猫梟合宿?~大浴場?~


五輪が終わり、劇場版メテオアタックの最終上映も終わった、夏の終わり。
そう書ければ、字面的には美しいのだが、お盆休みや夏休みが終わっても、酷暑のまま。
ようやく終わった激務と、終わりの見えない暑さから逃げるように、
黒尾と赤葦の二人は、都内よりは静かで、やや涼しい温泉旅館に、車で向かっていた。

「お前、よく三日間も休みが取れたよな。まさかの忌引詐欺でも、やったのか?」
「新婚旅行扱いです。慶弔休暇だよね?と、編集長より黒尾さんへの伝言です。」

「それで、あの金一封か。ありがてぇ。」
「香典袋じゃなくて、よかったですね。」


激闘続きだった、五輪バレーボール。
選手はもとより、それを支える裏方たる協会スタッフ達は、疲労困憊。
五輪前の国際試合から溜まりに溜まった残務を、手分けして処理しながら、
遅くなったお盆休み兼慰労休暇を、順番に頂いているところだった。

若手の部類に入る独身の黒尾は、年功序列?体育会系上下関係?から、休暇も最後。
最後の最後まで休みなく働き続け、ようやく自分の番が回ってきたところに、
上司から「よく頑張った!」と嬉しいお褒めの言葉と共に、ペア宿泊券を賜った…
「コラボ応援ありがとう!お疲れ様!」と、同行(確定)者への、盛大な労い付で。

「つまり、協会様から俺への御礼ですね。」
「はいはい、俺は運転手ですよ〜御名答。」

「俺は勝手に、慶弔休暇を使われました。」
「申請前にか?強制でもないと休まねぇ…」

「黒尾さんに美味しいもの食べさせて貰ってこい!との命令付でした。」
「嘘を言うな!何とか赤葦を休ませてくれ!って、俺は懇願されたぞ。」


今や国民的スポ根漫画となった、宇内天満作メテオアタック。
その人気にあやかろうと、バレーボール協会の黒尾は早々かつ頻繁にコラボを計画。
『ウチの若手』同士が旧知の仲だと知った上司達は、二人をそれぞれの窓口に固定…
ほぼ毎週金曜晩、宇内家で打合せ→宅飲み会が、ここ数年の定番(職場公認)だった。

「俺の上司共は、俺より赤葦に甘過ぎ。」
「ウチの方も、黒尾さんを信頼し過ぎ。」

「そろそろ、お前のデスク…できるぞ?」
「黒尾さん専用カップ…ありますけど?」

連載当初(その前?)から、宇内先生の担当編集だった赤葦の業務は、
人気上昇と共に指数関数的に膨れ上がり、さらに今年は映画化分がそれに重加算。
黒尾は黒尾で、4年に一度の祭典がらみのてんやわんやで、しっちゃかめっちゃか。
金曜晩の宅飲みどころか、こうして顔を合わせたのも、実に久しぶり…
前回はまだ、ダウンのコートを着て集まり、熱燗を頂いたような。

「今更、なんですけど…お帰りなさい。」
「おぅ。その言葉…ちょっと待ってた。」

「おみや…お会い、したかったですー」
「潔いぐらい…本音オンリー、だな。」

お土産のワインは来週、宇内センセのとこへ持ってくから、3人で飲もうぜ!
それなら、ワインに合う…チーズといぶりがっこでも買って帰りましょうか!云々。


そんなしょーもない会話を、徐々に緑が深まる窓を眺めながら、の~んびり楽しみ。
サービスエリアに寄る度に、焼ちくわやソフトクリームを半分こし、
山菜漬や味噌、地酒飲み比べセット…宅飲み&ご飯の友ばかりを、あれこれ購入。
レジに並んでいた黒尾の元へ、赤葦が歩み寄り、上目遣いに贈物をオネダリしたり。

「旅の記念として、可愛い京治君に…ね?」
「手打ち蕎麦…もっと可愛いモノにしろ。」

「では、あの可愛い、大吟醸四斗樽を。」
「モノも値段も、全然可愛くねぇだろ!」


場を待たせようと気を遣い、無理矢理テンション上げて喋り倒す…なんてことは、ない。
ただ思いついたことを、気の向くまま、そぞろに。言葉遊びをのんびり愉しむ。
ご機嫌というよりは、ごく自然体。車窓を眺め景色の移ろいを愛でる時間の方が、多い。

(この、程よい沈黙が…)
(凄く、心地良いです…)

そういえば、ふたりだけという時間は、いつ以来だろうか。
仕事関係のものを除いたら、もしかすると、学生時代まで遡るかもしれない。

「おい。今、凄ぇことに気付いたんだが。」
「これが、初デート。しかも外泊ですね。」

「プライベートな赤葦…はじめまして。」
「こちらこそ…どうぞお見知り置きを。」

ルームミラーの中で、ペコリと会釈。
あれ?こうして目を合わせたのも、実は久しぶり…?と、同時に気付いてしまった。

「…っ」
「…っ」

「ここで緊張とか、勘弁してくれよ?」
「そんな可愛い京治君、でしたっけ?」

「お前はいつだって、可愛いだろー」
「潔さオンリー、棒読み本音です。」


前言撤回。
二人とも、らしくないぐらい…ご機嫌だ。
らしくはないが、悪くはない。むしろ、新鮮で実に好ましい…初めての雰囲気だ。

「楽しい、な!」
「はい。凄く!」



*****



高速を降りてからは、田園風景の中をのんびり法定速度遵守でドライブ。
どっか寄りてぇとこあるか~?の問いに、赤葦が即答したのは、社寺仏閣。
旅館までの道中、ナビに表示された場所から数カ所、なんとなく気分で選んで参拝した。


