって夜を愉しんでいたはず…『そんな顔』をしてた自覚は、なかった。

   (無意識の内に、欠けた部分を満たそうと…)

足りない?内側を満たすのは、散々とした夜風でも、煌々たる月光でも、欝々な俺でもなさそうだ。
ゲームや読書、ネットサーフィン、筋トレ。そういった覧々?濫々な趣味でもない。
こんな時間、こんな場所に、もしかしたらやって来るかもしれないと、淡く期して待つような…

   (…色っぽい、誰かさん。)


   クルリとクロに背を、猫耳を夜闇へ向けて。
   足音と声を殺し、その場からそっと離れる。
   こちらへ向かってくる、静かな気配の元へ…
   俺を見て見ぬフリし続ける『誰かさん』に、
   すれ違いざま、これ見よがしにボソリ囁く。


「探しモノなら、この先。」
「えっ!?別に、俺は何も…?」

「そこの部室棟の裏。だけど…」
「…?」

体育館の脇を通って、ぐる~っと部室棟の向こう側に回って、裏側から行くのがオススメ。
夜回り中の猫みたいに、できるだけ音も気配も消して、外壁の角から飛び出してみて。


「『お待たせ致しました』って、言いながら。」




- 続 -




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No.015 待つ

2023/11/25 ETC小咄
「俺、ときめく人に…なりたい。」
「そうですか。では、明日も頑張って下さい。」


さぁ、明日も早朝より練習ですので、いいかげんそろそろ寝落ちして下さいませ。
梟谷学園があてがわれた部屋の隅で、黙々と残業をこなしていた赤葦は、
もうすぐ満ちそうな月をギラギラ眺め、一向に寝ようとしない木兎に痺れを切らしはじめていた。
布団に籠りたくなるようなBGM…怪談話でも流してやろうかと思いかけていた時、
木兎がごくごく静かな(!?)シリアス声(!?)で、月に向けて囁いた(!?)。

その異常事態(?)に、半分夢の国に居た梟達は、バッチリと現に呼び戻された。
だが、赤葦はごく淡々と、いつも通りの『聞く耳持たない』系のスルーであしらった。
木兎が突拍子もないこと言い出すのは、馴れっこだろ!?でも、今日は何か雰囲気違うじゃん!
ちょっとは構ってやれよ赤葦!!と、ツッコミたくもあれど、赤葦の不機嫌さもビシビシ…
結局、梟から狸に変身し、まるで噛み合わない二人の会話に、聞き耳を立てた。


「俺は、ときめく人に、なりたいの!」
「ですから、精進を怠らぬように、と。」

「だーかーらっ!何でそうなるんだよっ!?」
「近道などない、という意味です。」

【ときめく(時めく)】
よい時勢(時代の情勢)にめぐり合って栄える。時を得てもてはやされる。

   『今をときめく絶対的エース・木兎光太郎!』

そう世間様にもてはやされ、盛大にチヤホヤしてもらうためには、
人の心だけではなく、時勢即ち『タイミング』もガッチリ掴み取る必要があります。
それには時の運だけではなく、まさにそのタイミングで、それを成し得る技量も必要不可欠。

「『ときめく人』になれそうなチャンスを逃さぬよう、地道に努力をし続けるべきかと。」
「それは、まぁ、その通り…じゃなくてっ!」

「…では、チヤホヤされたいがメインですか?」

【いとやむごとなききにはあらぬが、すぐれてときめき給ふありけり。】(源氏物語・桐壺)
それほど高貴な身分ではないが、際だって帝から寵愛を受け、栄えていらっしゃる方がいた。

   『キャーっ!!木兎さん、ステキ!!!』

若くてカッコイイ(カワイイ)だけで、チヤホヤしてもらえるのは、人生のほんの一瞬です。
長きにわたって栄えるためには、それ以外の部分で寵愛を受けなければいけませんよね。
一時のパパ活や推し活ではなく、一生を支えて下さる太いタニマチを得なければ…

「売掛(ツケ払い)で借金して貢がれるより、保険金受取人に指定され生命保険を掛けて頂く方が…」
「それもそうだけど!…って、お前、実は凄ぇアブねぇこと言ってねぇか?」

