割鍋綴蓋②

毎週末の宇内先生宅飲み会が、急遽中止に。
その代わり、黒尾と赤葦の二人だけで、小料理屋個室にてサシ飲み。
鶏の水炊き鍋が煮えるのを見つめながら、とりとめもないお喋りを愉しみ、盃を傾けていた。

鍋が煮えてからは、黙々ともぐもぐ。
鼓を打つ方に舌をフル回転。熱々の食事と共に、温かい場の空気を存分に味わった。

だが、鍋が半分ほどなくなったあたりで、赤葦が箸を止めて置き、深刻な表情で口を開いた。

「あの、黒尾さん…実は、御相談が。」
「お、やっと来た…結構かかったな。」
「そう易々と、口を割るわけにはいきません。」
「ってことは、腹を割るのはまだ当分先だな~」

黒尾は困ったような表情で大げさに嘆くと、苦笑いのフリをして箸を置いた。
そして、さっきまでよりもやや濃い目で、静かに赤葦のグラスを作り始めると、
赤葦は神妙に右手を上げ…指を3本立てた。

「3つのうちから1つ…選んでください。」


   ①ごはん&たまご
   ②ラーメン&にんにく
   ③両方

「目下最大の悩み…お鍋のシメ、どうします?」
「お前、そんな重大な悩みを、独りで抱えて…」
「雑炊も食べたい。でも、麺も捨てがたいっ!」
「くぅぅぅぅぅ~~~っ!実に、悩ましいっ!」

深刻極まりない悩みに、二人は揃って天を仰ぎ…
卓上コンロをとろ火に落とし、鍋の蓋を一旦とじてから、箸休めの御新香盛り合わせをポリポリ。

「滅多にないサシ飲みの機会。真面目な話とか人生相談をしてみようかと、思ってたんですが…」
「美食と美酒、心地良い雰囲気で、どうでもよくなり…『シメの悩み』に、消えちまったよな。」
「はい。愉しい食事って、偉大ですね♪」
「だな。これぞサシ飲み!ってやつだ♪」

   腹も口も、無理に割らなくていい…だろ?
   まずは、腹と口をちゃんと満たしてから…
   ガッツリ食べて、しっかり寝るのが大事!

「悩んだら、まずはちゃんと…メシを食う!」
「脳に血液と栄養を回せ…人生の極意です!」

ウェ~イ!と盃を掲げ、打ち鳴らす。
だが、これ以上酔いが回ってしまわないように、慎重派の二人は唇だけを付けてグラスを置き、
今度は黒尾が指を3本立てて、赤葦に『提案』を始めた。

「3つのうちから1つ…ここから決める。」


   ①' 黒尾さんを介助しつつ送り届ける
   ②' 諭吉さんに同伴してもらって帰宅
   ③' 赤葦んちへ鉄朗さんをお持ち帰り

「サラっと軽め雑炊。その後、5駅先の黒尾さん宅へお送りがてら、最寄駅でシメのラーメン。」
「ここでラーメン食うなら、ついでにもう1杯飲んで終電突破。タクシー代も経費計上コース。」
「そして、両方食べたら終電&予算オーバー。2駅先の赤葦宅へ徒歩帰宅&お泊まりですね。」
「京治君の人生初お持ち帰りが、まさかの俺。これは好機はたまた好奇か、判断に悩むだろ?」

季節の花が印刷された、御品書の冊子。
黒尾はそれを赤葦へ恭しく手渡すと、3本指を立てたまま、目を閉じて待った。

「先に悩みを打ち明けたのは、俺の方なのに…俺自身に選ばせるなんて、酷い人ですね。」
「これこそ、悩み相談の真髄…悩みを抱える当人に選択させる、プロのテクニックだよ。」


目を閉じたまま…ふわり。
蓋の隙間から立ち上る湯気のような、ほのかで柔らかい微笑みに、酔い?が…一気に回る。
赤葦は和らぎ水をゴクリと飲み込むと、手にしたグラスを黒尾の頬にそっと押し当てた。

「うひゃぁっっっっ!!?冷たっ!!?」
「お手洗いがてら、注文してきますね。」
「ここで頬に当てるべきなのは、あったけぇ…」
「生憎、俺はモテないので…無理な芸当です。」

俺が一体何を選んだか、ドキドキしながら待ってて下さいませ。
適度に酔いを醒ますために…黒尾さん用に『悩み』を追加しておきましょうか。

「①ごはん、②おにぎり、③おかゆ…以上。」


究極の悩み?を置いて赤葦が小部屋を出てから、黒尾は大きく息を吐き…再度天を見上げた。
和らぎ水の残り半分を一気に飲み干すと、頬も和らげて小さく呟いた。

「明日の朝も、目の前は…赤葦の大好物?」




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No.009 悩む

2023/10/09 ETC小咄