猫梟合宿~一匹一羽(中編)~


「もう、ホントに…カッコ悪ぃ」


自分とこの子梟達を、本物の我が子のように溺愛している梟雄の将・闇路は、
子梟の大親友・子猫達も、『甥っ子』としてもみくちゃに可愛がってくれている。
中でも、中間管理職として顔を合わせる機会の多い黒尾とは、妙に馬が合うようで、
子猫の中でも特に懇意にし、やや過剰なぐらい事ある毎に『可愛がり』をかましていた。

そんな闇路とペアを組んで約半日。木兎の親父(自称)と、木兎達の両方からベッタリ…
それらの一つ一つに、黒尾はついつい律儀にツッコミを入れ続けた。
晩飯も喉を通らないほどヘトヘトになっていたが、間髪入れず闇路からお呼びがかかり、
「鉄朗、散歩行くぞ~!」と、合宿所から連れ出されていた。

いつぞやの深夜、黒尾が連れて行った整体の脇を抜けた、住宅街の赤ちょうちん。
まるっきり常連顔で縄のれんをくぐった闇路は、炙り〆鯖と熱燗、黒烏龍茶を注文した。


「はい鉄朗、叔父貴に御酌!」
「はいはい…オツカレさんっした」

力なく溜息を吐きながらも、丁寧に両手を添えて御猪口に熱燗を注ぐ。
そのほどよい温もりと、お通しの牛すじ煮込みの匂いに、お腹が鳴った。

「疲れた時に、合宿所の特盛カツカレーは、さすがにキツいよな~!」

パチリと片目を瞑った闇路は、出汁巻き卵とぶり大根、ご飯(小)とあら汁を追加。
あ、大将!焼き枝豆とぬか漬けも!と、御品書も見ずに慣れた様子で次々頼むと、
それらをズラリと黒尾の前に並べ、もう一度艶っぽくウィンクした。

「甥っ子よ。あ~ん♪…してやろうか?」
「いらねぇよ!自分で食える!」
「昔は、よくしてやったじゃねぇか。」
「大嘘言うな!叔父貴…じゃねぇし!」

いつの間にか『叔父貴』呼びを定着させ、ごく自然に『甥っ子』扱い。
ウゼェ親戚のオッサンを装いながら、胃と心に負担のない飯を、楽しく食わせる。
さすがは智将・梟の頭…と、黒尾は内心で舌を巻きながら、舌鼓を打った。

(クッソ~、美味いし巧いし…悔しい!)

このまま闇路のペースにノってしまうのは、腹の虫がやや治まらない。
馬鹿話と美味い飯で油断した頃に、核心をズドンと後ろから衝かれるぐらいなら、
初っ端に腹を据えて、自分から核心部分に触れ、機先を制するのが得策だろう。

黒尾は牛すじ煮込みをご飯の上にかけ、茗荷の酢漬けで一気にかきこむと、
『本日のおすすめ~春さんまの塩焼・菜の花添え~』を勝手に注文し、先制した。


「んで、結局『一匹一羽』って何なんスか?
何で俺とアイツを、組ませたんですか…」

さて、どう躱すか?
お手並み拝見、させてもらうぜ

しみしみの大根に辛子を少しだけ乗せ、まずは30度分を口に入れる。ん~、とろける!
あまりの美味さに、一瞬で本題を忘れそうになったところに、闇路の箸が伸びてきた。
自分の大根を取られまいと、警戒心の全てをそっちに取られた瞬間、答えが返ってきた。


