接続接待





「赤葦さん、忙しそうだね~」
「そう、みたいだな」


大手出版社のオエライサンが主催する、イヤーエンドのパーリィと聞いていたから、
どこぞの高級ホテル大広間で、ギラッギラなギロッポン的ギョーカイジンがフィーバー!
かと思いきや、ターミナル駅前とはいえ、雑居ビルの地階。100人も入らないサイズ。
きっと、結婚式の二次会や、ディナーショーで使うんだろう。ちょっと拍子抜け。

(厳選しまくったメンツ、ってことかな?)

こぢんまりとした会場だけど、きっと周りの人たちは、オエライサン絡みの人ばっかり。
俺なんかが『少年ヴァーイ』作家陣の代表として参加してんのは、ホント申し訳ない。
さっきご挨拶に来て下さった、ヴァーイ編集長さん以外では、知ってる人は誰もいない。
というよりも、俺より『保護者』の方が、よっぽどメインの招待客っぽいし。

「さっすが、本職の営業サンだよね~」
「まぁな。社交辞令だけは自信があるぜ?」

知らない人達が、ゴリッパな御名刺を持って来る度に、なーんもない俺はタジタジ。
真横の大きな背中に隠れようとする前に、サッと自分の名刺を出し、満面のスマイル。
それを真似して、背中越しにぎこちなく、精一杯の会釈だけお返ししてる間に、
マネージャーさん?秘書さん?え、違う?バレーボール協会の方!?なんて世間話をし、
ぜひ弊誌でも、イケメン選手さんにインタビューを!等、新たな繋がりを作っていく。

「さっきのオッサ…殿方、地方銀行トップ!んでもって、アッチは弁護士事務所経営っ」
「えっ、ホンモノの、おセレブ様じゃん!?著名人ってやつ!?凄っ!!」

「来てよかったぁ~!ホントに、赤葦様様だよ!激レア異業種交流会、凄ぇラッキー!」
「これぞまさに、棚ボタ?って、むしろ宇内先生様様じゃない?」

俺の子守じゃなかった、エスコートを引き受けてくれて、ちょっと申し訳なかったし、
実のところ、俺は何もしてないんだけど、黒尾さんに喜んで貰えたならよかったぁ~!
どんな状況でも、臨機応変に仕事へ繋げ、それを楽しみに変えるのは、お見事の一言。

(仕事中の姿…なんか、カッコイイ~!)


当たり前だけど、毎週金曜の打合せの時は、ガッツリ&バリバリの仕事モード。
俺は蚊帳の外だけど、黒赤コンビはツーカー&テキパキ、めっっっっっちゃ仕事が早い。
でもやっぱり、俺んちのリビングだし、長い付き合いだからこその、慣れた感じ?
アレとかソレとか、主語すらなくても意思疎通ができちゃう相性の良さは、
取引相手というより、個人事業主&青色専従者みたいな、戦友?相棒?もしくは夫婦感?

(本人達は、自覚してないみたいだけどね)

そんなカンジだから、黒尾さんが対外的に営業マンです!な仕事をしてるところを、
ほとんど見たことがなかったせいか、妙にソワっとするような、ほっぺがこそばゆい。

「ナニを一人で、ニヤついてんだよ?」
「おとーさんの職場見学って、こういうカンジなのかなって!ひゃ~カッコイイ~♪」

肘でわき腹をツンツンすると、何故か黒尾さんは一瞬だけ真顔になった。
俺は黒尾さんを盛大に褒めたはずなのに、眩しそうに天井のミラーボールを見上げると、
いつまで経っても敵わねぇ…ホントにカッケーよなと、小さく呟いた。

(はーい、ご一緒に!イタダキマスゥ~!)


降って湧いた『ウマウマタイム』を見逃すほど、俺は仕事なんかしていない。
暗い会場の隅っこ、空いていたソファ席の奥に、全身でグイグイ黒尾さんを押し込むと、
隣にピッタリ引っ付き、逃げられないように腕を抱き込み、捕獲!
さっきより高速で、わき腹に手刀をツツツツツツツツン!!
グエッと前屈みになったところで、周りに聞こえないよう、耳元にヒソヒソ内緒話。

「赤葦さん、忙しそうだね~」
「そう、みたいだな」

「俺達を無理矢理、参加させといて、挨拶にも来ないなんて、寂しいじゃんね~?」
「しょーがねぇだろ。組織の若手だし、アイツは今まさに、『お仕事中!』だからな」

誰を『お手本!』にしたのか知らないけど、(もうちょっと上手く真似ればいいのに)、
絵に描いたような営業スマイル仮面を貼り付けて、来場者様方のご案内&ご挨拶に奔走。
あの仮面の下に、激怒が隠れていることが多多多々だから、俺は恐怖しか感じないけど、
薄暗くキラキラ照明がチラつく会場内では、パッと見は完璧な穏やか好青年風だ。