「いずれにせよ、ときめく人になるためには、たゆまぬ努力と運が必要だという結論です。」
「結論は間違いねぇよっ!でも、全っっっ然、チッガーーーウ!!!」


結論が間違いないなら、もうこの話は終わっていいですよね?と、
『面倒臭い』を微塵も隠そうとしない顔で、赤葦はおやすみなさいませを言おうとした。
だが木兎は譲らず、ビシっ!!!と赤葦に指を突き付け、話を続けた…
周りの梟狸達も、木兎の寝かしつけを手伝わず、静観という名の加担をした。

「俺が言ってるのは、赤葦に『ない』やつ!」


たゆまぬ努力も、日々精進も、技量も。もしかしたら幸運だってもってるかもしれないけど!
それでも今の赤葦はきっと、ツバメになれねぇ…絶対的に『ときめく』が足りてねぇよっ!!

「別に俺は、誰かにもてはやされたいとは…」
「そういう態度が、モテねぇっつってんの!」

『誰かに』…そう、それだよ!
もちろん俺は、盛大にモテたいし、チヤホヤ寵愛?超愛されたい!
ほんの一時でもいいから、モテ期到来を夢見たっていいじゃんか!承認欲求…あって当然だろ!?
でも、俺がなりたいのは、そういうんじゃない。『誰かに』してもらうやつじゃねぇよ!

「誰かの行為?厚意?好意を期待して、それで承認欲求を満たすのは、心に良くない…だろ?」
「っ!!?そ、それは、そうですけど…」

俺は、そんな他力本願で誰かまかせな『ときめく』人に、なりたいわけじゃない。
俺自身が『ときめく』人でありたい…誰かとか、何かに『キュン♪』って、ときめき続けたいの!!

「ドキがムネムネ…心臓に悪い、ときめくだ!」

そのためには、勉強や練習、努力をいっぱいして、ときめくチャンスをキャッチできるように、
センサーを鍛えて、育てなきゃいけない…お前の言う通り『日々精進』で、間違いねぇよ。
人生をとことん楽しむには、その楽しみを感じられる力を、まず自分が持ってなきゃダメなんだ。
バレーボールを心から楽しむには、練習して上手くならねぇと話になんねぇのと、全く一緒!

「誰かにときめいて貰うんじゃなくて、俺がドキドキときめきたい。
   愛されるよりも、愛したい…以上っ!」


「ボクトぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」
「お前、マジで、カッケーーーッ!!」
「それでこそ、ウチのエースだっ!!」

木兎のまっすぐな『ときめく』話に、思いきりときめいた梟達は、スタンディングオベーション。
さすがの赤葦も、筋も理屈も背筋も通った木兎の漢前宣言に、心から感服せざるを得ず、
わっしょ〜い!と皆が木兎をチヤホヤする傍で、小さく拍手を送ってしまった。

「というわけで…捕獲!そして、放逐!!」
「ラジャッ!!あ~らよっと!」
「うわぁっ!?」

ほんのわずかに油断した隙に、赤葦はわっしょ~い!と先輩方に担ぎ上げられたかと思えば、
あっという間に部屋の外へ放り出され、バタン!と扉を閉められてしまった。

「日々精進。赤葦はもう十分頑張ってるから…」
「今この瞬間にも、到来してるかもしれない…」
「ときめくタイミングを、きっと掴めるはず!」
「お前に必要なのは、チャンスを探す努力だ。」
「ドキがムネムネする何かを、見つけて来い!」

業務がまだ残ってる?いいよ、そんなもん!
あとで俺らがみんなで、片付け…られませんでしたゴメンなさい!って、一緒に謝ってやるから!
たまにはお前も、サボり&夜遊びして…イライラをどっかに発散させてきてくれ!いやマジで。

「『ときめく』何かを見つけるまでは
   おウチに帰って来なくてもよろしい!」


「えっ、ちょっ、待っ…はぁ?」

俺、一言も『ときめく』何かが欲しいだとか、『ときめく』人になりたいなんて、言ってない。
なのに、それを探して来い!見つけるまで帰って来るな!とは、無茶振りにも程がある。
というより、こんな真夜中に寝床から放り出すなんて、とんでもない『可愛がり』じゃないか。

「サボりじゃありません。業務妨害です。」

まぁ、どうせあと30分もしないうちに、チヤホヤ祭にも飽きて寝落ちするだろう。
それまで少し、散歩がてら月光浴でもして…イラのムネムネを、和らげて来よう。


「夜遊び許可…
   強制休憩、ありがとうございます。」




- 続 -




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No.016 ときめく

2023/11/29 ETC小咄
   (いいいいっ、今、もしかして…っ!!?)


