夜更確定


俺の実家は愛知。
年末年始には、兵庫からのんびり帰省…なんて、できるはずもない。
年明けすぐに春高があるから、大晦日と元旦だけがお休みだ。
でも今年は寮が閉まってしまい、行き場がない。困り果てていた俺に、あっけらかんと一言…

「それやったら、ウチに来ればえぇ。」

ウチは本家やから、年末年始は人が集まる…1人増えたぐらい、誰も何も思わん。
その代わり、お客さん扱いもせぇへん。ウチの親族として、それなりに手ぇ貸してもらうからな。

…と、救いの手を差し伸べてくれた、北さん。俺はありがたくその誘いを受け、北家に滞在中…
想像をはるかに超える『人が集まる』ぶりに、撮影の手が止められない状態だ。


「倫太郎。さっきから、手が止まっとる。」
「さすがに疲れたんで…休憩しませんか?」

今朝は朝食直後から、膨大な量の栗の皮むき。神棚の掃除と、注連飾りを付けて。
栗が茹で上がってからは、延々…縁側で裏ごし作業をしているとこだ。寸胴に山盛り分!
腕の凝りをほぐすべく、ぷるぷると手を振ると、ブロッカーの手は大事にせんとな…と、
北さんは俺の二の腕を揉みながら立ち上がり、すぐにお茶を入れてきてくれた。

縁側に並んで、熱い緑茶。
裏ごしした栗を指先に付けて、つまみ食い…あ、もうちょっと滑らかな方が好き、かも?
外の空気は冷たいけれど、お日様はぽかぽかあったかくて。
自然と瞼を閉じると、お出汁の良い香りと…裏庭から賑やかな声が聞こえてきた。

「餅つき、始まったみたいやな。」
「あの声は…まさか、尾白さん?」
「つきたての餅を目当てに、毎年来とるで。」

もち米を蒸して、ついて、丸めて、並べて。
どう考えても割に合わない重労働だと思うけど、米は当然自家製…きっと極上の味なんだろう。
あのお出汁に、つきたての餅。北家のお雑煮が今から楽しみだ。


「あっちはあっちで、賑やかやな。」

離れの方から、どたどたどた!!!数人分の喧しい足音と嬌声が響き渡ってきた。
どうやら、母屋と離れを結ぶ長い廊下を、並んで雑巾がけレースしているようだが、
おチビさん達がキャッキャする声に混じる、誰よりも煩い大声は、聞き覚えありまくりだ。

「ツムまで、来てるんですか!?」
「オバちゃん連中と、チビ共の相手や。」

それはまた、とんでもない…重労働。
ツムにしては、かなり北家のお役に立っているんじゃないだろうか。意外なことに。

「何とかとツムは、使い様…?」
「ツラと愛想はエェから、女性陣に大人気や。それに、ツム自身がこの役を買って出たんやで。」
「えっ!?それはまた、殊勝な…」
「これが最善策や!とか言うとったけど…?」

   ふ~ん、なるほどね。読めてきた。
   ツムが居るということは、絶対に…


「サムは、どこで何してるんですか?」
「アイツは、バァちゃんと納屋やな。」

アランが餅つきに参加しとるって聞いて、去年ツムサムも突撃してきたんやけど、
その時に『アテ』に出てきた白菜漬けに、サムが惚れ込んでもうたんや。
その場でバァちゃんに弟子入り志願。梅干しやら糠漬けやら沢庵やら、年中教わりに来とるで。
今日は一日中、バァちゃんと二人で白菜漬けを仕込んどるとこや…5樽分、やったかな?

「『おさむちゃんを漬物後継者にする』って、バァちゃんも喜んどる。」
「美味いメシのためには、手を抜かない…サムらしいですね。」
「ウチは助かっとるけど…バァちゃんを『ゆみちゃん』呼びしとんのは、納得いかへん。」

北さんは不満気な顔を隠しもせず、バァちゃんはサムにベッタリや…と、お茶を飲み干した。
そして、今年はお前が来てくれてよかった…と、遠くの山を眺めながら、ぽつりと溢した。

   (そういうこと…か。)


尾白さんは最初、純粋に餅に惹かれたんだろう。
でも持ち前の明るさとパワーで、貴重な『男手』として重宝され、餅つきに欠かせない存在に。
それを聞きつけたツムサムが、アラン君ばっかり北さんちで年末年始はズルすぎ!と騒ぎ出し、
迷惑も顧みず飛び入ったはいいが、サムは予想外にも、結仁依さんと師弟関係構築。
北家の主に認められたサムを見て焦ったツムは、他の女性陣の信頼を得る作戦に出た、と。