「黒灰のチェック柄スーツに、黒ハイネック。眼鏡も金縁?珍しくイケてんじゃん!」
「パーリィぐらい、地味な顔周りだけでも華やかにしとけ!って、言われたんだろ」

「赤葦さんも、誰かにコーディネートしてもらったのかな?じゃないと無理だよね~」
「おそらく、器用なパイセン…梟のオシャレ番長あたりに、無理難題吹っ掛けたんだろ」

相変わらず、梟共は仲が良い…良さを引き出すのが、木葉は抜群に巧いよな~と、
柔らかく微笑んでみせたけど、そんな薄っぺら〜い仮面笑顔も、俺にはもう通用しない。
じっと黙り、間近からずず〜っと瞳を見返すと、ふぅ~。頬を緩めて苦笑いを零した。


「アイツが正真正銘『お仕事中!』な姿、俺もあんま、見たことなかったな~って」

あー、いや、ちょっと違うか?
高校時代から、赤葦は仕事が滅茶苦茶デキる奴だったし、仲良しとはいえ、猫と梟は別。
同業他社?協力会社?的な、距離感のある関係は、今とちょい似てる部分もあるから、
赤葦の『お仕事中!』な姿の方が、俺にとっては、馴染み深いと思ってたんだが…

「単なる学生部活の役職と、社会人としての職務は、全然違う」

もちろん、旧知の仲だし、直後に宅飲み突入とはいえ、仕事は当然キッチリ。
センセんとこでの打合せも、馴れ合ってるつもりは更々なく、ちゃんと線引きはしてる。
むしろ、いまだに呑みの席でも、ガッチガチのままだなぁ~と、思ってたぐらいだった。

だけど今、こうして『お仕事中!』を見ていると、俺の知ってる姿とは、全然違った。
赤葦が、もっとずっと仕事がデキる奴に成長してたことに、何故か誇らしいようでいて、
いつまで経っても手が届かない、高い高い上空を羽ばたいてて、なんつーか、その…

「カッコイイな、と」

今の、センセと俺の、内緒話だぞ?
アイツには絶対、言わないでくれよ

「できるだけ、アイツの前では…せめて仕事ん時ぐらい、対等な猫を被ってたいからな」

さぁて!そろそろお開きっぽいし、ステーキのお代わり貰って、もう一杯飲んで帰るか!
宇内センセも、デザート頂いとくか?コーヒーと一緒に取ってくるから、ここで待って…

「…って、痛ぇな、おいっ!」


内緒話を誤魔化すように、そそくさと立ち上がろうとした黒尾さん。
そんな『逃げ』を許すほど、俺も鬼編集様様の教育を伊達に受けてるわけじゃない。

(こんなとこで、『猫』が出てきた!)

横から思いっきりタックルするように、ムギュ~っと抱き着いて全身で捕縛!
首根っこを引き寄せて、ムフムフを必死に抑えながら、内緒話を強引に再開させる。

「猫なんて、脱いじゃえばいいじゃん」

無理に獅子のフリなんてしなくても、猫は猫だからこそ、イイんだよ?
カッコつけて上から被った『孤高の猫』じゃあ、獰猛な梟の目に敵うわけがない。
隙だらけで欲望に忠実な『素の猫』だから、惹かれてやまない…願ったり叶ったり。

獅子…『お仕事中!』の紳士でいたいの?
それとも、猫に…ねんごろになりたいの?

「今日は忘年会。パーリィナイトだよ。
ねぇ、そろそろ…『仕事納め』したら?」


秘儀・八咫烏の道案内(仮)を、迷える子猫ちゃんの猫耳に向けて発動。
しばらく固まっていた子猫は、ぽんぽん俺の頭を優しく撫でてから、再度ふぅ~と嘆息。

「上着、取ってくる…家まで送ってくよ」
「ヤだ。〆の苺ケーキと、ハイボール!」

「合うのか?そのマリアージュ」
「やっぱ、〆はステーキ!半分ちょうだい」

はいはい、わーったよ。
どうせケーキもピザもいるんだろ?猫の手だけじゃ足りねぇから、お前の手も貸せ。
んでもって、いざって時は景気良く…

「背中、押してくれ」
「っ!?りょっ!!」


獅子の皮の間から、ほんの微かに見せてくれた、素の猫のスキ。
その仕種が、可愛くて可愛くて。脳内でゴチソウサマデシタァァァァ~!!と大絶叫。
抑えきれないニヨニヨを周りから隠すべく、腕に腕を絡めて美食コーナーへ突進した。




*****




(誰が、そこまでやれと言いましたか!?)