「『一匹一羽』の真意は、俺にもまだ、わかんねぇんだよな~コレが!参った参った!」

発案者は、猫又監督。俺如きヒヨッコには、老獪妖怪化け猫…御大のお考えは未知数。
一体どんな策を練り、このイベントを仕掛けたのか、俺も延々考え続けてるとこだよ。

「ちゃんと答えてやれなくて、悪ぃな」
「いや、まぁ…そりゃ、しょうがねぇよ」

んで、お前と愛息子・京治を組ませてみようって言ったのは、俺だ。
猫又先生も、俺の提案を御快諾下さった。それが一番良い組み合わせだってな。
提案した理由は、勿論…

「反抗期ツートップ(俺に対して)だから!」
「…は?」

「んで、『色物』って、わかりやすいコンビ名がつけやすかったから!」
「はぁ~?」

あとは、そうだな~
コレを言っちゃ、お終いだけどよ
長年、教育に携わってきた人間の…

「カン、だな!」
「はぁぁぁぁぁ~!!?」

カンっつっても、熱燗じゃねぇぞ~?
んー、どう言葉で説明すりゃいいか、わかんねぇし、たとえ巧く言えても伝わんねぇ…
反抗期のお前らは、絶対に聴く耳を持たないし、むしろそれが正常な反応だからな。

「すき焼きの車麩に、ボジョレー!」
「えーっと、赤ワイン…だったか?」
「そう。ボジョレー・ヌーヴォー!
意外や意外、出汁のきいた薄味の和食と、軽めの赤ワイン!相性最高なんだよ!!」

すき焼きの主役・牛肉じゃなくて
春菊の苦みもしみた、脇役の車麩
フルボディの赤ワインじゃなくて
ライトでスッキリな、ボジョレー

王道じゃない、地味そのもの
でも、その滋味深さが沁みる
そんな空気感を、じわじわ…
黒赤コンビから、感じるんだ

「30年後、この店で…お前ら二人が湯豆腐つついてる姿が、目に浮かぶんだよな~」
「なっ…なんだよ、それ…っ」

未成年には全く意味不明な話を、しみじみと語る呑兵衛のオッサンに、黒尾は唖然。
巧く躱された?いや、違う。闇路は本当に、本心だけを素直に語っているのであって、
その味わい深さ?を、自分が未だ理解できないだけ…悔しいことに。

(敵わねぇ…っ)

「って、湯豆腐はさすがに地味すぎだろ!」
「湯豆腐に山椒塩。この味に幸せを感じるには、余裕であと30年かかるぞ!」

わはははは~!と豪快に笑い飛ばし、闇路は黒尾の口に胡瓜のぬか漬けを突っ込むと、
自分は人参をぽりぽり響かせ、「上手く言えねぇけど…」と、静かに語り始めた。


「なんか、勿体無ぇな~と思ってさ」

今は単に、ひと月のうち一週間ぐらい生活を共にする合宿仲間。それも、たった2年。
学校も学年も違う割には、2年間で2ヶ月ほど一緒ってのは、かなりレアだけどな。
それでも、長~~~い人生の中じゃあ、ほんの一瞬の繋がりでしかないんだよ。
それが、普通。どんなに部活で深い繋がりがあったって、皆それぞれの人生を歩み、
一生消えることはなくとも、繋がりは細く薄くなっていく。それも、当たり前のことだ。

「でも、お前ら二人を見ていると、それだけじゃ勿体無いような…気がしてるんだ」

二人がどんな職に就いて、どんな人生を歩むかなんて、現時点では全くわからん。
『猫梟』って集団の中じゃぁ、割と似た者同士の部類には入るだろうけど、
卒業後も『猫梟OB』以外に、別の繋がりを持ってる可能性は、想像よりかなり低い。

でももしかすると、仕事の関係とかで、ちょっとした繋がりが復活するかもしれねぇし、
それが『ちょっと』どころじゃなくて、長い人生を通しての太い縁になるかもしれない。
本当に朧げだし、老眼の霞み目って説もあるけど、なんか、ぼわ~っと見えるんだよな~

「お前ら二人が、面白れぇ策謀をしつつ、一緒に飲み屋で楽しんでる姿が、さ」

このまま『普通の繋がり』で高校時代を終えるよりも、将来の布石?みたいなカンジで、
ごくわずかに、『ちょっと』の繋がりを強めとくのも、悪くねぇ気がするんだ。
今回の『一匹一羽』が、そのひとつのきっかけ?種?ネタ?になればなぁ、と。

