接続接待





「あ、赤葦さん発見!…って、誰だろ?」
「…っ!あの人、もしかして…!」


ステーキもデザートも、しこたまお代わりしまくってから、会場を退散。
ヴァーイ編集長さんに見送られながら、黒尾さんと一緒に階段を上っていくと、
少し離れたところにタクシーが何台かいて、そのうちの一台の前に、赤葦さん達がいた。
お見送りなんだろうけど、俺の知らない紳士と、珍しく親しそうにおしゃべりしていた。

すると、横にいた黒尾さんが、ちょっと待っててくれ!と俺を編集長に預けると、
赤葦さん達の元へ駆け寄り、紳士に対して深々と頭を下げていた。

「お久しぶりです!ご挨拶が遅れて…」
「気付かないよね、らしくない恰好だから」

「いえっ、そんな…お互い様ですっ」
「あははっ、素直な本音がダダ漏れだよ」

そうそう。そんな風に、せめて今日ぐらい
素直に『心の中』を、さらした方がいいよ

「…ねっ?」


待ってろと言われたけど、一緒についてきた俺に向かって、紳士はパチリとウィンク。
それだけで、全部わかっちゃった…紳士と意思がカンペキに繋がり合った俺は、
全力でのしかかるように、黒尾さんの背中を赤葦さんの方に向けて押しまくった。

「うぉっ!な、なんだよ急にっ!」
「うわぁっ!う、宇内さんっ!?」

急に背中を押され、思わず目の前にしがみつく黒尾さん。咄嗟に支える、赤葦さん。
絶対に離してなるものかと、ぎゅうぎゅう押しまくっていると、紳士は俺に親指をグっ!
胸元からカード?を取り出すと、赤葦さんのポケットにそれをスっと差し込み、
角7サイズぐらいの封筒を、黒尾さんの鞄のサイドに挟んだ。

「それじゃあ、よいお年を…お二人さん」

そう微笑むと、颯爽とタクシーに乗り込み、手を振って去って行った…カッコイィ~っ!
俺もそれをマネして、二人まとめてムギュっと抱き着いてから、次のタクシーにダイブ。

「んじゃ、よい夜を…お二人さ~んっ!」


車窓から手を振っていると、唖然とする二人の後ろから、我らがヴァーイ編集長。
俺に向かってガッツポーズを繰り出し、赤葦さんの荷物を黒尾さんに手渡していた。
きっと、仕事納めお疲れ様!また来年も頼むぞ!って、二人に檄を飛ばしているはず。

ルームミラーの中。立ち竦む二人の背を、俺に代わってドン!と叩く、編集長の姿。
その熱い激励を見ていると、なんだか俺の方が、じ~んわりキてしまった。

(みんな、ちゃんと、見てるんだから…)

二人は気付いてないかもだけど、編集長やバレー協会の人達、さっきの紳士に、俺。
今年も一年、二人が一生懸命頑張ったこと、胸に秘め続ける想い…きっとわかっている。
周りのオトナ達は、可愛い二人が幸せになって欲しいと、心の底から応援しているのだ。

(二人の接続を、待ち望んでるんだよっ!)

どうか、俺の大大大~~好きな二人が
どうにかこうにか『仕事納め』を果たし
仕事以外の接続を、叶えられますように!


もう誰の姿も映していない、ちょっぴり潤むミラーに向かって、
俺は精一杯のエールを送り続けた。




*****




「これは…?」
「本…ですね」


何が起こったのかわからず、突っ立ったままの俺と黒尾さん。
いつの間にか現れた編集長に、背中を押されて、数歩前へ。
編集長は黙ったまま俺の胸ポケットを差し、その指を今度は通り向かいの建物へ向けた。

(あそこへ、二人で行け…と?)

振り向いて確認する前に、再びドン!と強く背中を押され、よろめきながら、また数歩。
その隙に、編集長は脱兎。足取り軽く階段を駆け下り、会場へと戻って行った。

残された黒尾さんと顔を見合わせ、胸ポケットを探ると、小さな封筒のようなもの。
中身は、目の前の建物…ホテル名が書かれたカードキーだった。
わけがわからないまま、エレベーターに乗り込み、封筒に記されていた部屋に入ると、
クイーン?ダブル?サイズの大きなベッドのある、見るからに高級そうな一室だった。

「えーっと、ここは…どういうことだ?」
「おそらく、弊社が来賓に用意した…?」

あの方は、文芸部どころか、弊社の看板そのものと言っていいほどの存在。
当然、宿泊場所もコミコミで、ご招待したはず。それが、この部屋なんだろうけど。

「緑瓶のオジサマは、俺達二人に…?」
「このお部屋を、譲って下さった…?」

状況としては、そう捉えて間違いなさそうだけど、恐れ多いにもほどがある。
たとえあの方のご厚意だとしても、上司に激怒され…いや、行けと言ったのは上司か?
これは一体、どういうことだろう。考えられる可能性なんて、まるで思いつかないが…

(何かの、謎解き…もしくはドッキリ?)

