純白之願



今日の北さんは、珍しく朝から御機嫌だった。

いつも大体、顰め面寄りの無表情。
機嫌は別に悪くなくても、愛想が良い方とは言い難い。
それなのに、今朝は朝練にツインズが遅刻してきても、全く怒ることもお小言もなく、
むしろ頬にうっすら笑みを浮かべ…逆にツムサムは恐怖のあまり自ら土下座謝罪したほどだ。


「北さん、どないしてん!?天変地異か…?」
「何があったら、あんな御機嫌麗しゅう…?」
「昨日、一日遅れで…イイコトあったとか?」

一昨日は北さんのお誕生日。いつも通り淡々。
昨日は何故か、ちょっとだけ(文字通り)上の空。時折、窓から空を見上げていたような。
それが今朝、いつもらしからぬ上機嫌。昨日帰ってから今朝までの間に、
劇的にイイコトが起こった…可能性が高い直近のイベントは、お誕生日絡みぐらいだろう。

「アニバーサリーっぽい、めっちゃエェコト…」
「もしかして、縁結び的な、お色気イベント…」

自分達の予想(妄想)に、自分達で勝手に撃沈。
北さんに限って、それだけはないでしょ…と、ついポロリしたら、
ボロボロし始めた双子共は、「倫太郎!お前が責任持って…真相を探って来い!」と号泣。
梅雨時期の空よりはるかに鬱陶しい、ツムサムジメジメに根負けした俺は、
練習後の着替中、なにげな〜く北さんに近付き、それとな〜くさりげな〜く世間話を振った。


「今日は何だか、ご機嫌みたいですね。
   この空と同じく、梅雨の晴れ間みたいな…」

微かな笑みを浮かべ、部室の窓から空を見上げていた北さんは、横に来た俺の言葉にポカン…
そして、にっこり(!?)相好を崩すと、嬉しそうに夕焼けをもう一度眺めて断言した。

「大当たりや、倫太郎。
   エェ天気やから…嬉しゅうなって。」
「は?天気が良いから、ご機嫌???」
「そうや。願いが、叶ったんやからな。」

大きな洗濯物でも、溜まっていたのか?
それとも、北さんちの農作物的に、お日様が恋しかったのか?
全くわけがわからず、窓から顔を出して周りを探りはじめたら、
後ろから真っ青な顔をしたツムサムが割り込み、震える声で北さんに訊ねた。

「ききききっ、北さんの、願いって…っ」
「家内安全とか、五穀豊穣とか、神様仏様にお願いする系で言うと…何ですかっ!?」

「そんなん…『縁結び』一択やろ。」

まさかの強い断定系に、俺も絶句。
白目を剥いて泡を吹く双子達を完全無視し、北さんは更に意味不明なことを宣った。

「恋愛成就でも、良縁祈願でもない。
   二人には『縁結び』しかあらへん。」


「北さんタンマ!れ、恋愛成就と…」
「良縁祈願は…違う、ですか?」
「縁結びとも…?」

部室に残っていた俺達3人は、揃って同じ方向に首を傾げた。
北さんはさらに頬を緩め、似たようなマヌケ顔やな…と、俺達の頭を順に撫でてから、
だいぶ暗くなり始めた宵に向かって、ゆっくり編むように言葉を紡ぎ出した。

「3つは似とるようで、全然違う。」

恋愛成就は、特定の相手がおらん時、まずは『お付き合い』をゴールとする願いや。
良縁祈願は、特定の相手がおらんのは同じでも、目指すゴールは『結婚』なんや。
そして縁結びは、特定の相手が既におって、その人との結婚を願うもの…
スタートとゴールが、それぞれちょっと違うだけのようで、中身はまるっきり別モンやろ?
神頼みする時は、自分の願いと御利益が合致するとこに行かなアカン…それはいいとして。

「俺の願いは、二人が永遠に結ばれること。
   愛し合う二人の『縁結び』や。」

為政者達の思惑で、遠ーーーくバラバラに引き裂かれ、年に一度の逢瀬しか許されへん。
それなのに、まるで呪いをかけるように、やっぱり今年も雨やと歌われ続けとる。
挙げ句の果てに、赤の他人から延々と、願いを叶えてくれと身勝手に請われる始末や。
二人のこともよう知らんと、この扱い…可哀想を通り越して、ちょっと酷過ぎんか。

「でも、今年は…珍しく、晴れた!」

数年ぶりに、やっっっっと逢えるんや。
愛し合う二人が…織姫と彦星が、今夜はちゃんと結ばれる。
こんなに喜ばしいことはない…七夕の願い、叶ったんや!

「ホンマに、良かった…っ」


星が瞬き始めた夜空の彼方に、北さんは柔らかく微笑んだ。
今日は七夕…それすら忘れていた俺達は、北さんの純粋な願いに触れ、声を出せなかった。
北さんが意外とロマンチストだったことに、驚いてしまった?…いや、違う。
七夕は、ただの御伽噺じゃない。長い間、闇に隠され続けた、真の歴史なんだろう。
織姫達を想う北さんの表情から、その重みと悲しみを察したから…何も、言えなかった。

   (ロマンじゃなくて…悲劇的な現実、だ。)


息を飲んで静かに傾聴していた俺達を、北さんは穏やかな顔のまま撫でてくれた。
そして、ポケットから短冊を2枚取り出すと、1枚を縦に4分割し、計8枚の細長い紙にした。

「今夜は、気分がエェから…
   お前らの我儘も、聞いてやれそうや。」

北さんを御自宅の自室までお送りしたいとか、北さんちで一緒に晩御飯と夜食を食べたいとか、
はたまた、北さんちの縁側で天の川を夜通し撮影したいとか…
いつもは完全無視する戯言も、今夜はひとつぐらい叶えてやってもエェかなぁと。

「宿世(すくせ)結び、知っとるか?」

細い紙の端に名前を書いて、『こより』みたいにひねり、男女にわけて束ねるんや。
それぞれの束から1本ずつ選んで結び合わせ、偶然出来上がるペアを楽しむ…
元々は遊女の間で行われていた、『えんむすび』の遊びらしいで。

こっちの金の短冊4枚には、侑・治・倫太郎・彦星の名前を書く。
銀の方には、織姫・北、あとは…デネブと天の川にしとこうか。

「デネブ…はくちょう座、やったっけ?」
「織姫がこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル…だったよな?」
「天の川を挟んだ…夏の大三角!」
「正解や。季節にピッタリやろ?」

これからじゃんけんで勝った順に、彦星の束と織姫の束から1枚ずつ選んで、宿世結びをする。
お前ら3人のうち誰かと、俺が結ばれたら…そいつの願いを叶えることにする。
はずれがあった方が、神籤はおもろいし、ありがたみも増すやん?
んで、もし4人の挑戦で『織姫』と『彦星』を結び合わせることができたら、その時は…

「…どうしよう、かな?」

安心せぇ。織姫&彦星は、今日一番の大当たり。絶対悪いようにはせんからな。
3人が結び終わるまでに、大当たりの内容を考えとくから…俺は選択権のない最後でエェで。

「七夕の縁結び…さ、始めようや。」


年に一度ぐらいしか見られない、満面の笑み。
その輝きに魅せられるがまま、俺達は秘めたる願いを込めて、短冊に自分の名前を書いた。




- 終 -




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去年の稲荷崎七夕 →『金銀結願』


2023/07/07 ETC小咄