「岩泉さん。ちょっと御相談が…」 「おう!どうした五色?」 日本代表に初選出(追加招集)され、初めての合同合宿に参加することになった俺、五色工。 わくわくよりも、そわそわ?どきどきよりも、ぶるぶる?嬉しいけど、ちょっとビビり。 そりゃそうでしょ、だって…日本代表だし!バケモン達が、うじゃうじゃだし! とはいえ、見知った顔も多いおかげで、思ったよりリラックスして最初のミーティングを受けた。 だけど、最後に部屋割りを聞いた瞬間、アタマん中が真っ白…直後、暗転。 (マズイマズイマズイ…っ) 今回の宿泊施設は、ツインルーム。 二人一部屋は定番だし、高校時代は3年間ずっと寮で二人一部屋生活。馴れてはいる…けど! (この人と一緒は、ムリムリムリーーーっ) きっとスタッフさん達は、初参加の俺のためを思って、『馴れた人』を選んでくれたんだろう。 でも、馴れてるからといって、それが良い結果になるとは限らない…完全に逆効果の場合もある。 本当に俺のためを思うなら、この人だけは、ぜ~~~ったいに、外してくれないと!!! 初参加のくせに、いきなりワガママを言うことになって、激怒されるかもしれない。 下手したら、扱い辛いヤツだとレッテルを貼られてしまい、次から招集されなくなるかも。 だとしても、『同室予定の方』のためにも、勇気を振り絞るんだ、工!お前はデキる子だ、工!! ぷるぷる震える拳を握りしめて、昼休みの合間に、『馴れたスタッフさん』の部屋へコッソリ赴いた。 「久しぶりだな!元気にしてたか?」 「はい!おかげさまで!」 馴れたスタッフさんこと、アスレチックトレーナーの岩泉さんは、同郷宮城の先輩だ。 ウチの白鳥沢と、岩泉さんの青城は、何度も戦ったライバル同士だし、色々とお世話になった。 ウチにも馴れた岩泉さんなら、俺の訴えをワガママとは思わない…きっと、わかってくれるはず! 「窓際、座っとけよ。今、茶を入れる。」 「あ、どうも、お構いなく…っ!」 岩泉さんの部屋も、選手と同じツインルーム。 だけど、同室の人は居ないらしく、ベッドのひとつは書類が山積みになっていた。 できるだけ『お仕事』から目を逸らし、部屋の奥へ。窓際の応接セット下座?に腰掛けると、 熱いお茶とおかきを乗せたお盆を持って、岩泉さんが対面にドッカリ座った。 「まぁ、食え!んで、俺に相談ってのは?」 「あ、はい!えっと、部屋割りの、件で…」 「諦めろ。そこが、最悪の中の最善だ。」 「…はい?」 相談内容を伝える前に、岩泉さんは俺の肩をポンポンと叩き、深~~~く溜息。 五色自身の口からは、なかなか言い出し辛ぇだろうから、俺が説明するが…と、苦笑い。 「1年の時の、3年。しかも、絶対的エース。 牛島先輩と同じ部屋は、居心地悪ぃよな~」 牛若が下級生をイジめたり、無理難題でシゴいたりってことは、絶対なかっただろ? アイツは、周りを蹴落としてマウントを取り、自分が上に立ったような気になる奴じゃねぇ… ひたすら自分自身が努力を続けて、上へ上へと死にもの狂いで這い上がって行く奴だからな。 よく言えばストイックで清廉潔白。悪く言えば他人に全く興味がない自己中野朗だ。 「嫌いじゃない。むしろ心から尊敬してる。 でも、一緒の部屋は…何か息詰まる。」 わかるぞ、五色の気持ち。凄ぇわかる。 タメの俺だって、牛若と同じ部屋で過ごしたら、息苦しさで酸欠になりそうだ。 アイツと一緒に生活できるのは、『アイツ以上』にぶっ飛んだ奴…天童ぐらい、だったんだろ? 「あ、あははははは。。。」 「それでも、息が詰まる程度なら、まだ『マシ』な方だ。」 「は…?」 「逆に牛若が『無理だ』と俺に訴えた奴らが、代表メンバーにはゴロゴロしてるぞ。」 「…ぇ」 まずは、宮侑。 24時間中、36時間ぐらい、延々ずーーーっと、『北さん』の話を聞かされ続ける。 絶対に寝られねぇ…侑と同室は日直と同じ。侑のルームメイト係が、日替わりでやって来る。 「それに、五色は誰よりも危険。今回は特例で、侑係を外させてある。」 「それは、一体、何故…?」 「五色『工』だから。」 何やお前、『工』って書いて…『つとむ』か! アツム&オサムと同じ、『ム』でシメるシリーズ…や~~~っと見つけたで!! 今日からお前は『トム』や!金のツム、銀のサム、そして銅のトム…明日、染めてな? 念願のトリオ『メダリスト三兄弟』ついに結成!