(今、思い返してみれば…)
待ち合わせなんて、したことはない。するはずもない。
さっきまで皆と一緒に自主練し、後片付けに至っては、二人きりでしていた。
違うチームに所属している割には、同じ時を共有する機会が多い間柄だっただろう。
いつも通りの合同合宿、いつも通りの共連残業。他愛ない話(愚痴?)でマッタリして…
(グッタリを、緩め合って?)
食事に風呂、寝かし付けてからの、独り残務整理。仕事なんて、まるで進まなかった。
蓄積疲労と、要領の悪い自分の不甲斐なさへの自責。そして、焦燥感?だろうか。
全てから逃げ出したくなる衝動を、必死に抑えるように、ふらり…深夜の息抜き散歩へ。
行く当てなんて、ない。ただ、何となく、足が向く方へ、そぞろに歩くだけ。
すると、ほどなくして、溜息と共に聞こえてくる…穏やかな声。
「こんな時間に、猛禽類は狩りの練習か?」
「夜廻り中の御猫様には、敵いませんよ。」
先程まで一緒に残業していた人が、暗闇の中に座り込み、ぼんやり夜空を見上げていた。
月の形は、様々。星も、場所によりけり。観察しているわけでは、なさそうだった。
「お疲れ様です、黒尾さん。」
「赤葦も、お疲れさんだな。」
親指程度の距離だけお尻をずらした横に、小指ぐらいの距離を開けて、腰掛ける。
途中で買ってきたお茶のペットボトルを開けて、真横に差し出すと、
ポケットからごそごそ取り出した、お饅頭だかお煎餅だかを、半分にして渡してくれた。
「肉まんじゃ、ないんですね。」
「おいおい、無茶言うなって。」
以前二人で監督のおつかいに行った帰り、集中豪雨に遭遇。やむなく黒尾さん宅へ宿泊。
その時に半分こした肉まんの味なんて、状況が状況なだけに、全く覚えてないけれど、
それ以来、何となく、こうして夜中に出会った時には、何かしらを半分こしていた。
そう、ただ、何となく…
何となく、バッタリ逢える気がしたから
(そうじゃ、ない。今なら、わかる。)
バッタリ逢えることを、朧に期待して
ふらり、深夜の散歩に、出掛けていた
逢ったからといって、これといって特に何かをするわけでもない。
ちょっと食べて、ぼぅっと夜空を眺めて、ぽそぽそと労いの言葉をかけ合って。
そのうち、お互いぽわぽわ。力が抜け、気忙しかった心も凪いで。眠くなって…お開き。
ほんの5分か、長くとも10分ぐらい。すれ違いざまに袖すり合う程度の、些細な時間。
(でも、俺にとっては…)
たったこれだけの『バッタリ』の後は、強張りも取れて、頭も心もスッキリ。
苛々や悶々もいつの間にか消え去り、穏やかに仕事を終え、スムースに寝られていた。
黒尾さんとの息抜きタイムがなかったら、俺は早々に壊れて(壊して)いただろう。
「赤葦も、適当に…」
「適当?聞き捨て…」
「適宜、適切に。頑張り過ぎんなよ~?」
「お互い様です。黒尾さんも…至適に。」
「黒尾さん素敵?いや、参ったな~」
「はいはい、おやすみなさいませ~」
テキトーに流しやがって!と、笑いながら俺の頭をわしゃわしゃ。
それには無抵抗のまま、ほんのわずかに眉をひそめて見上げると、
わしゃわしゃの手を少しだけ下ろし、眉間の皺をキュキュっと伸ばして、背をぽんぽん。
(こうして、欲しかったから…)
10年以上経った今も、変わらない。
宇内さんと3人で打合せをして、その後ダラダラと飲み明かす、金曜の晩。
シンデレラボーイな宇内さんが、0時前に寝落ちした後は、黒尾さんと二人でお片付け。
この時間だけは、普段はなかなか表に出さない愚痴を、ぼそっと微かに零し合って。
(そうすれば、あの頃と同じように。)
「あんま、溜め込むなよ?禿げるぞ~」
「黒尾さんは禿げても素敵ですよ~?」
「語尾、疑問形にすんな。」
「将来禿げますよ、絶対。」
「よーし、お前の生え際、見せてみろ!」
