体育会系の縁というものは、引退したからといってそう簡単に切れるものじゃない。
きっと死ぬまで延々(あの世でも?)、パイセンはパイセンのまま、パイセン風を吹かせ、
コーハイたるもの、それをどこ吹く風と上手くいなして奢って頂くのが、世の理だ。
我が梟谷学園バレー部も、ご多分に漏れず。
それどころか、多多多多多分に漏れまくりといっていいぐらい、頻繁に集まっている。
少なくとも月1。卒業して十年以上経ってもこのペースというのは、さすがに多いはず。
そして時折この「みんなで飲もうぜー!」の『みんな』枠は、梟谷グループまで拡大し、
特に仲良しだった御猫様方も、3回に1ぐらいは誰かしらが混じっている。
というより、元猫か元梟かという区別そのものが、年年曖昧になってきているような?
俺自身は、毎回幹事として場所のセッティングはするものの、実際に出るのは半分程度。
俺にだって仕事や家庭の事情があるし、幹事皆勤賞だけで十分すぎるぐらいだと思う。
今日は久々に出て来いよ~と、珍しく猫の先輩から直接お声が掛かったから、参加。
年末から年度末にかけてのバタバタで、おそらく3ヶ月ぶり?ぐらいかもしれない。
「じゃ、現地でな。」
「はい、また後程。」
猫の先輩からは、久々にアイツの顔も見たいから、連れて来てくれよ~とも言われた。
そう言えば半年以上、顔出してねぇかも?と、アイツこと黒尾さんも乗り気になり、
久々に二人揃って顔を出すことに…
(数年振り、かも?)
黒尾さんと共に人生を歩み始めて、もう何年も経つ。
自分達から報告したわけではないが、いつの間にか猫梟の全員に知れ渡り、
いつぞやの合同忘年会?暑気払い?で、皆様から盛大にひやかさ…祝福を頂戴した。
まだ若かった俺達は、喜びよりも照れ臭さが勝り、しばらくは一緒に出席しづらく、
恥かしさを感じなくなった頃には、お互い多忙かつ家庭の事情も重なるため、
特に避けたわけではないが、なかなか二人揃って飲み会に参加する機会がなかった。
(何となく…ね。)
社内(もしくは同業他社)結婚したお宅も、きっとウチと同じ気持ちがわかるはず。
同僚も上司も、業界仲間がみんな『夫婦共通の知人』というのは、なんかもう…
何年経とうが、その、やはり、あの頃の照れ臭さを関係者全員が思い出してしまう。
(バレバレな見て見ぬフリが…っ!)
というわけで、数年ぶりに『そわっ』感を覚えた俺達も、
お互い目を合わせることなく、服装等が被らないように相手をチラチラ盗み見しつつ、
(当然、ハンカチの柄とスニーカーのメーカーまで確認済)
強引に思いついた用事?とやらを済ませてくることにして、別々に家を出た次第だ。
幹事の俺は、いつも通り一番最初に到着。
諸々の雑事をこなすため、個室の入口かつ注文用パッド近くに陣取り、皆様に御挨拶。
来た順に奥から適当に座ってもらい、8割程集まった開始予定5分前に、黒尾さん到着。
隣のテーブル、通路を挟んで斜め前。遠すぎず至近距離でもない、まさにベストな位置。
腕を伸ばせば乾杯のグラスが触れ、耳をすませば声が何となく聞こえてくるけれど、
同じ『会話の輪』にはぎりぎり入らない、絶妙なポジショニングといっていい。
(こういうとこが、さすがですね。)
大皿を取り分ける際に、一瞬だけ交わった視線で、その意を伝える。
黒尾さんは「だろ?」と言わんばかりに、片目だけを少し瞑り返してくれた。
たったこれだけ。でも、何年も生活を共にしてきたからこそ伝わる、微妙なニュアンス。
この『ごくごく些細な一瞬』を発見する喜びは、年年増してくるような気がする。
これは、夫婦だけの話じゃないと思う。
友人関係や家族、部活(趣味)や仕事仲間等、長く続けているものは、
熟練すればするほど、小さな変化には気を取られなくなる反面、
ふとしたきっかけで、それに気付いた時の悦びは、逆に大きく感じることがある。
細事には、囚われない。
祭事や催事も、なくてもいい。
でも、日々のちょっとした差異に
彩を仄かに感じ、じんわり幸せに浸る。
相反するようだけど、そのバランス感覚?塩梅?を、ごく自然に共有できるのが、
自分にとって『心地良いもの』であり、人生で大切にすべきもの、かもしれない。
