猫梟合宿~一匹一羽(前編)~


「実にどうでもいい疑問、なんですけど…
木兎さんは、どちらでしょうか?」
「それ…どうでもよくねぇ疑問だと思う。
『一匹一羽』の本質に関わるぞ。」


練習開始後、ペアで柔軟体操やトス練習はしたが、ベラベラ喋る場でもない。
他所様は何やかんや大騒ぎしていたみたいだけど、ウチの黒赤ペアは終始無言。だって…

(言うべきことが、何もない。)

黒尾さんは、俺よりはるかに巧い。なんでもソツなく熟すし、問題行動も起こさない。
そして俺以上に世話焼きだから、こっちが焼く必要もないし、進言なんて烏滸がましい。
逆に、向こうから何か指導してくれるなら、ありがたく耳を傾けるけれど、それもない。
普通の挨拶やプレーに必要な声掛けはあっても、雑談に属するものは、一言もなかった。

(…うん。実に快適。)

このイベントに、意味なんてあるのか?
いつもと違う『他所の人』を知ることは、良い気分転換や刺激にはなるかもしれないが、
俺と黒尾さんを組ませたのは、明らかにミスマッチ…黒尾さんという人材の無駄遣いだ。
見るからに『お前は手がかからなくて助かるぜ~』顔で、大あくび。

(つまらなそう、とも言える。)

こっちとしては、心地良い無言。自主練後、毎回のように二人で後片付けをしているが、
その時もこんな雰囲気で、特にこれといって喋ることもない。休息に相応しい沈黙だ。
いつもなら、アレにもコレにも気を回し、休まることなんて一瞬たりともないけれど、
それらの全てから解放され、ただただバレー『だけ』に専念できた。

(最近、激務続き…正直、助かった。)

こんな貴重な経験、きっと二度とできない。
たとえウエが引退しても、自分の性格上、おそらく悠々バレーだけ生活とは無縁だろう。
自分と似たような性格の『上位互換』が間近にいるからこそ許された、奇跡的寸暇かも。
この点に関して言えば、闇路監督の酔いどれ気まぐれには、感謝しなくもない。

(多少はラッキー…かな。)


だが、一見すると『良い』ようでも、本当にそうかはわからない。
俺と黒尾さんが揃って『の~んびり』することは、梟と猫の双方にとっては損失。
アッチもコッチも、何やかんやが滞り、しっちゃかめっちゃかの音が響き渡りそうな…

(今のところ、大丈夫そう?だけど。)

三日間という長い目で見ると、世話焼き係が二人共不在なのは、『悪い』結果となる…
そのリスクを負ってまで、猫又監督が今回のイベントを了承(快諾?)し、
かつ、黒尾さん自身もそれを『良し』としているらしいのが、どうしても解せない。

(何だか、気味が悪い…っ)


初日の午前中、一匹一羽開始から三時間。
慣れない『の~んびり』と、黒尾さんの様子に、少々落ち着かなくなってきた。

いつも通りの、淡々飄々とした表情。
だが、いつもと違って、その視線は…
俺の目を、一切捕らえようとしない。

黒尾さんにじ~~~っくり観察されるのは、実は結構、慣れっこだ。
試合中は特に、視線で穴が開きそうなほど、お互いに探り合っている。
今日も、危険極まりない視線に晒されているのは同じでも、その種類が全然、違う。
息詰まるような圧迫感や、押し潰されそうな威圧感を、巧みに隠しつつ、
いざ俺が視線で応戦しようとすると、瞬時にそれを躱し、何でもない風を装うのだ。

(バレてないとでも、お思いで?)