『ときめく』何かを探しながら、ぷらぷら月光浴していたら、暗闇の向こうから…どこぞの猫。
こんな時間、こんな場所で、一体何をやってたんだか?と、一瞬だけ想像しかけて即、止めた。
俺が探しているのは、心臓に悪い方で、心に良くないやつじゃない。多分、コレはそっち系。

見て見ぬフリが、最適解。存在すら気付かなかった態で、別の道へ行こうとしたら、
向こうからこっちに、真っ直ぐ近付いてきて…意味不明かつ心臓直撃なことを勝手にベラベラ。
こんな時間、こんな場所で、うろうろ歩き回ってるなんて、さっ、探しモノぐらいしか、ない!
だから、言い当てられたのは、偶然よりも蓋然性の高いことだから…

   (今の『ドキがムネムネ』は、ノーカン!)

ノーカンというより、孤爪自体にときめいたわけじゃない。これは物凄く重要。
孤爪が匂わせた『探しモノ』に、好奇心を若干そそられただけで、そわっとしたというのが正確。
仮に『探しモノ』を探し当てた時、本当にそれが『ときめく』何かだった場合においても、
そのモノに対して俺がときめいたのであり、孤爪に対してではない。孤爪はただの…きっかけ。

だとすれば、少々癪ではあるものの、孤爪が示した『この先』とやらに、
本当に俺の『探しモノ』とやらがあるかどうか、確認しに行かなければならない。
ま、まぁ、孤爪に言われなくとも、俺は元々、そっちに行く気満々だったし!
えーっと、できるだけ音も気配も消して、ぐる~っと部室棟の裏へ回って、
最大限ときめくよう、外壁の角から飛び出す…猫みたいに?あれ、何か言うんだったっけ?
軽く腰を屈め、勢いをつけ、全力で…ジャンプ!

「にゃーんっ!!!」
「うおわぁっ!!?」


飛び出した先は、月明りもほとんど届かない所。
そして、小さく丸まって座っていた『誰か』が驚嘆の声を上げ、その声に俺も盛大にビックリ。
いやいや、その前に、コンクリート流し!?このままじゃ、不時着もしくは激突っ!!!

「危ねぇっ!」
「っっっ!?」

咄嗟に腕を伸ばした『誰か』が、激突寸前に俺を思いっきり引き寄せ、胸に抱き込んでくれた。
俺は無事(?)に、その『誰か』の上に不時着…全身も全息も全ビックリも、全て受け止めて貰った。

「………っ」
「……っっ」

焦点も合わない、至近距離。加えて、暗闇?
まずは『誰か』の正体を確かめて、全身全霊でゴメンナサイをしなければ!!

「一体どこの、お転婆猫…?………???」
「猫ではなく、猫頭鳥…梟?………???」

相手から発せられた質問のはずなのに、まるで自分が喋ったような、変な感覚。
そして、自分が発した回答が、自分以外の唇を動かしたみたいに、何か…重い?
身に覚えのまるでない、あったかくて柔らかい感触に、お互い揃って「???」と首を傾けると、
今度は鼻と…鼻?がぶつかり合い、おでこをサラサラと髪の毛?がくすぐった。

「あっ、赤葦…で、間違いないよな?」
「はっ、はい…黒尾さん、ですよね?」

喋るたびに『ふにゅふにゅ』触れ合う、鼻~顎の間にある、お喋り等に用いる、顔面配置器官。
不時着した場所がどこかを考え…てはダメだ!と同時に判断し、
黒尾さんは俺を抱えたまま上半身だけを起こして抱き直し、俺はその背中にしっかり腕を回し、
お膝抱っこ(抱擁?)みたいな恰好で、お互いにお互いの体中を…高速なでなで。

「どどどっ、どこも、ケガ…してねぇかっ!?」
「だだだっ、大丈夫…某所他は平気ですっ!?」

「え!?ど、どこだっ!?」
「強いて言うなら、心臓?」

「なら平気だな~!俺も似たり寄ったりだ。」
「そうですよね~!落ち着けば無問題です。」

よーっし、それじゃぁ早速、全力で落ち着こう!このままちょっとだけ、横にずれるぞ。
そう言って黒尾さんはお尻2つ分移動し、元々居たらしい場所…流し台へ背を預けた。
それから、全力で落ち着くために、なでなでの速度を徐々に落としながら、
心臓に回り過ぎた血を脳に送るような、クールダウン系の話を始めることにした。


「ところで、赤葦は何しにこんな所へ?」
「『ときめく』何かを、探して来いと。」

誰かにときめいてもらって承認欲求を満たそうとするのは、結果的には心に良くない。
そうではなくて、心臓に悪い方…自分自身が『ドキがムネムネ』と、ときめく人であり続けたい。
赤葦も、そういう『ときめく』何かを探して…チャンスがあれば掴んで来い!