「黒尾さんのヘタレを何とかして下さい。」
「赤葦のヘソマガリもどうにか頼みます。」

「神仏に頼んでいる時点で、望み薄し。」
「んじゃ今晩、お星様に願うとするか。」

黒尾の口から流れ落ちた『お星様』という懐かしい言葉に、
赤葦は一瞬だけ目を丸くし、すぐにその視線をスーっと流した。

「おや黒尾さん。星に願いを…言葉にして言えるようになったんですか?」
「たまには赤葦が素直に『はい。』って言ってくれますように…っとな。」

「………はい?」
「疑問形かよ。」

流れ星も通り過ぎそうなほど、た~っぷりな『溜め』のあと、キラキラ輝くイイ笑顔。
お前は全っっっ然、変わんねぇよなー!と、黒尾もイイ笑顔を見せながら、
お互いの脇腹に、思いっきりツッコミを入れ合った。

(森然での、流星群の観察…)
(覚えていらしたんですね…)

梟谷グループでの合宿中、秘密基地こと森然大浴場の外で、グッタリと夕涼み。
居合わせたブロッコリー&タラコと一緒に、4人でペルセウス座流星群を観察し、
そこで二人から、お星様に願う『真意』を教わった…ひと夏の思い出だ。

自分にとっては、天地が逆転したぐらいと言ってもいいほど、大きな出来事だったが、
相手もいまだに覚えていたことに、内心だけでコッソリ頬を緩めた。

「お?胃袋はココか?掴んでやろうか?」
「ちょ、やめ、くすぐったいですって!」

「胃袋を掴める…俺らの適正距離だろ?」
「はいはい、それでいいですから…っ!」

「『はい』は、一回でよろしい。」
「はーーーーーーーーーーっい!」


…そんなこんなで。
立ち寄った社寺には、ことごとく自分達以外に誰も居なかった。
平日の日中ということもあるし、名の通った観光地でもない。神様も仏様も、独占だ。
縁起や御由緒をじっくり読み、木陰で涼みつつ茶をシバき、おしゃべりに興じて。

「なぁ。これ、新婚旅行というより…」
「引退後の老夫婦の湯治旅…ですね。」

「だとしたら、神仏に願う…誓うことは?」
「十年後、再び共に…ご挨拶に参ります。」

赤葦の口からすんなり出てきた『十年後』の言葉に、今度は黒尾が目を丸くした。
そして、軽く片目だけを閉じると、小指をクイクイと曲げながら囁いた。

「来世も共に…ってのは、詩的すぎか?」
「逝き先は同じ地獄で…ぐらいが至適。」

お星様とは違い、神様仏様には本来、願い事をするものではないそうだ。
神仏の労をねぎらい、鎮魂を祈り、自らに誓いを立て、感謝をお伝えする。
境内では茶々を入れ合っても、いざ神仏を前にすると、そこはちゃんと弁えて。
二人は静かに手を合わせ、しっかり両目を閉じて心の中だけで呟いた。

(今日という良き日を、俺達に下さり…)
(良きご縁を、ありがとうございます…)



煩悩にまみれた脳と、天邪鬼な口先も、神仏に頭を下げている内に、少しずつ浄化され、
目的地の旅館に着いた頃には、陽も心も落ち着き始めていた。

旅館前に車を停めて、まずはすぐ側の大きな神社に出向き、ご挨拶。
日本三大稲荷神社のひとつ、創建は7世紀という長い歴史を誇る神社だが、
祭祀もない平日の夕刻には、ご近所さん達がチラホラお散歩をしている程度だった。

「大規模に観光地化してなくて、むしろ…」
「実に俺達好みの、神社さん…ですよね。」

陽がすっかり落ち、広い空が宵闇に包まれるよりも、ほんの少しだけ先に、
境内をぐるりと囲む回廊風の場所が、灯籠の明かりでぼんやりと照らされた。
夕焼の赤と、闇夜の黒が交じり合う中、淡く浮かぶ丹塗りの社殿の美しさに、
二人は感嘆の息も出せないまま、しばらく静かに魅入っていた。

「十年後、もう一度、二人一緒に…」
「この光景を、見に…来ましょう。」

さっきは冗談半分に茶化して言ったが、今のは心の底から湧き出した、素直な願い。
暗闇の中、灯籠を眺めながら、二人は無意識の内に小指の先だけをそっと触れ合わせ、
淡く慎ましい『十年後』の約束を交わしてから、旅館へと向かった。



*****