いつの頃からだろう。
当たり前の光景から、無意識のうちに目を逸らしていたのは。
『漫画家&編集者』
これが単なる『嫉妬』ならば、自分のキモチも割と素直に受け入れられていたと思う。
だが、このキモチの裏に隠れる闇の正体を、俺はとっくに知っていた。
『絶望』
俺には決して届かない、スター。
眩いばかりの恒星の輝きと、その光に磨きをかける、かたわらの惑星。
絶妙な力で引き合い、繋がり続ける星々の間に、誰が割って入っていけるというのか。
(繋がりを絶つことを、望むなんて…っ)
大親友も、宇内先生も、心の底から尊敬している。
アイツのサポートを受けて輝きを増すに相応しい、常人を超越する類稀な努力家だし、
あのぐらいの巨星でなければ、アイツをかたわらに置く資格はないだろう。
(絶対に、俺には敵わない…叶わない。)
かつて見た『主将&副主将』と重なる、目の前の『漫画家&編集者』の姿。
淡々と仕事をこなし続けるのは同じだが、今のアイツは、また違う表情を見せている。
『笑顔』
表面上は笑顔でも、本質的には『淡々』の凄みが増しただけだし、
その『笑顔仮面』の効能を説いたのは、他でもなく高校時代の俺自身だ。
俺が教えた以上に、忠実かつ完璧にそれを使いこなすあたりは、流石の一言だが、
たとえ仮面でも、アイツが誰かに笑顔を見せる姿は、見ていて良い気はしなかった。
(俺にも魅せて?…いや、そうじゃない。)
言葉では上手く説明できないが、何か、そういうのとも違う。
俺に笑顔仮面を向けるのだけは、むしろ絶対にやめてほしいし、
そんな顔をさせるぐらいなら、高校時代の合宿中、一緒に残業していた時みたいな…
(…?どんな顔、してたっけ?)
思い出すのは大抵、疲れ切ってグッタリしていた、眉間のシワばかり。
アイツは俺を、どんな顔して見ていたのか、ほとんど記憶にない。
(当たり前…か。)
俺など眼中になかった。昔も今も、俺は単なる仕事仲間…同病相憐れむ相手なだけ。
だからこそ、お疲れさま顔ばかりを、思い出してしまうんじゃないか。
(それでも、笑顔仮面より、マシだ。)
毎週金曜の打合せ&宅飲みの後、先生を寝かしつけてから始まる、二人だけの二次会。
おつかれさん~と四肢を伸ばしながら、ダラダラ盃を交わし、イカをチマチマ炙って。
リビングや台所を並んで片付ける、かつての残業とほぼ変わらない『時間』さえあれば。
そんな緩い関係でも、俺にとってはかけがえのない、大切な繋がり。これで…いいんだ。
(…そう、言い聞かせていた。)
自分が被り続けた『鉄面皮』にヒビが入ったのは、皮肉なことに繋がりを求めるもの…
まさかの『コネクション!?』プロジェクトの対談を通して、だった。
純粋に『あの頃のまま』変わらない、日向&影山コンビ。
逆に、あの頃とは違う繋がりを模索し、目を逸らし続ける、二組の幼馴染コンビ。
そして、誰もが理想と太鼓判を押す鉄壁コンビが、俺の鉄壁をぶち壊してきたのだ。
(あんな顔も、すんのかよ…っ!!?)
まるで真逆なタイプの二口とソッコーで意気投合し、年相応に微笑む姿。
その穏やかな表情よりも、何の繋がりもなかった奴が、アッサリ至近距離に割り込み、
ごくごくフツーに連絡先を交換し、繋がり合ったことに、声を失ってしまったのだ。
(星々の間にスーっと流れる…彗星。)
口やガラは悪いが、真っ直ぐで嘘偽りのない二口の登場は、彗星のような衝撃だった。
口数の少ない青根や、更に口の悪い京谷&月島、根性無しには容赦なく厳しい岩泉。
奥行きの広さ?深さ?暗さ?では、当代随一といっていい川西。そして…アイツまでも。
それらの星々と良好なダチ関係を結び、繋がりを構築し続けている二口こそ、
本来は『コネクション!?』プロジェクトの核となり得る逸材だったかもしれない。
(俺も、あんな風に、なれるなら…)
二口に感じたのは、きっと『羨望』だ。
自分にはないものを持つ者を、羨むキモチ。それをはっきり自覚した瞬間だった。
ついさっき知り合ったばかりだぞ?
しかも、対談という仕事だったのに
アイツの『フツー』を、引き出して
あっという間に、繋がり合った…っ
羨ましくて、悔しくて、堪らなかった。
今まで抱いてきた『絶望』と、今まさに抱いた『羨望』の意味が、ガッチリと接続し、
アイツへの想いがどういうものだったのか、ようやく理解したのだ。
(理解?いや…認めざるを得なくなった。)
二口から自覚した『羨望』は、約一月後、次の対談で『絶望』の側へ転がった。
ツムサムが無邪気に語った『北さん永久不可侵』の話に、酷く搔き乱されてしまった。
好き好きと公言しながら、永久不可侵…自らも一線を越えようとは、決してしない。
その不可侵条約も、北信介本人の意思とは無関係。全く無視されているのだ。
勝手に劣等感を抱いて絶望し続け、更に羨望して。でも、自分からは、何もしない。
自分のキモチを胸の奥底に秘めながら、同じように『不可侵』だと決めつけて。
大切な相手に向き合い、ちゃんと繋がろうとしていなかったのは…
(俺も…だ。)
不可侵だと思い込んでいたのは、自分だけ。
アイツの方に、俺が囚われていた『呪縛』が効くことなんて、あり得ない。
どんな人と、どんな繋がりを築き、深めていくのかは、アイツ自身の自由じゃないか。
フツーのダチになった二口とは明らかに違い、サムとは『それ以上』の可能性が見え、
アランにもそれを断言されてしまい…大して飲んでないのに、グラグラ足元から揺れた。
(アイツが、他の星と繋がる、可能性…っ)
テイルズ飲み会から宇内先生の所へ戻ると、最も見たくなかった光景がそこにはあった。
仲良く居間のソファで寝落ちする、『漫画家&編集者』の姿。
今まで何度も見てきた、ありきたりの光景だが、『自覚』した俺には耐えられなかった。
(なんつー拷問だよ、これはっ!)