(年年、それが身に沁みてくる…)
同じ空間、同じ世界に居ても、それぞれが一個人として存在し、尊重し合えるように。
そんな『ウチのスタンス』の延長の如く、飲み会でもそれぞれ別に愉しんでいた。
会が進むに連れて、話も酔いも回り始め、ひとり、またひとりとお手洗いへ向かう。
戻ってくると、最初とは違う空席へ適当に腰を据え、別の誰かと話し始める。
そんな『ごくフツーの飲み会風景』の中、俺と黒尾さんの間に誰も居なくなり、
すっぽり空いた隙間に、トイレから戻った木兎さんがドッカリ腰を下ろした。
くろおーーーっ!会いたかったぞーっ!と叫びながら肩を組み、強引に乾杯。
それをいつも通り淡々といなしつつも、しな垂れ掛かる木兎さんを抱きかかえ、乾杯。
(相変わらず、仲がよろしいことで。)
俺は注文パッドを手に取り、できるだけそちらから意識を逸らせようとしたけれど、
『照れ臭さ』や『見て見ぬフリ』等、凡人の小さな遠慮は、木兎さんには無関係。
そういやぁ、黒赤が揃って来たの、すっげぇ久しぶりだよな~!と、アッケラカン。
誰もが『聞いて聞かぬフリ』を装いつつ、その言葉に耳を膨らませる中、
黒尾さんにベッタリ張り付いたまま、大声で黒尾さんとお喋りを始めた。
「お前らがドーセイ?ナイエン?ケッコン?してから、どのぐらい経った???」
「まぁ、そこそこ…だな。」
「結構長いってことだな!んで、今も仲良くやってんのか???」
「お陰様で、それなりに…な。」
そこそこ、それなりに。
言葉にすれば、そういった曖昧なものでしか伝えられないし、広言する必要もない。
俺が聞かれたとしても、似たり寄ったりの返事で、スルーっと流していただろう。
(推して量…らなくても、いいですっ!)
夫婦双方をよく知っている時、そこの家庭内(夫婦関係)の様子を想像…だなんて、
できるだけしない方がいいというか、したくもないし、して欲しくもない。
耳を膨らませながらも、木兎さん以外の全員が何となく虚空に視線を彷徨わせたのも、
やっぱり皆さん、その辺の『照れ臭さ』を今も無意識に感じ…よし、冷麺追加!
「なんかさー、お前らって高校ん時から、全然変わんねぇよなー!!!」
「…そうか?」
「そーうーだーよーーーっ!」
高校時代に一緒に居た時も、淡々!付き合ってることを誰も気付かなかったし。
ケッコンしたことも誰にも言わねぇし、バレて御祝してやった時も、タンタンタン!
今日だって、ひっさびさフーフ揃って来たのに、それっぽいカンジがミジンもねぇ!
「俺としたことが、明日朝のご飯を仕込み忘れて…」「大丈夫だ。俺がしてきた。」
…ぐらいの、アットホームな会話をコッソリ聞いて、キュン♪ってしたかったのに!!
「なぁ、実際のトコ。ちゃんと赤葦と、フーフエンマン、なのか?
年々、熱情とか愛情が、フーカして…空気みたいな存在に、なってない…よな?」
ちょっ、木兎さんっ!?
何てこと聞いて…っ!?
はす向かいの犬岡&尾長が、ギョッと目を剥いて木兎さんにワタワタ視線を送り、
同時に俺からは、ギュンッ!と首ごと目を逸らした。
同い年の福永とトラは、興味津々な顔を隠しながら、黒尾さんのグラスに氷を入れ、
木兎さんの質問に答えるよう、水を差さないようにそれとな~く促した。
俺は俺で、徹底的に二人の会話に気付かないフリ。
テーブルに散らばる枝豆の殻を集めたり、もう使わない刺身の小皿を重ねたり。
そんな俺の様子に、チラチラ?ハラハラ?と送られる視線にも、気付かないフリ。
絶対に静寂にはしないけど、聞き耳を立てる邪魔にならないぐらいの音量にキープ。
そんな全員の『空気』を察し(ているのに、気付かないフリをし)た黒尾さんは、
誰の空気も一切感じない木兎さんの口に、チーズ春巻を突っ込みながら、
トラ達が作った新しいグラスを手に取り、ゆらゆらと氷をくゆらせて口を開いた。
「フーカ…
風化じゃなくて、風薫、だな。」
傍に居ても、居なくても。
時折ふわり…と、風が薫るように。
お互いの存在を微かに感じて…ほわり。
「上手く言えねぇが、そんなカンジだ。」
「全っっっ然、わっかんねーーーよっ!」
「…そうか?」
「そーうーだーよーっっっ!!
