接続不覚⑤



「あ、やっぱりあの店のおかきだ。
ケンケン、わかってるね~!」

3人が乗った新幹線グリーン車は、この時間ともなるとほとんど人がおらず、貸切状態。
車両のド真ん中付近の前後2列を、川西が手際(足際?)よく向かい合わせにし、
状況が掴めず未だ呆然とする北と赤葦を並べて座らせ、駅弁と地ビール缶を渡した。

「さてと、まずは乾杯。喉を潤してる間に、質問…されそうなことを先に説明するね。」

川西に促されるまま、北と赤葦はビールを開けて掲げ、一口だけごくり。
今日は飲み過ぎ厳禁だからね!という、角名からの伝言にコクコク。
二人がお行儀よく「いただきます」と合掌するのを見届けてから、川西は口を開いた。


「黒尾さんは、俺の元部下。彼が学生時代バイトしてた法律事務所の、同僚なんだ。」

歳は彼の方が1つ上だし、大学の入学年度も向こうの方が先輩だけど、
資格者としての実務経験は俺の方が長いし、同世代の同部活出身者のよしみもあって、
俺が彼の指導係に…世界一優しく丁寧で頼りがいのある上司として、可愛がってたんだ。

「元々、法律畑の人間だとは、チラっと仰ってましたが…」
「協会へも、最初は法務としてネコのコネ就職したはずだよ。今は、雑務だっけ?」
「それは、元々…高校時代からですね。」
「あはは!っぽいね!」

彼は卒業&就職と共にバイトを辞めちゃったけど、資格者同士の繋がりは強い。
顔が広い彼は、アッチコッチから厄介事を引っ張ってくるけど、自分自身は動けない。
そんな時に、遠慮も容赦も割増料もなく、元上司の俺に頼りまくってくるんだ。

「おそらく、二人の知り合いにも、俺と影日向で繋がってる人が、いる…かもね?」


そんなわけで、高校時代と今…赤葦の知らない『空白期間』の彼と繋がってたのが、俺。
その間のことは、いつかゆっくりバラしてあげたいけど、今回は泣く泣くオアズケで。
誰かに依頼されなくても、俺自身の気持ちとして、信頼する仕事仲間かつ無二の友人を、
出張料も接待交際費も割引で、助けてやりたい気満々なんだよね。

「あんなに情に厚く、真っ直ぐな…
ずっと繋がり続けたいと思える奴なんて、そうそういないから。」

とはいえ、今の俺には、直接黒尾の…赤葦の手助けをしてあげられる力は、ない。
あまりにも繋がりがなさすぎて、実際のところはどうすべきか、お手上げ状態だよ。
だから…

「力を貸して下さい…北信介さん。」

黒と赤を繋ぐ、最後の『鍵』となるのは
おそらく、あなたの他にいないでしょう
とはいえ、俺達もまだ、繋がったばかり

古くからの友人のようには話せませんが
今は繋がり過ぎないことが、吉と出ます
ここからは、『仕事モード』に戻って…

「あなたのことを、話して頂けませんか?」


先程までのフレンドリーな雰囲気をガラリと変え、川西は深々と北に頭を下げた。
そして、静かに上げた真っ直ぐな視線で、北をしっかり見据えると、
北もその視線に応えるように、真っ直ぐ背筋を伸ばし、深々とお辞儀を返した。

「よろしくお願いします…川西先生。」



*****



最初に、結論を言うとく。と言っても、出会うた日に言うたんと、同じや。

「本人から直接聞いてへんのに、その人のキモチを勝手に決めたら、アカン。」

北は真横の赤葦の方を一度だけ向き、ごく淡々とそう告げると、
すぐに視線を正面の川西に戻し、「先生に、ご相談があります。」と、語り始めた。


「どっちかを選ばないといけない。でも、どちらも選べない、切り捨てられない時…」

倫太郎からお聞き及びかと思いますが、今の俺は『普通』の状態やない。
泥酔した勢いとは言え、自分でも驚くほど極端な選択をし、選ぶことから逃げています。
その原因は、数日前。長年逃げ続けてきたことに、向き合ってしもうたせいです。