最初は心地よかった無言も、異質な視線に気づいてからは、徐々に重みを増してきた。
物凄く仔細に観察されているのに、何も言われない、一向に喋ろうとしない姿勢に、
少しずつ俺の中に、イライラ?モヤモヤ?メラメラ?が、鬱積し始めていた。

(無言の圧…負けて、たまるか。)


そして、お昼休み。安寧の時は早くも終了。
誰もが予想しなかった形で、しっちゃかめっちゃかの爆音が響き渡った。

食事中も当然、一匹一羽のルール徹底。
食堂の一番奥、窓際に向かい合って座り、黙々もぐもぐ。
ジャブがてら、俺の天敵・トマトを、黒尾さんの皿の隅にコロンと乗せてみても、
いつも通り何も言わず、黙って食べてくれたのは、本当にありがたい…けれど。
視線はずっと、皿と窓の外を行き来するだけで、やはり俺とは頑なに視線を合わせない。

そのあからさまな態度に、俺のどこかでプツリと、一本切れる音がした。
フックとして、あえていつも通りの『しょーもない話題』を振ってみた。


「実にどうでもいい疑問、なんですけど…
木兎さんは、どちらでしょうか?」
「それ…どうでもよくねぇ疑問だと思う。
『一匹一羽』の本質に関わるぞ。」

兎は、鳥ではない。
なのに何故、一羽と数えるのか?

俺の疑問を正確に捉えた黒尾さんは、好奇心に輝かせた目を一瞬だけ俺に向けたが、
すぐに慌てて窓の外へ戻し、樹に止まった鳥を指差しながら、淡々と話し始めた。

「もちろん、匹で数えるのも、間違いじゃないんだが…」

由来として言われてるのは、かつて獣を食べることを許されなかった僧侶達が、
兎肉を鶏肉と偽って食べるため、鳥と同じ数え方をしていた、というものだ。
兎の耳が鳥の羽に似ているから、という説もある。木兎…ミミズクはその最たる例だ。

だが、おそらくこれらの説は、騙り。
日本の歴史を鳥瞰してみると、兎が鳥と『同じ』とされた理由が、見えてくる。


「日本史上の、兎…何を思い浮かべる?」
「兎に導かれた道、宇治…菟道ですね。」

第15代応仁天皇の皇子、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)。
宇治という地名の、由来となった人物と言われている。

異母兄の大鷦鷯尊(おおささぎのみこと)に皇位を譲るため、宇治川に入水。
(大鷦鷯尊はのちの第16代仁徳天皇。ザ・前方後円墳日本代表が、陵と治定。)
菟道稚郎子は、宇治川を挟んで平等院と対岸にある、宇治神社及び宇治上神社の祭神で、
宇治神社には菟道稚郎子をこの地へ導いたとされる、『みかえり兎』がいらっしゃる。

「第41代持統天皇&藤原不比等コンビが、今の日本を形作るよりも『前』に、
日本の地を治めていた、元々いた神…やけに『鳥』な名前の方々ですよね。」

問題は、『みかえり兎』の方だ。
宇治の地へ菟道稚郎子を『導いた』兎…よく似た話が、歴史上アチコチに出てくる。

「初代神武天皇を熊野から大和へ導いた…」
「八咫烏。」

「長髄彦の元へは…」
「金鵄…金色のトビ。」

「天皇を導いた『鳥』と、『同じ』…」
「だがら兎も、烏であり、羽…」

木兎は、鳥類の王・梟でもあり
日本史上、重要な『月』とも関わり
更には『烏』とも繋がる…

「一匹一羽を超越した存在、かもな。」


俺なんかが、敵う相手じゃねぇ…
そんなこと、わかってるっつーの


(何だ、それ…っ!?)