「…とのことで。相変わらずといいますか。」
「さすが木兎…あやうく惚れちまいそうだ。」

「むしろ、自分に惚れ惚れしたいようですが。」
「俺ら一般人がやったら、ただの自惚れだな。」

無茶振りは相変わらずだが、容赦なくド真ん中の真髄を突いてくるんだよな。
ホントに、アイツには敵わねぇよ…と、黒尾さんは感嘆?嘆息?を含んだ賞賛を呟いた。
そして一転、似たような話を、こないだ研磨が言ってたんだが…と、真面目な声で話し始めた。


「とある二次創作の、作家さんの話らしいが…」

絵師でもなく、大手でもなく、オフ活動もSNSへUPもしない、ただ趣味で小説を書いてるだけ。
創作サイトへ投稿し始めた頃、原作も連載中。マイナーCPでもそこそこ閲覧&評価を貰えていたし、
個人サイトを持つようになってからも、日参してくれる常連さんや、感想を下さる方々もいた。
自分が趣味で書いているものを、楽しんで読んでくれる人がいることに、喜びを感じていた。

だが連載が完結し、アニメも終了すると、まずは閲覧数が激減。評価もほぼされなくなってきた。
二次創作発表の主流は、即時性の高いSNSへ…創作の環境そのものも、ここ10年で大きく変わった。
流行りの終焉。環境の変化。徐々に創作意欲も存在意義も見失って…しっかり考え直したんだ。

「『趣味』とは、そもそも何なのか。」

自分が好きなコトを、ただひたすら努力して突き詰め、自分独りで愉しむのが、本来の姿では?
誰かと愉しみを共有したり、公開した作品を喜んで貰えたり、喜んで貰えたことに歓喜するのは、
副次的なもの…オマケで発生する幸運であり、それは『趣味』の本筋じゃないのではないか?

「誰かに愉しんで貰えれば。『ときめく』を与えられれば…なんてのは、烏滸がましい考えでは?」
「そもそも『趣味』は、自分が『ときめく』もの…公開の有無も閲覧&評価数も、無関係のはず!」

「閲覧&評価を貰えたのは、流行りジャンルだったから。幸運のオコボレに与った…自惚れてた。」
「現状こそ…実情。だから余計に、評価を頂けた時の喜びは、より大きく深く感じるでしょうね。」

木兎ばりに発想の転換をしてからは、自分が好きなように小説執筆を満喫。
人目にほぼ触れない個人サイトで、書く愉しみを追求…たまに投稿サイトへUPして生存確認。
丸8年かけてようやく、二次創作を『自分がときめく趣味』として、愉しめるようになったそうだ。

「自分の惚れ込んだキャラ達を、自分が創った世界の中で、幸せにしたいだけなんだ、と。」
「自分で努力し続けて創る、ハッピーエンド確約の世界。自惚れを超え…自己肯定ですね。」

ちなみに投稿系サイトでは、エロの有無で閲覧数は半減、腐向けタグ無しだと10分の1。
SNSと投稿サイトの閲覧数比は10:1、投稿サイトと個人サイトで100:1…ほぼ皆無。
自分独りの空間(有料サーバー広告もなし!)で、自分だけの満足を探し求める、贅沢な愉しみだ。

「『趣味』…自己中の極み、かもしれませんね。」
「じっ、事故チュウ!?…やっぱそうだよな!?」

「………っ」
「………っ」


痛恨の…変換ミス。
せっかく良い具合に、おカタい考察をして(冷え過ぎなぐらい)冷静になれていたというのに。
スマン…と、俺の肩におでこを埋め、黒尾さんは吐息で苦笑い。
俺はドンマイです…と言う代わりに、反対側の肩におでこを乗せて、ぽんぽん背をなで話題転換。

「ところでっ、黒尾さんは、ここで何を…?」
「えーっと、強いて言うなら…期して待つ?」

「えっ!?キスしてます…っ!?」
「ドンピシャすぎな聞き間違えっ」

「………。。。」
「………。。。」


キョトンと顔を見合わせ、きっちり3秒。
自らのミスを反芻し終えた俺は、ぷしゅ~~~っと音が鳴るほど大赤面。
そんな俺を見て、黒尾さんは目を大きく見開き、月明りでもはっきりわかるほど、微笑んだ。

   (…っ!!?)