ずっとずーーーっと、俺のことを好いてくれとった奴。
おやすみなさい代わりの日課として、いつも通り言われた「好きです!」に対して、
「俺もや。」って、先制して返したんです。そしたら…

北さんの『キモチ』は
『俺』に対するモンじゃなくて
俺にソックリな『アイツ』へのもの
だから、俺の方は…『勘違い』ですよ

「…って、一字一句違わず、どっちからも全く同じことを、真顔で言われました。」
「っ!!!」
「それはそれは、またまた…っ」

勘違いって、何やねん!?
俺のキモチを、お前が勝手に決めんなや!

そもそも、何年も何年も、好き好き言うて
一方的に自分のキモチは叫び続けたくせに
こっちのキモチを聞こうとしたことなんて
今まで一度だって、ないやろ!!

「そう心ん中だけで絶叫しながら、結局俺は何も言わず、二人の前から去り…
その翌朝から、二人は宇内先生との対談に突撃、今に至ります。」


一体どういう『好き』なんか、具体的には俺とどうなって、どんなことしたいんか。
そういうことは一切言わんくせに、北信介不可侵条約だとか、勝手に周りにも強制。
俺がけいじくんと恋人になったって知ったら、けいじくんを食い殺しそうや。

それなのに…それなのにっ!!

「孫の代まで自慢できる後輩になる?
その孫って、『誰の』孫やねん!!?」

永久不可侵の神様扱いなら、俺は結婚も子作りも、当然孫も…子孫繁栄は叶わん存在や。
そうなると、孫は永久不可侵の俺の孫やなくて、アイツら自身の孫ってことになる。
お前のじーちゃん、俺の自慢の後輩やで!あぁ見えて凄いジジィや!って、俺に言えと?

それとも、孫はやっぱり俺の孫で、俺が他の誰かと結婚したり子孫残してもエェと?
ただでさえ出逢いのごく少ない田舎百姓。その稀少なご縁を、悉く潰しておきながら?
ウチのばーちゃんも、俺の結婚式を楽しみにしとるって言う割には、縁談持って来ん…
いや、持って来られても、それはそれでめっちゃ困るけどな。


「好き好きは、ホンマにただのあいさつで、マトモに受け取った俺が…アホなんか。」

あいさつなら、まだよかった
でも、もしこれが本気なら?

俺がどちらか一方を、選んだら
一番悲しむのは、その選んだ方

アイツらは、自分自身なんかよりも
自分の半身が愛で満たされることを
何よりも優先し、強く望んでいる…

「どっちを選んでも、俺は両方を傷付けてしまうんや。」


顔ソックリやし、ステレオでクッッッッソ鬱陶しくて、やかましい奴らや。
でも、俺は一度たりとも、一瞬たりとも、アイツらを混同したり勘違いしたことはない。
それぞれがかけがえのない、たったひとり。俺にとって大切な存在。
どっちか一方を選ぶことも、どっちも傷付けることも、できることなら避けたいやん。
そもそも、アイツらとどうなりたいか?も、俺自身が未だ、わかっとらん状態やし。

「アイツらと同じ。俺も、具体的にどういう『好き』なんか…っ」

俺は、完全無欠の神様でも、恋愛禁止のアイドルでもない。ごくフツーの人間や。
好いた相手と、懇ろになって…慎ましくも穏やかな日々を、共に楽しみたいって思う。
でもその願いを叶えようとしたら、世間的には真っ当…真っ直ぐな生き方にはならんし、
ばーちゃんやアイツらの、子々孫々に渡る期待にも、応えられへんことにもなる。
それに、勇気を振り絞って、自分から追いかけてみたら、逆に逃げられてしもうたし。