途中までは、いつも二人で残業中にダベるような、楽しくてたまらない歴史考察の話。
だが、今回はわざと核心部分を避け、最後は天へ吐き捨てるように、自嘲。

黒々とした自己嫌悪に満ちた、そのらしくない姿に…プツリ、プツリ。
自分でも全く意識しない内に、俺は口からストレートをぶっ放していた。

「黒尾さんとの、黒赤コンビ…
一匹一羽、辞退させていただきます。」


俺なんかと一緒に居ても、黒尾さんには何らプラスはないどころか、むしろマイナス。
そんなに俺と居たくないなら…こっちから願い下げ。身を引かせていただきますよ。

それでは、失礼します。
必要以上に深々と頭を下げ、お膳を持って立ち上がろうとすると、
予想だにしない言葉…冷え切った声が、真正面から返ってきた。

「辞退させていただく、だと?
お前にそんな権限、あるわけねぇだろ。」


『させていただく』…へぇ、そうかい。
最近、文末にやたらめったら付けるようになったよな、この『ご丁寧な』言葉。
これさえつけとけば、自分がへりくだる謙譲語風…相手を立ててるっぽく聞こえるって?
敬語を使うのは、凄ぇ難しい。だが正しく使わねぇと、逆にとんでもない失礼にあたる。

「その最たる例が、コレだとよ。」

正しい敬語の使い方について、特に誤用の多いものに関しては、
文化庁がちゃーんと、『敬語の指針』って文書を出してるぞ。
それによれば、次の2点を満たしている場合には、
『させていただく』を使用するのが正しい、と書かれているんだ。

①相手または第三者の許可を得ている場合
②そのことで自分自身が恩恵を受ける場合

ビジネスでも公的な場でも、はたまたSNSでのグッズお取引でも。
ご連絡させていただきます~なんて文言を、誰も彼もが定型文みてぇに使ってるけどさ、
特に連絡なんてのは、許可云々の話じゃなくて、やらなければならない義務だろうが。
へりくだってるように見えて、その実、アナタのためにしてあげました風…
本来テメェがすべきことを、さも気遣ったげに装ってんじゃねぇよ。

「敬語は必要。それ以上に、便利で…楽。」

賢いお前は、最もコスパの良い『円滑人付き合いツール』だと計算して使ってんだろう。
その手法は、間違っちゃいねぇよ。でも、ちゃんと使わねぇと、リスクがデカすぎる。
『敬意』の有無は、『好意』なんかよりもストレートに相手に伝わるもんだ。
リスペクトの欠片も感じない、カタチだけの敬語、しかも中途半端な誤用は、ただの…

「慇懃無礼。まさに、今のお前だろ。」

一匹一羽のルールを決めたのは、両監督。
俺だって、これに思うところが全くないわけじゃないし、諾々と従うつもりもない。
だが、俺ら若輩者には未だ見えていない『本質』が、おそらくあるはずなんだ。

「立場が上とか、年長者だから、命令には絶対従えと言ってるわけじゃない。
もうちょっと状況を見て、それから出方を決め…ぃっっっってぇっ!!!?」


ギリギリまで『ぐぅの音』を抑え込んでいたが、ついにぶちぶちぶちっと弾け飛び…
勢いよく立ち上がり、俺を見下して説教垂れていた奴の顎に、頭突きクラッシュ。
その衝撃が、最後のぶっちん!となり…自分の体温が急低下するのだけが、わかった。

「なるほど。コレが『状況を見て出方を決める』の、ありがた~い例ですね。」


自分の力量不足や不手際で、相手の腹ん中が読めないから、不機嫌に無口でだんまり。
無視や無言が、暴力暴言と同じDVに該当する理由が、よ~っくわかりましたよ。
結局、自分が耐えられなくなったら、言いたい放題。底が知れますよね。

「あなた、実は…モテないでしょ?」

面倒見が良い分、最初はモテて上手くやれるかもしれませんけど、猫を被ってるだけ。
でも、すぐに『ただのワガママ家猫』だと、バレてしまう…
交際なら3ヶ月、結婚だと3年もたないタイプですよね、きっと。

あなたの世話焼き…一方的なお節介は、相手のためにしているものじゃない。
全て、自分のため…そのぐらい、あなたより未熟で年少な俺如きでもわかりますよ。
『良かれ』と思ってるのは、自分。本当に相手にとって良いかどうかは、不明です。
かぐや姫から、穢れた地上での記憶を消してあげた、月の住人達の厚意と同じですね。

「『頼れる兄貴分』気取りも、俺には通用しません。というよりも…
あなたの過保護が、幼馴染サンの自立を妨げている、最大の要因なのでは?」


(…しまった、さすがに言い過ぎた!)

