「なーなー、聞いてっ!昨日、北さんが…」 「わーったから、さっさとメシ食えっ!」 「んでなっ、そしたら北さんが…」 「そうかそうか。よし、歯ぁ磨いて来いっ!」 日本代表合宿所。 ハードなスケジュールが続く中でも、全くカンケーなく『通常運転』の者も存在する。 今朝も早くから、食堂のド真ん中で元気に大声を張り上げているのは、宮侑。 見て見て見て~!とスマホを押し付ける侑を、軽くいなして巧く操る、岩泉。 「毎朝毎昼毎晩、北さん北さん北さん…お仕事とはいえ、毎日よく聞いてられるよね~」 「漏れ聞こえてくるだけで、俺達も『北さん情報通』に…岩泉さんは『北さんマニア』級。」 食堂の隅、窓辺の席から遠目に喧騒を眺めていたのは、古森と佐久早。 そこに、4つの湯呑を乗せた物静かな男…二人にお茶を配り、佐久早の横に座った。 「岩泉は、慣れているんだろうな。」 「あ、おはようございま~す、牛島さん!」 お茶、ありがとうございます~と、古森は二人分(2回)頭を下げ、 佐久早は「慣れている、とは?」と、視線だけで牛島に尋ねた。 「自分の言いたいことを、言いたい放題、延々言い続ける…そういう奴が、傍にいたからな。」 「えーっと、幼馴染の…及川さん、だっけ?」 「確かに、宮侑と、派手さが似てる。」 及川の『ねーねー岩ちゃん聞いてよ~!』は、ドツキで応対していたが、 アスレチックトレーナーの今は、選手達の様々な願いを聞き、対処していくのが岩泉の仕事。 願いの内容そのものを叶えることも大事だが、むしろ最も必要とされているのは… 「『聞いてよ~』の方… 『話を聞いて欲しい』って願いを叶え、聞き続けること、かな?」 「女性に、絶対モテる…特殊能力かも。」 『話を聞く』というのは、誰でもできる簡単なことに聞こえるが、それは大いなる誤解だ。 内容が一大事であれば、医師や法律家等の『聞いて解決する』専門職がいるが、 そういう専門家には、聞いて貰うだけでもお金を支払うのが普通…過酷な『仕事』だ。 「でも、ただの愚痴とかの時は、友達や家族、同僚なんかの近しい人に対して、 すっごい気軽に『聞いてよ~』って、甘えて言っちゃうけど…」 「解決は求めない。だが、ずっと聞き続けて、頷いて、肯定してくれればいい…だけ?」 「実は物凄く我儘で、相手に多大な負担を強いるもの…無償でな。」 奥様の愚痴を真に受け、解決方法を提示なんてしようもんなら、烈火の如く逆ギレされたり。 世の一般的な旦那様方なら、『聞いて(問題解決という)願いを叶えて欲しい』ことと、 『ただ話を聞いて欲しい』は全く違う…取り違えは痛恨のミスだと、痛い程わかるはず。 『相談があります。解決のために力と知恵を貸して下さい。』という願いなのか、 『今は私の話を聞いて欲しいの』なのか…あらかじめ先に伝えてから、話し始めること。 「それが、円満・仲良しの秘訣だと…離婚相談の専門家が言っていたぞ。」 「コミュニケーション能力の高さって、そういう『思いやり』ができるかどうか、ですね~」 「親しき中にこそ、礼儀あり。」 ズズズ…と、何かしらの真理に辿り着いた三人は、静かにお茶をすすった。 遠くでは、北さんにチクるぞ!の怒号と、それだけは勘弁してや~っ!の悲鳴。 そして、それらをかき消す…「新し~い、朝が来たっ♪ツムツム、ラジオ体操!」の、爆音。 「コミュニケーションの高さうんぬんとは、別次元に生きている奴も…居るな。」 「人間同士のコミュニケーションとは、異次元の高さをぶっ飛んでる…カンジ?」 「侑の『北さんトーク』が、一切効かない…木兎と言語で会話するのは、不可能。」 悟りを開ききった目で、同僚達の『平常運転』を見やった佐久早。 そのはす向かい・古森の横に、4人目が溜息と共に着席。 古森はともかく、佐久早と牛島がコミュニケーションを語るのかよ…と、乾いた笑いを零した。 「おはよう~、星海。」 「はよーさん。で、何の話してたんだ古森?」 わざわざ古森を指名して、話題の概要…日本代表岩泉さん最強説をサラっと聞いた星海は、 それは間違いねぇなと深く頷いてから、真剣な表情で顎に手を当て、しばし黙考… 3人の顔をしっかり見ながら、小声で囁いた。 「代表の『最強』は、岩泉さんで確定。 でも、『最恐』は誰かを考えてみると…」 まず、代表の大派閥・おキツネ集団を、ここに居ないにも関わらずガッチリ支配した上で、 直接見知らぬ俺達でさえ、話を聞かされ続けることで、深層心理に恐怖を植え付けられている… 『ちゃんと』しとかねぇと、天網恢恢!とばかりに天罰を下してきそうな、神々しい?奴だ。 「『北さん』…怖い。」 「代表の主食米と、おやつおにぎりの原料…胃袋もガッチリ握られてるんだよね~」 「絶対に逆らってはならない御仁だろうな。」 それから、人の話を聞くテク…コミュニケーションに関して。 法律家だかホストだか、本来は金を払って『(仕事として)聞いて頂く』べきものを、 職務の皮を被りつつ、喜んで聞いてくれる奴…代表をうまく管理するため、とか言ってな。 相手が勝手にべらべら喋る内容をじっくり聞くことで、ソイツの内面を探り、弱みを握る… 口八丁で代表メンツを集めて繋ぎ、バレー界を裏から導いている、猫被り野郎だ。 「あの人は…黒尾さんは、危険。」 「悩みとか真摯に聞いてくれる、凄い親切な人なんだけど…何か怖いんだよね~」 「奴の私情のために動いていない分、こちらもノーとは言えない…逃げ場がない。」 んで、最後は番外?場外?なトコ。 異次元コミュニケーションの宇宙人・木兎が、「アイツは聞く耳持たねぇ!」と匙を投げる。 俺ら選手の待遇に直結…バレーボールの世間的認知と人気を左右する、一大カルチャー。 大人気漫画の担当編集者として、バレー界(と作者本人)を影から操る、狡猾参謀がいるよな? 「バレー界全体が、頭を上げられない。」 「感情の全く見えない『無表情笑顔』が、逆に怖くて怖くて…っ」 「俺達バレー関係者の生殺与奪権を握っているのは、赤葦だ。」 はぁ…今朝も、茶が美味い。 4人はぬるくなったアレコレをひと思いに飲み干すと、定例朝会のシメを述べた。 「岩泉、北、黒尾、赤葦。」 「願わくば、この最恐の方々が…」 「気持ちよく楽しく、仕事できるように。」 「一選手の俺達は、粛々と…努力するのみ。」 - 終 - ************************************************** No.006 願う 2023/08/05 ETC小咄