首を横に捻っていると、いつの間にか黒尾さんは二人分のコートをクローゼットに掛け、
お湯を沸かしてお茶の準備をしてから、応接セットのソファに俺を手招きしていた。


俺が正面に座ると、鞄のサイドから引き抜いた封筒を、ローテーブルの上へ乗せた。
恐る恐る黒尾さんが封筒をひっくり返してみると、中から文庫本が滑り落ちてきた。
その本のタイトルを見た瞬間、俺は大きく声を上げてしまった。

「それ、まだ発売前の、作者用見本です!」
「おー、サイン本か?そりゃありがてぇな」

ホントにあのオジサマ、作家さんだったんだな~と、暢気に喜ぶ黒尾さん。
その手から俺は本をひったくると(ご無礼をスミマセン)、震える手で表紙をめくり…
サインの横、最初のページの真ん中に記されていた一文に、声を失った。

(まさかっ、こんなことが…っ!!!)

呆然と固まる俺の正面で、ティーバッグのほうじ茶を入れ、じっと待つ黒尾さん。
その顔を絶対に見ないように、ギュ~ッと瞼を閉じて俯き、震える声で説明を始めた。

「この本は、来年夏頃、発売予定の…っ」

今年、弊社で久々のミリオンセラーが出たんです。それが、この小説のハードカバー。
本格ミステリ派の黒尾さんでも、タイトルぐらいはご存じかもしれませんが、
普段は同じくミステリ偏重の俺でも、心にズッシリ響いた、美しくも切ないお話でした。

「響くというより、刺さる…恋愛小説です」
「はぁっ!?赤葦に刺さる、恋愛…っ!?」

恋愛小説に感銘を受ける赤葦京治だなんて、ギャグにしか聞こえない自覚はあるし、
黒尾さんの失敬な反応にも、いつもなら熨斗をつけてお返しするところだ。
だが、俺から何も返ってこない異常事態。驚きつつも、黒尾さんは沈黙で先を促した。


「ネタバレは重罪だと思っている派なので、あらすじも絶対、お教えしませんが…」

現在も売れに売れまくっており、通例よりも文庫化もかなり早めとはいえ、当然の流れ。
オフレコですけど、映画化も既に決まっており、先日、極秘会議が社内で開かれました。
そこで作者から出された2つの注文が、社内を大きく揺るがせました。まず1つ目…

「主人公の二人は、180㎝超であること」
「そりゃまた、ビックカップルというか…」

そんな描写、作中には全くなかった。それどころか、一人称からは性別も確定しない。
誰も気付かなかったけど、もしかするとこの話の主人公たちは…と、一同騒然。
でも作者はその質問に対して、未だ何ら回答を下さらないまま、なんです。

「面白ぇな!大ミステリじゃねぇか!」
「俺がハマる理由、わかるでしょう?」

物語の本質は、身長や性別なんかじゃない。
そんなことは十分わかっていても、気になってたまらないじゃないですか。
そして、2つ目の注文が、その謎をさらに深めました。

「仮にアニメ映画の場合、キャラクターデザインは、宇内天満先生にお願いしたいこと」
「なるほど。それで、文芸部の極秘会議に、部外者であるはずの赤葦が、呼ばれたのか」

宇内天満は、弊社の看板作家ではありますけど、正直、文芸部とは格が違います。
それ以前に、純文学ともいえる恋愛小説に、スポ根の代名詞は、あまりにも不似合い。
女性誌をはじめ、恋愛系の大家と言われる作家さんは、他にたくさんいらっしゃるのに、
なぜわざわざ、知人でもなく、畑違いも甚だしい少年漫画家を、指名したのだろうか?

「会議で相当、突かれたんだろ?ご愁傷様」
「はい。この件、宇内さんにもまだ内密で」

会議に出席した面々の間では、ここ数日、この話題でもちきりでした。
もしかすると、物語本編に仕掛けられた大謎も、映画で全て明かされるかも?と。


「でも、その予想は少し外れていました」

映画に先立って発行される文庫…この見本を見て、『真相』がわかってしまったんです。
文庫版の最初のページだけに挿し込まれた、いわゆる『謝辞』の一文。
見る人が見れば…わかる人にだけは、はっきりと『わかって』しまうんです!!