何をどう考え、どう選べば良いのか
今の俺には、全くわからないんです
だから、先生。どうか…

「お知恵を、お貸し下さい。」


駅弁を一口も食べずに話し終えた北は、お箸をギュッと握り締めたまま、首を垂れた。
まるでフィクションのような喜劇的状況に、真横で聞いていた赤葦は、文字通りに絶句。
こんな特殊事情に対し、川西が一体どんな助言をするのか、全く予想できなかったし、
助言しなければいけない立場であることに、同情の念を禁じ得ないほどだった。

(相談を受ける仕事って、想像以上に…っ)

息を飲み、チラリと川西を盗み見る。
すると川西は、「なるほどなるほど…」と頷くと、あっけらかんと言い放った。


「選べないなら…選ばない。
そういう道だって、あると思います。」

「…は?」
「何、やて…っ!!?」

全く予想できなかったとはいえ、川西の言葉は予想の範疇を思いっきり外れるもの。
赤葦は思いっきり腑抜けた声を、北は怒気交じりの驚愕声を上げた。
川西は「んー、そうですね…」と、首に手を当てて傾げながら、しばし虚空を見上げ、
言葉を慎重に選びながら、二人にゆっくりと語りかけた。

「好き合う人との繋がり方は、別に『結婚』だけじゃありませんから。
いろんなコネクションの仕方が、あるんじゃないかなぁと。」


そもそも、結婚…婚姻は、法律に規定された『システム』のひとつに過ぎません。
法律上の婚姻をするのならば、相手は一人だけしか選べませんし、それ以外は不貞扱い。
でも、それはあくまでも、『法律婚』というシステムから見た話なだけであり、
人と人との繋がりや、共同生活の形は、法律婚をした配偶者や家族だけとは限らない。

男女のつがいでも、婚姻届を出して法律上の夫婦にならず、事実婚を選んでもいいし、
現行法では法律婚ができない、同性相手との繋がり方ともなれば…
真っ当?真っ直ぐ?な生き方と言われているものを、選ぶ必要なんてありませんよね。

「法律婚ができないのなら、法律に従う理由なんてない。自由じゃないですか。」

重婚や不貞は、倫理的にはともかく、法律婚をしてるから法的にアウトなだけであって、
そうじゃない関係なら、どんな形の繋がりを持ったって、別にいいんです。
どっちかを選べないなら、どちらも選ばないまま…3人で仲良く暮らしたって、いい。

「ある程度の年齢になったら結婚。結婚したら子ども、そして孫…
為政者に都合の良い『形』だったから、法の保護というお墨付きを与えただけ。」

結婚という形。結婚したら子どもを産み、家庭を築き、子を育てて孫の代へ。
そういった『真っ直ぐ』な道に囚われるあまり、現実との歪が大きく広がってしまい、
心も体も、生活も…大切だった人との繋がりが壊れる結果になることも、多々あります。

「あくまでも、システムのひとつ。それを選ぶことに囚われるよりも、
選ばずに自分達なりの幸せな形を、ゆっくり探す道だって、あっていいはずです。」


そして、もう一つ。
共に人生を歩む相手と、どんな形で繋がるかも、別に決まっているわけじゃない。
性的な繋がりがあることが、共同生活の必須条件というわけでもないですし、
法律婚をした夫婦だって、10年20年経って歳を取れば、自然と機会は減ってくるし、
30年50年経てば足も腰も立たず。仲の良さには、レスなんてほぼ影響ないでしょ。

「好き合う相手と、性的な繋がりを持つか否かも、自由じゃないですか。
同性異性関係なく、ジジババになるまで一緒なら…『性』からも解放されますよ。」

現に、今現在の北&赤葦ペアは、互いに好き合うラブラブな恋人同士ですよね?
でも、だからといって、二人でアレとかソレとか、オトナでセクシーなコネクトを…

「そういえば、この3日間…考えたこと、なかったですね。ひたすら遊び倒しました。」
「確かに。大好きなんは間違いないけど、そういうのが必要とは思うてへんかったな。」

