接続接待
(わかってた、つもり…だけど)
(全然、わかってなかった…な)
「ダメと言ったら、ダメです」
「ヤダヤダヤダ!」
「ヤダが通用する世界だと思いますか?」
「世界には通用しても、赤葦京治はダメ」
「わかっていらっしゃるじゃないですか」
「わかってても、ヤダーーー!」
金曜夕方、いつものように宇内センセ宅へ向かうと、リビングから仲良し達の声。
一旦荷物を廊下に置き、両手を広げて臍下に力を入れ、おつかれさん〜と扉を開ける。
すると、いつも通りの衝撃が、ズドン!ベソをかいた宇内センセが、飛びついてきた。
「はーい、ご一緒に!『赤葦さんゴメン…」
「なさ…じゃない!今日は俺、悪くない!」
はーい、黒尾さん!お疲れ様ですが甘やかさないで下さいお願いします!と、
鬼編集様がキラッキラの笑顔で詰め寄って来る、かと思いきや。
宇内センセには見えないように、口をゴメンなさいの形に動かした。
そして、しがみつくセンセを抱えたままの俺を、ソファにゆっくりいざなってから、
向かい側に座って、ペコリ。苦笑いでこうべを垂れた。
「あの、ご多忙の折、大変恐縮ですが…」
赤葦からの珍しい『お願い』に、俺は正直、拍子抜け。二つ返事で快諾すると、
「あ、それなら俺もオッケー!」と、センセも一瞬でご機嫌モードに早変わり。
一週間後だという『お願い』に向けて、三人でわちゃわちゃ打合せを楽しんだ。
「毎度毎度宇内さんがお手数お掛けし、この度は更にご足労まで…申し訳ございません」
「はーい、黒尾さん!ゴメンなさ〜い」
「軽っ!」
センセのゴメンはティッシュより軽い。その分、赤葦のは六法全書より無駄に重すぎる。
足して3で割って、ちょうど良いぐらいかもしれないが、それにしても。
(俺にそんな、遠慮しないでくれ)
誠実さの表れだとわかっている。これこそが赤葦の良さだとも、十二分に承知している。
でも、結構長い付き合いだし、毎週、一緒に呑んで寝落ちして、何年も経つというのに。
(もうちょっと、なんか、こう…っ)
俺のために焼酎お湯割を作ってくれる姿を、コンロでイカを炙りつつ、遠目に眺めて。
どう表現したらわからないけど、寂寥感?焦燥感?みたいな、な~んかモヤっとした…
「イカ!焦げてます!!」
「うわぁっ!熱ぃっ!!」
思わず放り投げたイカを口でキャッチし、コンロの火を消してくれた、宇内センセ。
俺の手首を掴み、シンクで冷水を当ててくれた赤葦。見事な連携プレーに、内心拍手。
(熱っ!…っ?)
ちょっと火傷した指先より、キンキンに冷えた水より、掴まれた手首の熱だけを感じて。
何の重みもない『ゴメン』だけを、ぼんやり上の空に滑らせていた。
*****
今回、宇内さんは本当に悪くない。
無理を言ったのは俺の方。弊社重役だか大株主だか、オエライサンたっての希望だった。
お世話になっている各界の方々をお招きし、毎年恒例の忘年会を開催するにあたり、
部門ごとの『看板』たる、著名な作家先生達にも、ぜひご参加頂ければ幸いとのこと。
要は、スポンサー様のご機嫌を取るため、何としてでも引き摺り出せという命令で、
看板作家の担当編集にとって、年内最大の試練…メンツとクビがかかっていた。
(有給+1日のエサは、卑怯の極み!)
あぁ見えて、宇内さんは正真正銘、少年ヴァーイの看板作家大先生様様。
表舞台で自ら光を浴びることを善としないと言えば聞こえは良いが、単なる引き篭もり。
付きっきりで介護(保育?)し、どうにかこうにかやり過ごそうと思っていたら、
会場入口でご挨拶&受付へのご案内係と、お手洗等誘導係に、割り振られていた。
これではパートナーも友人もいない宇内さんは、パーリィで独りきり。はーい、無理!
俺以外でダダっ子を上手くあやし、美少女顔を徹底的に保護してくれる番犬なんて…
(…いる!!猫だけど、いるじゃないか!)
そんなこんなで、忘年会シーズンでも、来週金曜晩は空いていることが確実な人に、
無理を承知で…無理を聞いてくれると何故か確信し、宇内先生のエスコートを依頼した。
(この人なら、安心してお任せできる)
それなのに。
『宇内天満先生 / 黒尾様(パートナー)』と併記された、出席者名簿。
受付テーブルで目にした瞬間、安堵ではないため息を、グッと心中に飲み込んだ…自分。
その『理由』に気付かぬよう、意識を逸らせるべく、気忙しく職務に勤しんだ。
だが、その場しのぎの誤魔化しなど、スター達に通用するはずもなく。
地上から地下の会場へ降りてくる、テンポよい足音と、徐々に見えてきた姿に、
その場にいた誰もが、俺のとは違う息を飲み、ゲスト達の登場に目を奪われていた。
(だっ…誰、ですか…っ)
ダークスーツに身を包んだ、長身男性。真っ赤なマフラーが、スタイルの良さを強調。
そんな彼に手を引かれ、半歩後ろに潜みながらも、透明な光を隠し切れない…妖精さん?
見慣れているはずの二人の、見たことのない輝きから、俺は身体ごと目を逸らせた。
(誰が、そこまでしろと…っ!!!)
どうにか『それなりに』見えるよう、パーリィ前に何とか整えてやって下さい!と、
御車代と共に、そこそこの額(経費)をお渡しして、お願いしてはいた。
あの二人には(俺含めて三人揃ったところでも)、オシャレスキルは皆無だから、
便利なツテでも頼って一任…あっ!さては、『本職』の後輩に丸投げしましたね!?
モデルから借りたスーツを、そのまま着こなすあたりは、さすがとしか言い様がないが、
服を着ることで、逆に均整の取れた肉体の美しさが伝わってくるなんて、本当にズルい。
そして、そんなハイスペックさんが、宝物のように優しくエスコートしているのは、
年齢や性別なんてものとは、違う次元に存在しているかのような、透き通る光。
(正真正銘、お似合いの…っ)
受付を済ませた二人は、見知った顔を探すように、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
その視線に捉われないよう、腰を屈めて人波に紛れ込み、奥の持ち場へ忍び足を向けた。
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