袖擦り合うK君とA君に、この歌を捧ぐ
~ 恋愛小説の作り方 ~


「っ!!?そ、それって、まさか…っ!!」
「あの時の…まさかの、あれ、なんです!」

カフェバーで偶然隣り合い、緑瓶のビールを酌み交わし、他愛ない世間話に花を咲かせ。
その会話から、どうしてあんな歌ができたのか、俺達には全くの謎でしたよね?
そして、あの歌から何がどう接続すれば、この美しい小説に変貌するというのか。
俺なんかには、想像することすらできませんし、いまだに全く信じられませんけど、
きっと、この小説は、『K君とA君』をモデルにした物語だ、ということです。

「おい、サインの一番上に…冗談、だろっ」
「K君とA君へ…つまり、そういうことっ」

何が何だか、さっぱりわからない
ただ、今、自分がすべきことは…



「その本…貸してくれ」

黒尾が手を差し出すと、赤葦は持っていた本を抱き込み、小さくうずくまった。

「いや…です」

今すぐに、この本を読みたい気持ちは、痛いほどわかりますけど、
お願いですから、それだけはやめて…おウチに帰って一人になってからにして下さい。

一生のお願いです…と、震える声で懇願する赤葦に、黒尾はきっぱり宣言した。

「俺は、読まない。少なくとも、あと三年」
「えっ!?な、何でっ!!?」

「なんだ、読んで欲しいのか?それなら、今からここで、美声を響かせ朗読をば」
「三ページいかないうちに、羞恥に打ち震えた涙声に変わることを、予告します」

「まさか、恋愛じゃなくて…官能小説か?」
「ほほぅ、K君の濡れ場…はい、どうぞ!」

…じゃ、ねぇだろっ!
もし今が『K君とA君の物語』なら、最後の見せ場。いつもの笑いに走ってどうする!?
せっかくの雰囲気をぶち壊した自分達に、とりあえずお互い頭を下げて謝罪。
黒尾はその隙に、赤葦の手から文庫を抜き取ると、元の封筒の中へ丁寧に入れ直し、
鞄の奥底に大切に仕舞った上で、その鞄ごとクローゼットの中に封印した。

そして、ソファに戻ってくると、今度は正面ではなく、赤葦の隣に腰かけた。
手のひら一つ分の隙間はあるが、距離は近くなったことに、ちょっとだけ息を飲んだが、
お互いの顔は見えなくなったことに、赤葦はホッと大きく一息ついた。

ぬるくなったお茶を、同時にズズズと啜り、背筋を伸ばして…仕切り直し。
黒尾は朗らかな声で、今はまだ読まない!と再度宣言し、言葉を続けた。


「本当は、凄ぇ読みたい。でも、違うんだ」

K君とA君が、どんな物語を紡いだのか。二人の気持ちを含め、めちゃくちゃ興味ある。
でもそれは、あくまでもフィクション。どこの誰だかわからねぇ、K君とA君の物語だ。
俺が本当に知りたいのは、今、俺の真横に座っている、赤葦京治の…心の中だ。

「本の中のA君とは違って、ただ見てるだけじゃ、赤葦京治は『読めねぇ』からな」

仕事中でもなく、袖擦り合った部活の先輩後輩でもない。
素の黒尾鉄朗が、素の赤葦京治との接続を期待してると言ったら、どう答えるだろうか?
そして、もっと長く、もっと深く繋がり続けたいと、素直に心を開いて願ったらならば?

「正直、知るのは怖ぇ。でも、知りたい」

黒尾はそう言い終えると、手のひら一つ分の隙間を超えて、赤葦の左手に触れた。
小指の先だけ手の甲を掠めたが、すぐにその位置を上げ、腕時計にそっと手を置いた。

カフェバーに行く前、黒尾が赤葦に贈った、『おさがり』の腕時計。
その時は自分達の心中など顧みることなく、冗談で、三百年後も…と笑い合ったのだが。

「三時間後の俺達は…期待通りだろうか?」


三十秒待っても、赤葦は何も言わなかった。
さすがに不安を覚えた黒尾が、促すように腕時計をふんわり包み込むと、
赤葦はビクリと背を震わせ、そのままスローモーションで…ぽてん。
黒尾の肩に頭を乗せて寄り添い、腕時計の上の手に、熱く震える自分の手を重ねた。

「いっ、今の俺にはっ、これが、精一杯…」

うううっ、宇内さんみたいに、可愛く自然体でイチャイチャ~だとかっ、
三十万年待ってもらったところでも、相当厳しめだと思いますから!ですので…

「あともう三分だけ、待ってて下さいっ!」

その間に、お返事の言葉と、それを絞り出す勇気を、なんとか見繕うつもりですけどっ、
もし仮に、間に合わなかった時は、お返事する代わりとして、三分後…

「接続を期待して…瞳を、閉じますから」


「悪ぃ。俺が三つ数える間に、閉じて…」

言い終わらないうちに、黒尾は赤葦の腕を強く引いて抱き寄せると、
3,2,1!と早口で囁き、二人が期待した通りの接続を叶え続けた。




- 終-




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(次ページは蛇足です)