「俺の愛息子と…京治と、仲良くしてやってくんねぇかな?」


ゆっくりと御猪口を傾け、穏やかな表情で黒尾に微笑んだ闇路。
黒尾はその圧倒的な『大きさ』に、感服の眼差しを向けることしかできなかった。
しばらくジャスミン茶のグラスをじっと見つめ、踏ん切りをつけるように飲み干すと、
空になった闇路の御猪口に、ぬるくなった酒を注ぎながら、小さく頭を下げた。

「すみません、でした…っ」

監督達がそこまで考えて下さってたのに、俺はそれを、台無しにしてしまいました。
自分でも信じられないほど、あの時は頭に血が上って?冷え切って?しまい、
普段はあんなに冷静で、実は温厚で優しいアイツを怒らせ…傷付けてしまいました。

「ご期待に添えず、本当に、申し訳…っ」


「何言ってんだ。あの大喧嘩を見て、俺は…
鉄朗と組ませて間違いなかった!と、確信したんだぞ?」

「…えっ?」

空の皿を見つめ、言葉を振り絞る黒尾を、闇路は明るい声で遮った。
そして、バシバシと強めに背中を叩くと、計算外っちゃ計算外だったがと前置きし、
それでも「お前で大正解!」と、大声ではっきり断言した。

「激オコぷんぷん丸の京治なんて、俺ぁ初めて見た!!」

面倒臭いとか、嫌だとか、ゲンナリとか呆れとか、『ノー!』は顔に出しまくるのに、
感情的に怒ったことは、ほぼない…自分にも他人にも、あんま興味ねぇように見える。
俺はそこを結構心配してたんだが、たった3時間で鉄朗は京治の感情を引き摺り出した!

「正直、凄ぇ…ホッとしたんだ」

似た者同士の鉄朗ならば、京治の…
お前らなら、お互いの核心に触れて
認め赦し合えるんじゃないかな、と


「次に京治と顔を合わせた時、どうする?」
「そんなの、決まってんだろ。
傷付けたことを、いの一番に全力謝罪!」

「あースマン。とりあえず、お前の爪の垢…俺にもちょっとだけ、くれねぇかな?」
「は?」

いや、いい。気にすんな。
それをソッコーで言えるのが、どれほどデケェことなのか、お前は自覚しなくてもいい。
闇路は眩しそうに天を仰ぐと、板わさをもにょもにょ咀嚼しながら質問を続けた。

「鉄朗の真摯な謝罪を聞いた京治は、どう反応すると思う?」

この問いにも、黒尾は迷わず答えた。

「『ありがとうございます』の、一択だな」
「っ!?ほっ、ほほぅ~?」

力強い言葉に、闇路は目を見開いて感嘆の声を上げ、エイヒレを黒尾の口元に運んだ。
黒尾はそれをパクリと咥えると、味と言葉が染み出すまで待ち、断言の真意を説明した。


「アイツ、いつも…」

食堂でお茶を注ぎ足してやったり、自主練後の片付け中に、荷物を持ってやったり、
ちょっと扉を押さえて開けといたり、ティッシュを取ってやったり。
手間どころか意識にも上らねぇほど、ほんの些細な一動作に対しても、
ちゃんと「ありがとうございます」って、俺に言ってくれる…省略とかもせずにな。

そんな大仰なことはしてねぇし、かといって別に遜ったり、恩着せがましくもない。
敬語だとか云々じゃなくて、ごくごく自然なカンジで、ありがとうございます…と。
心から感謝していたとしても、面と向かって御礼を言うのは、照れ臭いのが普通だし、
そもそも、その程度のことで、御礼を口にできる奴なんて、レアだと思う。
それでもアイツは、ちょっとしたひと手間にも気付いた上で、パっと言える。

「そこが凄ぇ優しくて…
めちゃくちゃカッコイイよな~って」

変に敬語なんて使わなくても、その一言をすんなり言えるってだけで、十分過ぎるだろ?
オトナもコドモも関係なく、ありがとうございますを言えるのは、ホントにカッコイイ。