「角が生えかかってるの、見えますか?」
そういって、わしゃわしゃ。ただのおバカな酔っ払いオッサン共だ。
でも、この他愛ない『ひととき』のために、一週間頑張った。これで、来週も頑張れる。
俺が唯一、無条件に甘やかして貰えるのは、この時間だけ。
(黒尾さんだけが、俺を…っ)
自覚した淡いキモチが叶わなくても、いいじゃないか。そんなの、慣れっこだ。
俺には到底手の届かない場所で朗々と輝く、素敵な星…というよりは、むしろ。
スター達をも強烈に引き付け、内に取り込み大爆発させる、ブラックホールのような人。
自らは輝いていなくとも、その莫大なエネルギーたるや、星々に比肩する…遠い存在だ。
(惹かれてやまない…昔も、今も。)
黒尾さんと一生逢わないまま…『ひととき』の接続すら消滅してしまうぐらいなら、
今まで通り、遠い輝きを近くから眺めている方が、まだました。
正直、宇内さんと黒尾さんのボケツッコミを見るのも、それはそれで楽しいし。
(ん?どっちがボケだっけ?…じゃなくて)
しばらくの間は、恋しくて恋しくて、胸の苦しみに悶える日々が続くだろう。
あまりにも苦しい時には、こうして西に逃亡し、しんすけさんに慰めて貰えばいい。
どんな形であれ、黒尾さんと繋がり続けていられるように…
(俺も、新たな道を、歩き出さないと。)
この涙を、流し切ったら
東に戻り、あの人の元へ向かい
自分のキモチを、ちゃんと伝えよう
そしていつか、大失恋の傷が癒えた時には
心からの笑顔で、黒尾さん達を祝福しよう
「あなたのことが、大好きです。
あなたに出逢え、あなたと繋がり合えて、本当に…幸せです。」
想いを真っ直ぐ伝える、予行演習。しんすけさんと続けてきた『練習』も、これが最後。
たとえ練習とはいえ、最後の最後に、一世一代の告白を、ちゃんと言い切った自分に、
自分自身が一番驚きつつ、腑に落ちた?みたいな感覚。心も頭も、クリアになっていた。
(ちょっと、吹っ切れた…かな?)
俺を支えて下さり、ありがとうございます。と、再度感謝を伝えようとする前に、
しんすけさんは一転、ごくごく真剣な表情を見せると、俺を胸の中に抱き込んだ。
弱くビビリな俺を勇気づけてくれる、優しく熱い抱擁…そう思ったのも束の間、
真上から響いてきた冷たく固い声と、触れた胸から伝わる強い振動に、息を飲んだ。
「聞こえたやろ?
今のが、けいじくんの『答え』や。」
「…?……っ!!!?」
今のは一体、誰に向けて放った言葉だろう?
胸の中、真下の俺にでは、あり得ない。俺よりも、遠く…真後ろに向けて???
意識を後ろへ向ける前に、草をかき分けて数歩だけ近付いてくる、静かな足音がした。
(誰か、いるっ!!?)
深夜の田んぼに、自分達以外の人間がいる可能性なんて、露ほども想定していなかった。
チカチカ瞬く満天の星々には、内緒話を聞かれていたかもしれないけど、
こんなトコに突然現れそうな人間なんて、さっきの川西ぐらいしか、思いつかない。
仮に、俺としんすけさんの『練習』を知ってる、神出鬼没川西太一だったとしても、
今のを聞かれてしまったのは、このまま羞恥死しそうな、赤葦京治史上最大の失態だ。
(ぅっ…わぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!)
顔から火を噴くとは、まさにこのこと。
もうどこでもいいから、しんすけさんの穴に潜り、隠れてしまいたい。
できるだけ小さく小さく縮こまって、しんすけさんにむぎゅ~~~っと、しがみ付く。
そんな俺を、しんすけさんはガッッッッチリ抱き込み、つっ、強っ、くっ、苦しっ…
ちょっとだけ、緩めて貰えると助かるんですが…と、シャツの裾を引っ張ったが、
更に強い力で捕縛され、指先すら動かせなくなってしまった。ちからっ、つよっ!?