不意に見せたその柔らかい表情に、呼吸と…心臓が止まりかけた。
ドキドキを通り越して、全てが惹き込まれていくような、不思議な浮遊感に包まれる。

「なんでそんなに…満足顔なんですか?」

月光のように、静かな声。
自分で言ったはずなのに、自分じゃないみたい。
静かだけど、冷たさはなく、むしろその逆…本当に、俺が出した声なんだろうか?

問われた黒尾さんは、まるで聞き覚えのないだろう俺らしくない声ではなく、
その内容の方に、信じられない様子…心から驚いた顔をして、俺に問い返してきた。

「っ!?俺、今、満足顔…してんのか?」

こくり、と頷くと…ふわり。
もう一度頬を緩めると、俺を再度ぎゅっと胸に抱き込んで、ぽそぽそと零した。


「赤葦の『探しモノ』が、何か…」

俺には、わからねぇ。
予想外の事故的遭遇。あまりの驚きでドキがムネムネしたのは、お互い間違いねぇだろうが、
それは俺が『ときめく』存在だったわけじゃなくて、そういうタイミングだっただけ。
冷静に考えれば、それが一番、蓋然性の高い答えだってことぐらい、十分わかってる。でも…

話を逸らそうとはしても、俺との事故チューを嫌がっている感じは、全くないように見えた。
たったそれだけなのに、俺の方は勝手に、欠けた部分が満たされた気分に…
無意識のうちに俺が『期して待っ』てた相手は、赤葦だったんだな~って、納得しちまった。

「ストン、と…何かがハマった音がした。」

ずっと俺に、お膝抱っこされてても。こうやってギュっと、強く抱き締めても。
逃げようとも、離れようともせず、背に腕を回して抱き返してくれるだけで…

「飛び上がるほど…自惚れちまいそうだ。」


自惚れているとは、真逆。
耳を疑うほど『らしく』ない、か細く震える声。それ以上に、胸を震わせる…言葉。
それが何を意味しているか。その言葉に全身が震える理由ぐらい、俺にだってわかる。

   (い、今、もの凄いこと、言われて…っ!!)

抱き付くというよりも、しがみ付きながら。
上擦る声を必死に抑えて、何とか言葉を…自分の想いを、紡ぎ出す。


「『探して来い』と、指示されたモノは…」

黒尾さんでは、なかったかもしれません。
確かに、事故チューでは盛大に、ドキがムネムネはしました。でも、これもノーカンです。
これをカウントしてしまえば、ただの喜劇か、せいぜいラブコメで終わってしまいますからね。

しかし、本当に探し出すべきなのは、ドキがムネムネするものではなく、俺が『ときめく』モノ…
同じ『心臓に悪い系』かもしれませんが、俺の中に響き渡った音が、想定とは全然違いました。

「鼓動が止まる方…キュン、でした。」

どこをどう探しても、見つかりそうもない表情。
きっと偶然でしょうけど、満月の光みたいな笑顔を引き出せたのが、もしも俺だとしたら?
そう考えるだけで、胸がキュンと…『ときめく』って、これのことじゃないかなぁ、と。

「指示でなく、俺自身が探し当てたモノこそ…」

俺なりの『ときめく』モノを、自分自身で見つけられた。
その事実(奇跡)に、自惚れるつもりはない…自分自身ではなく、誰かに惚れ込むタイミングです。
だから、俺が今、言うべき言葉は…っ


「お待たせ、致しました…っ!」




- 続 -




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No.017 自惚れる

2023/12/05 ETC小咄
期して待っていた、と言うわりに。
お待たせ致しました、と核心を告げた赤葦の頬を、黒尾は何故か恐る恐る両手で包み、
ゆっくりゆっくり、顔を近付け…触れるか触れないかの位置で、接近スピードを更に緩めた。