二人の間に体だけ割り込ませながら、すやすやと寝入る、アイツの方に背を向けた。
ベッドに運んでやるというのは、体のいい口実で、二人を引き離したかったのが、本音。
だが、そんなちっぽけな抵抗なんか、寝顔だけは天使の巨星には、全てお見通しだった。
古くは、猫又監督と、烏養監督。
少し前は、日向と、幼馴染さん。
そして現在、妖怪世代の星々を。
今まで、周りをいっぱい繋げてきたけど、
そろそろ、自分自身の『繋がり』のこと…
真剣に、考えてみても、いいんじゃない?
「黒尾さんは、誰と…繋がりたいの?」
ベッドに体を横たえ、布団を掛けた後。
目を覚ました宇内先生が、瞳を閉じたまま、お礼の言葉と共に耳元にそう囁いたのだ。
呆然と佇む俺に、おやすみ~と頭から布団の中に潜り込み、手をドアの方へひらひら。
はやく寝室から出ていけ、ではなく、はやく居間へ戻れと、言わんばかりに。
(俺が、繋がりたいと、望む相手は…)
目の前で今、無防備な姿を晒している。
できるだけその寝顔を見ないように努めながら、毛布を掛け、枕を滑り込ませて。
目を逸らしていたのに、最も見慣れているはずの表情に、目を奪われてしまった。
(眉間に、シワ…疲れてんだな~)
高校時代から変わらない、お疲れさま顔。
無意識のうちに手を伸ばし、シワを伸ばすように指で擦り、手のひら全体で髪を撫でて。
そうこうしているうちに、あの頃は微かに感じていた、じわじわした温かいものが、
徐々に胸いっぱいに広がり…突き上げるような熱に変わっていた。
(俺は、コイツと…赤葦と、繋がりたいっ)
重力に惹き込まれるように、顔を近付けて。
こんなことしちゃダメだと、頭のどこかが絶叫しているのに…止められなかった。
初めて触れた熱い熱い唇に、身も心も歓喜で震え、自制の声も聞こえなくなった。
(ずっと、繋がって、みたかった…っ)
ゴクリと唾を飲み込んだ喉の動きで、赤葦が起きていることはすぐにわかった。
唇に触れる相手が俺だということも、おそらく察しているはず。
それでも赤葦は目を開くことも、俺を詰ることも、拒絶することもなく、
ただただ静かに、俺からの一方的なキスを、受け止め続けてくれた。
(………?)
最初の内は、もしかしたら?という、淡い期待すら持っていたが、
すぐにこれは『受け止めて』るだけで、『受け入れて』るわけじゃないと気付いた。
(どういう、こと…だ?)
受け止めてはいるが、奥歯を食いしばったまま、受け入れてはいない。
それなのに、唇を離すと、いつの間にか掴んでいた俺のシャツを握る手に、力が入る。
もっと繋がってもいいのか、それとも、本当は繋がりたくないのか。全く…わからない。
(赤葦の、キモチは…?)
歓喜よりも困惑が俺の中で渦巻き、離れた唇へ戻る速度が、遅くなり始めた時。
赤葦の頬を伝い落ちたひと筋の雫が、俺の動きを完全に止めた。
(これは、『絶望』の…涙。)
全身の熱が急降下し、とんでもないことをしてしまった慙愧の念に堪え切れず、
ゴメン…とだけどうにか呟き、親指で涙を拭ってから、居間を飛び出した。
(俺、最低、だ…っ)
繋がりたいと強く願うキモチを、無抵抗の相手に、一方的に押し付けて。
その結果、二人の間の不確かな接続を、断ち切るようなことをしてしまったのだ。
人同士の繋がりは、一方から望むだけでも、外野から接続しようとしても、繋がらない。
外から『きっかけ』があっても、本人達が望まない限り、『特別な』繋がりは結べない。
(わかってた、はずなのに…っ!!!)
妖怪世代の星々を繋ぐ『コネクション!?』プロジェクトを通して、俺が得たものは、
自分が本当に繋がりたい相手を、はっきり自覚できたこと。
そして、ようやくみつけたその繋がりを、自ら絶ってしまったこと…
「まさか、こんなことに、なるなんて…っ」
自分自身への激しい怒りと、赤葦に対する様々な想いを、ごちゃまぜにして。
眩しすぎて星なんてほとんど見えない、大都会の夜空に向かって、力なく吐き捨てた。
「接続プロジェクト、やらなきゃよかった。
繋げたいと、思わなきゃ、よかった…っ」
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接続不覚⑥・前編
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