だから、俺がゴメンなって謝ったら
きっと、ありがとうございます…と
ただ単に、先に謝ったことに対して
まずは、御礼を返してくれそうで…

「その御礼を聞いた狡い俺は、多分…
自分がしたことを赦して貰えたって、勘違いしそうで…正直、怖い」

喧嘩の仲直りは、それでもまだマシな方。
その後、もう一つ重大な『謝罪案件』があるだろ?そっちの深刻さは桁違い。
謝ってすむような、せっぷ…『接触事故』かどうかも、甚だアヤシイってのに、
その件を謝罪した時も、アイツはいつも通りの言葉を、とりあえず返してくれそうで。

多分?きっと?いや、ほぼ間違いなく
努めて冷静でいようとすればするほど
いつも通りのやりとりを、してしまう
でも『この件』で、やってしまえば…

謝罪『そのもの』に対してじゃなくて
接触の方に、御礼を言われたのか?と

「自分に都合よく、解釈しそうで…
大勘違いした挙句、さらにアイツを傷付けてしまいそうで…怖くて、たまんねぇっ」

初回の接触事故分は、勿論のこと
二度目三度目の分も、重加算して
アイツに損害賠償し続ける人生…
悪くねぇかもと、思っている自分

「もう、ホントに…カッコ悪ぃ」


はぁぁぁぁぁぁ~~~~と、深ぁぁぁぁぁい溜息を吐いてテーブルに突っ伏す黒尾。
甥っ子が隠すことなく心情を暴露してくれたことに、闇路が言葉を失っていると、
黒尾はガバッ!!と顔を上げ、闇路に向き直って深々と頭を下げ直した。

「止めに入ってくれたのに、痛い思いもさせて、しかも『事故』のきっかけにまで…
叔父貴…闇路監督、あの時は本当に、すみませんでした!!!」

謝罪がこんなに遅くなっちまって、ホントにすみません…と、更に下げようとする頭を、
闇路はガシっと両手で掴み、思いっきりわしゃわしゃと掻き回した。

「バーカ。俺に謝ることなんてねぇよ!」

コノヤロっ!コノヤローッ!
俺の甥っ子、可愛いにもほどがあるだろ!
オジサマが、もみくちゃにしてやるぞ~!

ポカンとする黒尾の顔を引き上げ、強引に肩を組んだ闇路は、
まぁ飲め!と、冷え冷えのお冷をグイグイほっぺに押し付け、ガハハハと大笑い。
迷惑そうに眉を顰める黒尾の頭を、さらにグイっと引き寄せて、耳元にコソっと囁いた。


「俺の愛息子は、『ありがとう』をちゃんと言えるナイスガイだけど…
それ以上に、『ノー』もキッパリ容赦なくズバっとストレートにぶっ放す漢だろ?」

鉄朗に損害賠償請求するかどうかは、まぁ、京治次第ではあるんだが、
そうはならん道を歩む可能性だって、あるにはあるぞ~?

「京治が『ノー』を言うまで、勢いと雰囲気に流されてみる。
その後で『ありがとう』の真意を二人で考えてみるのも…アリかもな?」

バシバシ!と全力で黒尾の背を叩き回してから、便所行って来る!と闇路は席を立った。
ゆっくり用を足し、カウンターの裏でコッソリおあいそを待ちながら、
常連用の棚に並ぶ、『月夜の梟』と『眠れる黒猫』をぼんやり眺め、目を細めた。


「30年どころか15年。そして、45年後も。
湯豆腐つつきながら自宅で晩酌する二人の姿が、俺には見えちまいました…猫又先生」




- 後編へ続く -




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※BGM →スキマスイッチ『コトバリズム』
※いつぞやの秘密基地 →赤葦&猫又監督
※いつぞやの深夜整体→黒尾&闇路監督
※『月夜の梟』 →本格とうもろこし焼酎
※『眠れる黒猫』 →本格麦焼酎


2025/05/10