   『家』に認められるためには
   『女性』を味方につけるべし

古今東西全宇宙の定理に従って、ツムとサムは『北さんち』に認められる最善策を(本能で)実行。

   (全ては、北さんに褒められたい一心で。)

でもそれが、思わぬ状況を招いた。
あまりにも『北さんち』の皆さんに馴染みすぎ、フツーに親族の一員みたいな扱いをされた結果、
適材適所で北家の年末年始をお手伝い…本来の目的を全く果たせなくなっているのだ。


「みんな、あっちこっちで…楽しそうやな。」

せっかく、遊びに?来てくれたのに。
餅つきは尾白さん、子守はツム。そして、最愛のおばあちゃんはサム。
結局北さんは独り、縁側で栗の裏ごし…ものすごい『人が集まる』中で、たった独りで裏方作業。
北さんと年越し&年明けしたいという、ツムサムの下心が潰えたのは、ネタとして最高だけど、
北さん自身が独りで寂しそうなのは…本末転倒じゃないか。

   元々の控え目な性格ゆえか。
   それとも、これこそが…『主』の定めか。

楽しそうに笑い合う親族たちを、穏やかに微笑みながら見守る姿は、
既に北家当主の貫禄…俺達もよく知っている、『群れの主』としての存在だ。
田舎の大農家、本家の跡取りともなれば、自然とそういう『存在』になってしまうのだろうか。

   (それって、なんか…っ)

北さんだって、フツーの高校生。
親戚のおじちゃん達に可愛がられたり、おばちゃんやおチビさんに揉みくちゃにされたり、
大好きなおばあちゃんとじっくり話をしたり、同世代の友達と騒いだり。
そういう年末年始を過ごしたいって思うのは、ごくごくフツーのことじゃないか。

   (『主』じゃない時間も、あっていいはず!)


「北さん。大晦日…夜更かし、しませんか?」
「夜更かしは体調管理に…いや、大晦日だけは、してもエェしきたりやったな。」

しきたりって…そういうんじゃなくて!
いやもう、別に何だっていいや。とにかく!

「夜通しみんなで、遊びましょう!」

北さんの部屋の本棚に、百人一首?ありましたよね!?それで、坊主めくり大会しましょう!
できるだけカラダに悪そうな、お菓子とかジュースを山盛り買って来て、それをパクつきながら…
煩悩だらけの連中と一晩中遊んで、除夜の鐘を聞きながら、そのままダラダラ寝落ちコースです。

「今年は『ちゃんと』みんなで…
   俺らと楽しい年越し、しましょうよっ!」

俺の突然の剣幕に、キョトンとする北さん。
その真横にズンと近寄り、はいチーズ!!縁側裏ごし部隊の記念(自撮り)撮影、完了!
この写真をみんなに送っとけば、黙ってても…黙れっていう勢いで、嫌でも集まってきますから!

   だから、その、えーっと…
   キメ台詞的なの、何て言えばいいんだろ…?

らしくなく啖呵を切ったはいいが、どうシメたらいいかわからず、キョドってしまった俺に、
北さんはぷっ!!!と吹き出し、声を出して笑いながら、俺の頭を撫でた。


「ありがとな、倫太郎。」

みんなで大晦日の夜更かし、悪ぅないかもな。
確かに、夜更かしをどう誘えばエェんか、俺にもようわからへん…なかなか難しいな。
あ、昔バァちゃんが観とった映画?ドラマ?で、こんな風なセリフを、言いよったような…

「今夜は、寝かさへんで。」
「いや、それは何か、違…痛ぇっっっ!?」

ズレッズレな北さんに、思わずツッコミを入れた瞬間、両サイドから強烈な…ドツキ。
濡れ雑巾を握り締めたツムと、ゴム手袋を咥えたサムが、赤とも青ともつかない涙目で仁王立ち。

「どどどっ、どういうコトですか北さんんんっ」
「二人っきりで楽しそうに…赦すまじっ!!!」

光速でお手伝い終わらせて、戻ってきます!
ふふふっ、フラチな台詞の理由、じ〜っくり聞かせてもらいます!納得するまで、寝れませんから!
つーか、倫太郎ばっかり北さんと…そんなん、ズルすぎやで!一晩中、見張っとくからな!

「トロットロのスベッスベになるまで…」
「栗、ごしごしして…待っとれやっ!!」

それだけ(言いたい放題)言うと、ツムサムは猛然と駆け出し、自分の『持ち場』へ戻って行った。


「寝させてくれない、じゃなくて…寝てくれない、みたいですね。」
「とんだ迷惑…夜更かし確定やな。」

北さんはため息をつく仕種だけをして、休憩終わりや!と気合を入れると、
丹念に丹念に、栗の裏ごしを再開した。

…鼻唄を、歌いながら。




- 終 -




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2023/12/30 ETC小咄