見た目によらないパワフル剛腕さと、見た目通りの圧倒的な強情さで、封じ込まれる。
何とか動かせるのは、口だけだったが、さっき飲み込んだ息ごと、止まってしまった。
「割って入るつもりなんて、ない…
邪魔して、悪かった…っ」
(…えっ?)
こんなとこで、聞こえるはずのない、声。
今まで聞いたことのない、か細く弱々しい声だったが、聴き間違えるはずはない。
すぐに振り返って、姿を確認したいけれど、顔を見せるのも…怖い。
いや、それ以前に、しんすけさんに囚われ、全く身動きが取れない。
「それじゃあ、俺は…」
くるりと踵を返す音と、遠ざかる声。
それを止めたのは、真上からの力強い声だった。
「もう一人増えても、邪魔にはならんで。」
「…は?」
「あんたも、ウチに泊ればエェ。」
「え、いや、えーっと…は、い???」
淡々とズレズレなことを言い放つしんすけさんに、ポカン。
いやいや、このド修羅場でキメるセリフとして、それはちょっとアレですよねっ!?
というより、俺の最悪な予想では、黒尾さんは何か大勘違いしちゃってるみたいですし、
まずはそこんとこを、ガッツリ修正協議した方が良いような気がしますけど!?と、
まるっきり他人事のように、俺も脳内で思わずツッコミ。
そんな俺のワタワタも、黒尾さんの困惑(ぶっちぎってピヨピヨ?)も、
しんすけさんには1ナノグラムも伝わらず、平然と繋がらない話を続けていく。
「タクシーなんか、通らんで。駅行っても、電車も終わった。宿も、あらへんで。」
「そっ、そうか…」
「北信介。けいじくんの、恋人や。はじめまして。」
「っ、黒尾、鉄朗、です。どっ、どうぞよろしく、お願い、します…」
タジタジという音が聞こえるほど、黒尾さんの毒気がスッカリ消え失せていく。
こんなにも『らしくない』黒尾さんなんて、勿論、一度も見たことがない。
(ちょっとだけ、見てみたい、かも。)
初対面。しかも、昼ドラ顔負けの、ドロドロ展開になりそうな、三竦みの場面で。
あの鉄面皮から、何もかも取っ払い、素の家猫を出させてしまうだなんて…
(実に恐ろしい…最強・北信介っ!!!)
何だかもう、笑いすら込み上げてくる。
いつの間にか俺からも力が抜け切り、しがみつく手を離した…瞬間。
身体がふわりと浮きあがり、夜空のお星様が近付いた。
(ぇ…っ、えっ!!!?)
「ほな、帰ろ。」
けいじくんも、てつろう君も。何やかんや、話したいこと、話すべきことがあるやろ。
ウチに来てゆっくり、話したらエェ。いや、ちゃんと話さんと、俺が赦さへん。
えぇ加減な奴に、俺の大事な大事な宝物の恋人を、預けるわけにはいかんからな。
「あ、川西に因んで…川の字で寝よか。」
凄い名案や!と、ひとりで満足気に微笑みながら、俺を抱えて歩き出すしんすけさん。
三人で川の字って、ナニ言ってんだこの人…って、ちょっと待って下さい。
「あの、しんすけさん。大事な大事な宝物の恋人を…コレですか?」
「肩に担ぎ上げて…ここは、お姫様抱っこ的な方が、良くねぇか?」
そう。俺は今、しんすけさんの、肩の上。
お腹を肩に乗せて、後ろ向きに…黒尾さんの横を通り過ぎ、お顔が見えたところ。
いつもと違う位置から、キョトン顔を見合わせ、思わず…ブッ!!と吹き出した。
「まるっきり、米俵扱いですか!」
「思いっきり、宝物に違いねぇ!」
そんなの、当然や!と言わんばかりに、しんすけさんは俺のお尻をペシペシ。
それに促されるように、泣き笑い顔で立ち竦む黒尾さんに、涙に濡れた手を伸ばした。
ぷらん、ぷらん、ぷらん
肩上で揺れる、俺の手を
右手でそっと、捕まえて
もう片方で、雫を拭った
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