本日何度目かのツッコミを、氷と共に割り砕いて、胸の中に流し込む。

どんなに薄暗く、どんなに目を逸らせようと努めても、光が輝きを失うことはない。
会場の隅っこ、ソファに小さく縮こまっているつもりだろうけど、そのガタイですよ?
まぁ、おかげ様でっ!ウチの大事な宇内先生にっ、変な虫がつかなくて助かりますがっ!
完璧を通り越してっ、明らかにやりすぎじゃないでしょうかっ!?

(番犬がそんな密着する必要あります!?)

誰がどう見ても、番犬というよりは、ただのイチャ…過剰な、じゃれ合い中。
あんな空気を醸されたら、虫すら入れないし無視すらできないじゃないかっ!!

(仕事デキ過ぎも、大問題ですからねっ!)

人目を惹きまくりな二人に背を向け、飲み物カウンターに頭を抱えて突っ伏す。
目標は達成しているのに、作戦は大失敗だと認定してしまっている自分自身に…

(それに、気付くな!無視するんだ…っ)


「いやぁ~、熱々で参っちゃうよね」
「っ!!?こっ、こんばんは!」

背中からも、胸の内からも目を逸らせようとしていたら、突然横から、穏やかな声。
驚いて顔を上げると、見知らぬ?ようで、聞き覚えのある声の紳士が、微笑んでいた。
えーっと、どなたでしたっけ?と、脳内紳士録をめくる前に、答えが差し出された。

「お久しぶり。君達にまた会えて嬉しいよ」

綺麗な緑色をした、ビール瓶。
昨年半ば、上司命令で代打出席した、カフェバーでのライブ。
あまりに不慣れな場所だったことから、黒尾さんにも同伴をお願いして行ったのだが、
そこでたまたま隣り合い、話に花を咲かせた『緑瓶のオジサマ』…のはず。
あの時は、お気軽な恰好だったが、今日は別人級の素敵スーツに、ピシっとヘア。

(そうか!この方も当然、ご参加…っ!)

「さすがに今日は、普段着はマズいからね」
「すすっ、すみません!お久しぶりです!」

俺の訝し気な視線を正確に読み取り、同一人物だと微笑んで下さり、恐縮の極み。
ペコペコ頭を下げながら、偶然(とも言い切れない)再会を祝し、緑瓶で乾杯。
三十年後じゃなくて、三十カ月ぶりぐらいかな?意外と早かったねと、嬉しそうに笑い、
俺に生ハムとチーズのおすそ分けを下さると、チラリ…背中側に視線を流した。


「熱血スポ根の代名詞たる宇内先生が、まさかあんな美少女だったなんて、驚いたよ」
「いえ、見た目はアレなんですが、中身は作風そのまま…三十路半ばのオッサンです」

ポカンと目と口を開き、ぐるり。体ごと後ろを振り向き、ソファを凝視。
大絶賛イチャイチャ中の、ミラクル妖精オッサンにあてられ、再度体をこちらに戻した。

「彼の方も、元気そうで…なにより、だね」
「必要以上に、お元気みたいですっ」

しまった、つい、強い口調に…いや、違う。失態は、そっちじゃない。
慌てて緑瓶を呷っても、別の代名詞たるこの方の慧眼を、誤魔化せるわけもない。
全てを見通す視線を和らげるように、ふわりと微笑んで、チーズを一口。
その柔らかい声を、店内に流れる音楽に溶け込ませながら、静かに語りかけてくれた。


「目、逸らせなく…なっちゃった?」

何から、とは言わない。
それでも、俺が目を逸らし続けているものを的確に言い当てられたと、わかる。
緑瓶を傾け、返す言葉を探すが、すきっ腹に回るのは酔いだけで、頭は一向に回らない。

「昔からずっと、真っ直ぐ見ることすら叶わない…眩しい存在です」

核心を逸らせたつもりで絞り出した言葉は、むしろ確信するものでしかなかった。
今も昔も、自分がどんな風に遠い光を見つめて、想いから目を逸らし続けてきたのか。

(この方はもう、わかってる…)