まだ寝癖のついてない、長い前髪で額を擽り、鼻先だけで頬を掠めて。
触れ合いたくてたまらない部分に、なかなか触れてくれないのだ。

熱い吐息だけが、期待を煽り続ける。
待てども待てども訪れない接触に、赤葦は焦れに焦れて…
黒尾の首後ろに腕を回すと、一気に自分の方へ引き寄せた。

「…っっ!」
「…!!?」

触れ合った瞬間。
さっきまであんなに惑っていたはずの黒尾は、触れていない部分を全て埋めるかのように、
呼吸も鼓動も全て奪い尽くす、絶え間無いキス、キス、キス…
さすがにもう限界だと、背に軽く爪を立てて引っ掻くと、音が出る程しぶしぶ、唇を離してくれた。


「お前なぁ…いきなり最大火力で、火ぃ点けてくんなって。」
「そっちこそ、火を点けた瞬間に、ドン…加減して下さい。」

そうは言うものの、お互い『身に覚えのない』未知の領域。加減なんか、わかるはずもない。
わかったことと言えば、これぐらい?

「何で今まで、気付かなかったんだろうな。」
「あからさまなぐらい、明らかだったのに。」

こんな時間、こんな場所で。
疲れ切った羽や背を伸ばし、他愛ない茶飲み話を楽しみ、労り合う。
合宿中に今まで何度も二人でやってきた、『毎度お馴染み』の憩いタイムだ。
今日だって、多分この辺に…という、淡い期待?確実性の高い予測があったからこそ、
人待ち顔で月を眺めていたり、ぷらぷら月光浴散歩をしてたんじゃないか。
無自覚のままに、自然とそうしていた理由…今ならば、はっきりわかる。

「今日もおつかれさんだな、赤葦。」
「黒尾さんも、おつかれさまです。」

いつも通りの台詞を、苦笑いではなく微笑みと共に交わし合い、上唇の端だけに触れて。
そろそろ戻る時間…これ以上触れたら、巣へ放してやれなくなるからと、黒尾は手を離そうとした。
だが、その言葉を聞いた赤葦は、今まさに思い出したという態で、あっけらかんと言い放った。

「巣、追い出されました。今晩、帰るとこがないので…泊めて下さいませんか?」
「おっ、お前はまたっ、このタイミングで、とんでもねぇ劫火をぶち込んで…っ」


言うやいなや、黒尾は赤葦を半ば抱えたまま、コンクリート流しの奥へ…
足音を立てないよう、全速力で鉄骨階段を上り、ポケットから取り出した鍵で、部室の扉を開けて。
転がり込むように部屋の最奥まで忍び込むと、月明りからも隠すように、赤葦に覆い被さった。

「次に火が点いたら最後、どうなるか…」

俺自身にも全然わかんねぇ、未知の領域だ。
だからもし『これ以上は触れないで』って時は、全力で噛み付くなり何なりして、俺を止めろ。
そうしねぇと、お前がときめくモノをとことん探究し続ける…延々、触れ続けるぞ。

「赤葦研究が、今から俺の『趣味』だからな。」


触れるか触れないか、ギリギリの位置で踏ん張りながら、黒尾は赤葦に決断を促す。
それすらも、焦らしに焦らされているように感じた赤葦は、濡れそぼった舌をチラリと覗かせた。

「『趣味』は、愉しいばかりでは…ですよね?」

自己満足のために、日々努力と研鑽あるのみ。
黒尾さんなりのやり方で、俺に触れて触れて、触れ続けて…『ときめく』を延々、俺に下さい。
勿論、俺の新たな『趣味』も、只今より開始。共に延々、切磋琢磨し続けることをお約束します。

それでは、僭越ながら俺が、二人の間に極大の焔を点けて差し上げますので…

「何か、点火のリクエストがありますか?」


らしくなく、挑戦的な言葉。
その言葉の裏に隠れた、期待だけではない微かな震えを察した黒尾は、
わざと挑戦的なニヤリで返し、舌なめずりをするように、下唇をゆっくり舐めた。
そして、優しく静かに、赤葦の髪を撫でながら、耳元にぽそりと囁いた。

「それじゃぁ、さっきの…『にゃー』?」
「そこだけは、触れないで下さい…っ!」




- 終 -




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No.018 触れる

2023/12/05-2 ETC小咄