これも、あくまでも今のところは…という、条件付きですけど。
これ以上一緒に生活したら、どうなるかわからない。だから『3日』が限度です。

「興が乗って、揃って寝落ち。酒と相手の寝顔に酔って、思わず…な~んてことも?」
「なっ…無きにしも、非ずっ!!!」
「どっ…ド定番ネタやん、なぁ!?」

ビールを揃って拭き溢した二人に、川西は楽しそうに笑いながらおしぼりを差し出し、
まぁ、そんなこんな、なんで…と、静かに声を落として話を続けた。


「結論は、俺も北さんと同じです。
どんなに仲良しでも、家族でも夫婦でも。他人のキモチを勝手に決めちゃ…ダメ。」

おばあ様の結婚式云々も、どこぞのツインズの孫云々も、発言の真意は不明。
孫に幸せになって欲しいだけで、別に結婚披露宴そのものが見たいとは限らないし、
ツインズに至っては、北さんにただただ褒めてもらいたいだけかもしれない。
そこを本人達に直接確認しないまま、『結婚式』や『孫』という言葉に囚われるのは、
とても苦しいし…本人達の本当の望みとは、全然違う可能性だって、ありますよね?

「相手はきっとそう思ってる…その思い込みや勘違いこそが、苦悩と亀裂を生みます。
ちゃんと話し合って、一緒に道を選ぶことが、繋がりを保つためには必要かなぁと。」

思い込み…思考のループを一度断ち切り、ドツボから抜け出す冷静さを取り戻すために、
別居等の物理的な距離を取るのが、王道中の王道なんですよね。
その面から考えても、お二人が懸案事項から『3日間』逃げたのは、良策なんです。

自分達には『別の繋がり』を持つ可能性があったことに、この恋人練習で気付いたし、
本当の『自分のキモチ』を、冷静に考えるきっかけにもなったんじゃないかな。

例えば、このまま北さん宅へお邪魔するついでに、二人で『御挨拶』しちゃうのもアリ、
誰にも何も言わず、さらに西へ西へ…黙って3人で消えちゃうのだってアリ。
何なら、融通の利かない腹黒とか、我儘三昧の双子、真っ直ぐ過ぎなド変態でもなく、
爽やかで優しくて仕事もデキる、国家資格保持者の長身イケメンを選ぶのもアリだよ?


「今すぐ選ばなくても、回り道したっていいんです。」

お二人は『真っ直ぐ』なのが、魅力。
でも、どんな場合でも『真っ直ぐ』がいいとは、限らない。
『真っ直ぐ』過ぎることが、大ダメージに繋がることだって、実際にあるんです。

「俺、極度のストレートネックらしくて。ある日突然、後背部痛に襲われたんです。
一時期は、ほぼ寝たきり状態にまで、なってたんですよね~」

真っ直ぐ過ぎる骨が、神経圧迫。激痛に襲われるまで、自覚症状はありませんでした。
でも、無意識の内に首痛を感じてたのか、首に手を当ててる写真が、チラホラ。
バレーを続けたり、ド定番で真っ当な道を進んで、大学や就職はできなかったけど、
選ばないまま回り道して、道草を好き放題食ったおかげで、今の俺がある…

「真っ直ぐじゃなかったから、黒尾さんとも繋がったし、バレーとも繋がり続けた。
そして、こうしてお二人とも繋がり合え、盃を交わすことができた…万々歳です。」

ちゃんと真っ直ぐ、それも大事
だけど、遊び…ゆとりがないと
コネクトするのが、難しいんだ

機械の部品だって、そうだから
人と人との繋がりは、なおさら
たまにはゆっくり、遊ぼうよ~


「こんな、カンジで…いい、かな?」

俺もまだまだ未熟者だし、今は具体的な方策を練ったりすることはできないから、
当たり障りのない、一般論?だけしか言えなかった…あんま役に立たなくてゴメンね。

先程までの『仕事モード』が切れ、しゅん…と首を垂れた川西。
北と赤葦は、澄み切った顔を見合わせ、ニッコリ微笑み合うと、
川西の手を取り、むぎゅーーーっと握ってぶんぶん強く振った。


「あなたに会えて、本当によかった!!」
「ホンマにありがとう、川西先生っ!!」




*****