だからこそ、あの時。あんな歌を…
俺の心の中を言い当てたとしか思えない、ストレートな言葉を贈ってくれたんだろう。

人は、その人にとって必要な時に
必要な人と出会う…らしい

もしそれが、本当だとしたら。
この方と、この場所で、このタイミングに再会したことも、俺にとっては必要なのかも?
この方なら、モヤモヤしたものを、収めるべきところに納めてくれるんじゃないか?
そんな淡い期待を抱きながら、緑瓶のオジサマとの語らいを、静かに続けた。


「彼、本当に優しくて誠実。君から頼まれた仕事を、精一杯、全うしようとしてるよね」

傍から見たら、ちょっとやり過ぎというか、本来の目的を考えると、裏目に出てるけど。
自分がどんな風に周りから見えているか、あまり解ってないのかな?

「あの人は、昔からずっと、そうなんです」

ほんの少し観察しただけで、黒尾さんの本質をアッサリ見抜いてしまった。
自分の核心から話が逸れたことで、俺もちょっとだけ余裕を取り戻し、微笑み返した。

「自分に無頓着というか、鈍感というか」

腹黒策士とか言われてましたけど、深謀遠慮なだけで、常に周りのことを考えて動く。
本来は営業なんて性分じゃないはずなのに、『繋ぐ』仕事に徹するため、接待の日々。
自分の利益のためじゃないって、触れ合った人は皆わかるから、自然と繋がりが広がる…
あの人自身に惹かれて繋がっていることを、本人は全く気付いていないんですよね。

「自分がどれだけ、光っているか…」

前回のライブも、今回の忘年会も。
袖擦り合う旧知のコーハイが困ってたから、不得手な仕事を引き受けて下さった。
面倒事だったはずなのに、結果的には貴方とも繋がり、今日も新たな接続を結んで。
本当に凄いなぁと思う反面、いつもこんなにやり過ぎだと、接待を超えてしまうような…

「アッチコッチで、無自覚に…人タラシ!」

尊敬するパイセンが、皆様から評価される姿は、他人事なのに嬉しくてたまらない。
俺なんかがこんなこと言うのは、烏滸がましいにもほどがありますけど、何と言うか…っ

「ちょっとだけ、し…心配?みたいな??」


(…って、何言ってんだ、俺はっ!!!)

酔いと雰囲気に任せて、自分の中でも整理できてないことを、ツラツラと。
こんなの、まるで…まるっきり、ただの酔っ払いのグダグダじゃないか。
この方の独特な『ほんわり』に絆されたとはいえ、接待する側が、この体たらく。
今頃になって情けなくなり、スミマセンでした!と、カウンターに額をつける。

ギュッと目を瞑り、左手首の腕時計を右手で握りしめていると、優しく肩を…ポンポン。
カウンター越しにホットコーヒーを二杯注文してから、囀るように言葉を紡いでくれた。

「眩しくて見ていられない。それでも目を逸らせないまま、見続けてきたんだね」

それだけ自分をしっかり見つめて
君から高く評価して貰えるなんて
彼のことが、ちょっと羨ましいよ

「心配、いらないと思うよ」

いつもあんなに『完璧接待』してたら、身も心ももたないでしょ。
その辺のバランス感覚が優れてるから、仕事がデキる…皆から認められてるんだろうね。
でも今日の彼は、明らかに頑張り過ぎ。必死になって、誰かと張り合っているというか、
一番認めて欲しい誰かのために、精一杯、気張ってるんだろうなって、僕には見えるよ。

協会の職務や、バレーボール界の未来のためでもなく、宇内先生のためでもなく。
昔馴染みの、可愛いコーハイのため…それもあるけれど、それだけじゃない。
今回、彼は初めて、自分の利益…自分の気持ちのために、無意識のうちに動いてる。

「ずっと、繋がり続けたいと…願って」
「…???」


何を言ってるんだろう、この方は?
難解な歌詞のような文脈に、感性も経験も乏しい頭では、全く理解が及ばない。
すすめられるままコーヒーとラスクをいただき、脳内で言葉を咀嚼しようとしていると、
君に、お願いがあるんだけど…と、番号が書かれた札がカウンターに置かれた。

「そろそろ帰るから、お見送りを頼める?」
「もちろんです!少々お待ちくださいませ」

預かった札を握り、受付へ向かう。番号に対応するコートとマフラーを準備し、
自分のコートも急いで羽織って会場入口まで戻ると、オジサマは文芸部長と歓談中。
またまた慌てて二人に頭を下げると、何故かお二人から頭を撫で撫でされまくり。
ポカンとしていると、俺の方がVIP様に腕を引かれて、会場をあとにしていた。




***********