「退屈そう、だな。」 「退屈というか、面倒なだけです。」 梟谷グループ合同合宿。 ほぼ週末ごとに行われるこのイベントは、役職付にとってハード極まりないもので、 正規の練習後、各々の自主練をこなした後、膨大な雑務…逃げ場のない残業地獄だった。 指導者達だけでは手に余るものを、中間管理職たる主将や副主将が分担して組織運営。 音駒では、雑務に奔走するのが黒尾、留守の間チームをまとめるのが、副主将の海。 梟谷の方は、それぞれ赤葦と鷲尾の役目だと、自然の成り行きで確定していた。 「お前も、大変だな。」 「もう、諦め…慣れました。」 普段は、黒尾と赤葦が残業をこなしていたが、今週は黒尾が指導者達の緊急ヘルプに招集。 音駒側からは黒尾の代わりに海が雑務へ回り、赤葦と海の二人で、大量の書類を捌いていた。 穏やかに、黙々と。 今までも何度か、海と一緒に残業してきたが、海の醸す柔らかい雰囲気に、何だかほだされ… 言葉数は少ないものの、赤葦は自分が随分リラックスしていることを自覚していた。 だから、数分前の海の言葉を反芻し、今頃ようやく慌ててフォローを入れた。 「あっ、あの、面倒なのは雑務であって、海さんのことでは…」 「わかってる。退屈なだけ…だろう?」 「いえ、そんなことは…凄く落ち着いて、面倒な仕事も、つつがなく片付いてます、から…」 「ああ、そうだな。」 そう、なのだ。 雑務が面倒なのはいつもと全く変わらないし、古今東西の共通認識だろう。 いつもより仕事の進捗も幾分早く、気分だって良いし、全てがスムース。 これ以上ないくらい快適で、面倒さ具合はずっと少ないはずなのに… 「退屈、というか…?」 しゃんとしない?ぼわっとしている? どう表現したらいいのかわからないが、いつもとは何かが違う。 上手く言葉?答え?を見つけられず、手を止めて俯いていると、 海がふわりと頬を緩め、赤葦に微笑んだ。 「残業…楽しいものだろうと、思ってたよ。」 「…え?」 「より正確に言えば、物凄く楽しそうに…傍からは見えている、だな。」 面倒臭ぇ~!残業クソ喰らえ~! 仕事多すぎ!全っっっ然、終わんねぇ! おウチ帰りてぇ…飯食って、寝落ちしてぇよ… 部員や監督達の前では、飄々淡々。 『そんな顔』は絶対外には出さない奴らが、素のまんま罵詈雑言もしくは阿鼻叫喚。 キツいもうイヤだと喚きながらも、楽しそうに大笑いし合っている… それが、梟谷グループ合同合宿の『深夜の風物詩』だと思ってたんだ。 「ある意味、ホラーな光景だが…ほんの少しだけ、羨ましくもあった。」 「楽し、そう…?」 言いたい放題の発散会を、見られていたのか。 いやはや、それはかなり…お恥ずかしい。 でも、腹の底に隠し、溜まりに溜まった鬱憤を、愚痴愚痴こぼし合っていただけなのに、 それが楽しそうに見えただけじゃなく、羨ましいとは…どういうことだろう? 首を横に傾げ、困惑の表情で海を見返す赤葦に、海は再び顔を綻ばせ、コッソリ囁いた。 「『何を』するか、じゃなくて… 『誰と』するか、なんじゃないかな。」 雑務が面倒なのは、全宇宙の定理。 それでも、俺や鷲尾と一緒だと、穏やかな時間を過ごせるように、 あいつと二人の時だけは、お互いがらしくなく…残業ですら楽しく感じるんだろうな。 「自覚できない、自分らしさを晒せる時間。 それを共有できる相手がいて…良かったな。」 「ーーーっっっ!」 静穏だが明瞭な海の言葉に、今まで見つからなかった答えを『自覚』した赤葦は、 背後から聞こえてきた足音から逃げるように、お茶買って来ます!と走り去った。 「何か、凄ぇ…おしゃべりしてなかったか? 珍しいもん見た、つーか…」 「俺も、珍しいものを見てるぞ? 羨ましくて堪らなそうな…お前の不機嫌顔。」 - 終 - ************************************************** 2023/05/11 ETC小咄