あ~、でもでも!今の黒尾の、ほんわ~り・ふんわ~り感?みたいな空気は…」
それ以上は、聞いていられなかった。
言葉通り、風が薫るように。ふわりと緩んだ黒尾さんの表情と雰囲気に、
その場に居た誰もが気付き…穏やかさに息を飲み、つられて頬をほわっと緩めた。
キレイな文字や言葉で説明するよりも。それっぽいラブラブ写真を見せるよりも。
『ウチの…』を醸す『風』の大暴露に、俺だけは頬の熱を抑え切れなかった。
(これは、かなり…恥ずかしっ!!!)
最後に残っていたソーセージを一口で頬張り、お手洗いへと足早に向かう。
モコモコ泡を手に乗せ、ゴシゴシ。正面の鏡を絶対見ないよう、洗面台だけを凝視。
(あんな、風に…っ)
二人の生活のことを、黒尾さんがどう思っているのか、ウチではよく聞いている。
その言葉は間違いなく本心だとわかっているけれども、それを俺以外の人に…
俺達二人のことをよく知っている、『外』の人達に言うのを聞いたのは、初めてだ。
ウチで直接聞くのは、勿論嬉しい。
だけど、客観的に?間接的に?惚気ではなく本心を伝えられた、驚きたるや。
『なんでもない風』を装いつつ、ごく微かに上擦り、勇気を滲ませた声。
ごくごく些細な『変化』でも、俺なら確実に気付くと知った上で、堂々と…
(なんか、もう…っ)
ギュっと目を閉じると、頬の熱が目頭まで上がってきそうになる。
込み上げる息の塊を、流水音に混ぜて冷やしていると、誰かがトイレに入ってきた。
「聞いてらんない、よね。」
「っ………」
こんな時に限って、孤爪。
俺と同じぐらい(過去分累積値)、黒尾さんを熟知している孤爪にも、
あの『変化』は相当にキたらしい…下を向いたまま意味もなく泡を更に泡立ている。
そうしてしばらくの間、黙々モコモコと泡を躍らせ、揃ってクールダウン。
正直、ごく僅かに助かったけど…孤爪と二人きりは、別の意味で『そわっ』とする。
このビミョーなカンジも、年年多少は薄まってきたものの、一生なくなりはしない。
「俺に、何か用?」
「別に、ないし。」
別にない、と言ったくせに。
手を洗い終わった孤爪は、びしゃびしゃに濡れた手をふりふり。
ペーパータオルを2枚とって渡し、もう1枚とって鏡に飛んだ水滴を拭いていると、
ごしごし音に紛れ込ませながら、ごくごく小声で孤爪が呟いた。
「高校時代の試合後ハイ的な『若気の至り』は、さすがにもう、ないから…」
赤葦、クロと結婚してくれてありがとう。
…なんてコトは、たとえ死に際でも、死んで枕元に立っても、絶対に言わない。
「あ、言って欲しかった?」
「言われた瞬間、俺が逝ってしまうし、浮かばれない。」
でも、まぁ、アンタらの間に流れる、ふんわりとした『風』の薫りは…
「…キライ、じゃない。」
口元に、ケチャップついてる。
顔洗って…さっさと戻りなよ。
「うるさい、ブラコン小姑様。
俺は…柚子胡椒派なんだけど。」
「はいはい、泣き虫兄嫁サン。
ちな、俺は…マスタード派だから。」
見覚えのある柄のハンカチを、俺の尻ポケットに捻じ込み、孤爪は出て行った。
直後、俺は蛇口を思いっきり回し、冷たい水で何度も何度も顔を洗った。
(ありがとう、よりも…キたっ)
- 終 -
**************************************************
2024/05/15