冷え切った俺をはるかに凌ぐ、絶対零度のオーラに気付いた時には、既に遅かった。
痛そうに顎を擦っていた手を下ろし、ドン!と俺の胸を肩で突き飛ばすと、
数歩後ろの壁に背をついた俺を、両腕の中に閉じ込め、静かに…コツン。
場にまるでそぐわないソフトタッチな頭突きをかまし、耳元に冷たく囁いた。

「お前が来る前の木兎は、もっと…
大きく自由に、飛び回っていたぞ?」

「んなっ!!!?」


ドン!と炎が爆ぜる音が、脳内に響く。
思わず握り締めた拳を背に隠し、視線を突き刺そうとした瞬間、
黒と赤の間に、ぬん!!と、白く太い腕…闇路監督が乱入してきた。


「おいお~い、おふたりさん。三日間、仲良くしてネ~♪とは言ったけどよ?
たった三時間、公衆の面前で壁ドン&愛の睦言たぁ、さすがに性急すぎねぇか~?」

ブチ切れときながら、絶対に手は出さねぇあたりが、お前ららしいっちゃらしいけど、
暴行傷害罪にはあたらなくとも、完全に桃色公然わいせつ罪。よって…黒赤両色成敗!

「異議あり!愛の睦言じゃねぇよ!!」
「暴言はむしろ、傷害罪ですよね!?」

「へぇ~、お前は俺の言葉に、傷付いたってことか。なるほどな~」
「愛の睦言だったら、セクハラで訴えますけどね。この腹黒助平!」

「ムッツリに、ナニを言われてもなー!」
「名誉毀損罪も、追加しましょうか!?」

割って入った闇路監督の腕越しに、満面の笑みで愛の睦言?を飛ばし合う二人。
腕をギリギリ掴みながら、ゴリゴリ頭突き合いを続けていたが、
痛みに耐えかねた監督が、不意にその腕をスっと抜き、はぁ~~~と溜息を吐いた。


「…っっ!!?」
「ーーーっ…!」

「…ぁっ、スマン。えーっと、その…
俺はっ、ナニモっ、ミテナイゾ!!」

二人を大きな体で隠しつつ、空々しいカタコトで、ナニモナカッタコトにした監督は、
完全に凝固する二人の首根っこを、優しくそっと捕まえて、くるり。
後ろに控えていた猫又監督に二人をズズイ!と差し出し、裁きを願い出た。
猫又監督もまたまた、ナニモミナカッタ風で頬を緩めると、厳かに言い渡した。

「黒赤の一匹一羽は、一時停止とする。」

停止期間が明けるまで、お前らには別の一匹一羽を継続してもらおうかの。
最低、今日いっぱい。臨時の相方の傍を、片時も離れないようにするんじゃ。
それが嫌なら、黒赤が離れんように、赤い糸で小指同士を結んでやるが、どうする?

(どうもこうも、あるわけねぇだろっ!)
(それだけは、ゼーーッタイ、嫌です!)

視線をアッチとコッチに反らし合い、一時停止の裁きをソッコーで選んだ黒赤コンビに、
猫又監督はもう一度ほんわり微笑み、朗らかに『別の相方』を宣言した。


「子猫は闇路監督と、子梟は儂と。
一匹一羽、仲良ぅ楽しむとするか。」




- 中編へGO! -




***********

※宇治(菟道)について →阿吽之事


2024/01/05 旧ETC小咄 加筆修正
2025/03/19