よっしゃ、今から漫才のネタ会議、開催やで! 「息継ぎの仕方まで、徹底的に仕込まれるぞ。」 「ひぃっ…」 次に、同じく日直対象・木兎。 もう、見たまんま…ヘイヘイヘーーーイ!!だ。テンション揚げまくりで、とにかく凄ぇ楽しい! だが、木兎にノせられてアゲ過ぎちまって、いつしか自分では全くセーブが利かなくなって… アッサリ木兎がコテンと寝静まった後も、不自然にのぼせアガった自分は、全く寝られない。 『息…どうやってするんだっけ?』って、哲学するレベルののぼせっぷりだ。 呼吸に使うエネルギーを残しておけねぇほど、何もかもを使い切っちまうというのに、 あまりにも疲れすぎて、一睡もできないまま…翌朝『全力ラジオ体操』に付き合わされる。 「木兎は体力無尽蔵・日向の…上位互換だ。」 「うぐっ…」 あとは、まぁ… お前のミラクル☆パッツン☆キュ~ティクルヘアは、おそらく佐久早に気に入られるだろうが、 佐久早から『同室で息をしていい』と許可が貰えるかどうかは、まだわかんねぇ。 「超ド級ストレート・影山も、アウトだった。」 「ぐぬっ…」 ちなみに場外?論外?枠だが、協会スタッフの黒尾との同室は、不人気ナンバーワン。 文字通り、息を殺される…特殊寝相に巻き込まれたら、圧死寸前で救助されるからな。 黒尾と一緒に寝られる奴は、人外魔境の忍耐力をもつか、そういう性癖なキワモノだけだ。 無難そうな角名も、いつネタにされるか…世界中に痴態を公開されるか、気が気じゃねぇし。 アランや鷲尾は、侑&木兎係多めで空きがねぇ。古森は佐久早の専属専任。 悟りの境地に至っている星海は、汎用性が高い…大人気ナンバーツー、倍率高ぇぞ。 「ば…倍率?」 「抽選制だ。しかも指名料も高ぇ。」 こういう状況だから、牛若もどちらかといえば『人気枠』の部類に入る。 それを、初参加の有望株だし、同郷の可愛い後輩だから、特別に初日同室権をお前に…だ。 「ありがたく、受け取っとけ!」 「はい!…ん?『初日』って、まさか…」 「当然、毎日変わる。フェア上等だろ?」 「はぁぁぁぁぁ~っ!?」 「ちなみに、ダントツの一番人気は…百沢。」 「我ら宮城の誇りですっ!!」 岩泉さんの話に、思わず涙… とんでもないトコに、来てしまった。でも、コレを乗り切らなきゃ、代表では生き残れない。 メンタルの強さ(と、運の強さ?)も、ココでは試されているってことかもしれない。 諦めろ…馴れるんだ。 ティッシュを渡しながら、背中をポンポン。優しい岩泉さんが居てくれて、ホントーに良かっ… あ、そうだっ!! 「あのー。この部屋、ベッドがひとつ…」 「やめとけ。ここも…『不人気枠』だ。」 ここに居ると、誰しもが…息の根を止めてやりたい衝動に駆られちまう。 時差ガン無視、昼夜を問わず、勝手にチャラチャラ喋り倒す『天災』から、逃れられないからな。 「じきに来る…耳、塞いでろ。」 「え?は、はぁ…?」 言われるがまま、半信半疑で軽く耳を手のひらで覆っていたら、突如、スマホの爆音。 30回コールを放置し続けて、ようやく岩泉さんが着信を押すと、キンキン声が飛び出してきた。 『岩ちゃぁぁぁーーーん!今日から合宿だって? 今、お昼休みでしょ?あのさ、今、俺ね…』 「うるせぇクソ及川!今、取り込み中だ!」 『はぁ〜!?連れ込み中!?だだだだっ誰っ!? 真昼間から、岩ちゃんと…赦すまじ! ちょっと電話代わって!俺に筋を通して…』 「うるせぇっつってんだろ、アホ! さっさとクソして寝ろや、ボケが!」 スマホをダン!と空いたベッドに叩きつけ、ふかふか枕の下へ埋める。 くぐもった振動を響かせ始めた枕の上に、岩泉さんは書類ファイルをドン!と、ぶちまけた。 「国外からの『ハァ〜イ!及川サンだよ☆』付。 俺のスマホを壊さねぇって、約束できるなら…」 「今夜は牛島さんと楽しく…筋肉&呼吸トレーニング頑張って、清く正しく正座で過ごしますっ!」 岩泉さんに深々と頭を下げ、俺は全速力で部屋を飛び出した。 フィジカルも、テクニカルも、メンタルも。そして何より…幸運も。 自分に足りないものの大きさを知り、武者震いを止められなかった。 「強く、ならなきゃ… バケモン達に、負けないように…っ!」 - 終 - ************************************************** 2023/11/27 ETC小咄