猫梟合宿~黒尾&赤葦&海&鷲尾③~

猫と梟は、本当に仲良しだ。
今日も今日とて、合同練習帰りはいつも通り一緒に集団下校(帰還)。
ただ、いつもと違うことが、ひとつあった。乗り込んだ車両が一番前ではなく、一番後ろだった。

ただでさえ、大柄。それが2チーム分となると、他の乗客の皆様には、大変なご迷惑になる。
だから、統計的に最も乗客が少ないと思われる、最前車両にこぢんまりと陣取っていたが、
「ちょっと、気分変えてみるか~」という黒猫の大あくびで、同じく乗降者の少なめな最後尾へ。

   ただ、それだけの違い。
   ヒゲの先ほどの、御猫様の気まぐれ。

特に誰も異議を唱えず、違和感を覚えることもなく、楽しくお喋りに興じながら乗車。
フラフラ飛んで行こうとする木兎とリエーフを、海と共に車両の半ばに突っ込んでから、
一番後ろのドアまで移動して黒尾&赤葦と合流。最後の最後に4人で乗り込んだ。

集団から少し離れた、車両の隅っこ。
各々が鞄から本を取り出し、黙々と読書タイム。実に心地好い、癒しの帰路…いつも通り。


   (何だろうな、この…空気感?)

主義主張や考え方に共感し合ったり、会話が途切れないような『話が合う』関係でもない。
勿論、価値観だとかいう御大層なものは、お互い大して興味もない(大差もなさそうだ)。
強いて言うなら、集団内における立ち位置(役割)と、電車内での立ち位置(場所)が近い程度。
それでも、何か伝わるものがあるというか、別に伝えずとも伝わらずともいいというか…
これがきっと、『気が合う』関係というやつなのかもしれない。

   (ウチのじーちゃんばーちゃんと、似てる。)

ざっくりした共通点は、4人共が本好きな所。
そして、外出時には本のカバーを外し、最軽量の『本』本体だけを持ち歩くというあたり。
本のタイトルはよく見えないが、サイズと柄から判断すると…
黒尾は大体、実用系新書。海は歴史系(時代劇)多めの文庫。そして赤葦は、洋モノの推理小説。
ちなみに俺は、古今東西の純文学中心。本好きと一括りにしても、ここ最近の好みはバラバラだ。

一番好きなジャンルは多少ズレていても、やはり大枠として本が好きなのは同じ。
そして、自分が大好きな奴らが、一心に読んでいる本ともなると、俄然興味が湧くのは、必然。
時折「これ、お前もハマると思うぜ。」「きっとお好みに合うと思います。」なんて言いながら、
4人の間で本を貸し借り…先週、赤葦が黒尾から借りていた本を、次は俺も狙っているところだ。


「なぁ、黒尾。こないだ赤葦に貸していた本…」
「えっ!!?あぁあっ、あの本が、どっどどうかした、かっ!!?」
「…?いや、面白そうだったから、次は俺にも貸して欲しいんだが。」
「な、なんだ、そんなことか…っ、それなら、赤葦から、そのまま…」
「ぅわわわっ、わかりっ、ました。明日にでも、鷲尾さんに、お渡しします、ねっ!」
「…???」

ただ本を貸して欲しいと言っただけなのに、らしくなく慌てた黒尾と、声を上擦らせた赤葦。
その違和感に最も興味を惹かれたが、それを探る前に、黒尾が海の腕を引いた。

「じゃっ、俺達はここで…おつかれさん!」
「こっ、今週も、お疲れ様、でした…っ!」

   ぞろぞろと電車から降りる、猫達。
   ばいばいと車外へ手を振る、梟達。


屋根も途切れてしまったホームの端から、のんびり歩いて改札への階段に向かう猫達を、
ゆっくり走り出した梟電車が、徐々に追いつき、横に並び、そして追い越して行く。
木兎と手を振り合いながら、電車と追いかけっこしてくるリエーフ達1年生。それを止める夜久。
鞄からさっそくお菓子を取り出したトラと福永。その後ろでは、孤爪が歩きゲーム(危ないぞ)。
孤爪の背中を押しながら、人の波を避ける海。しんがりを務めるのは、ボス猫黒尾。

   (いつもの猫達、だな~)

最後尾に乗っていたことに加えて、ホームが緩やかにカーブしていることから、
今日はいつもよりずっと長く、随分遠くまで猫達の様子がよく見えた。
何となく、スローモーションというか…声が聞こえない分、余計によく見えたような気がする。
どうってことない『ひとコマ』だけど、猫梟の仲良しぶりを再確認できて、何だかしみじみ。

   (こういう繋がりも、悪くない。)

数年?数十年後?大人になってから、この『ひとコマ』のことを、思い出しそうな気がする。
ちょっぴりセンチメンタルだが、こういう些細な心の機微は、できるだけ大事にしたいと思う。

   (…って、ウチのじじばばも言ってたような。)


他のお客さん達と一緒に、ホーム中ほどの階段へ消えて行く、赤い集団。
その階段の手前で立ち止まる、しんがりの赤。自販機で飲み物を選びつつ、電車をぼんやり眺め…

   (赤いしデカいし寝癖だし、やたら目立つ奴。)

電車がカーブを曲がり切る最後の最後まで、ホームにその赤だけが残っていた。
まるで、俺達の乗った電車が見えなくなるまで、ずっとアイツが見送ってくれていたような…?


「…っあ、あんなトコに、す、素敵な高架水槽があります!しししっ、新発見、です!」

本に目を戻し、3行ほど読み進めたあたりで、横の赤葦が突然、再び上擦った声を上げた。
古いビルやマンションの屋上にある、高架水槽(ただし球体に限る)のコレクターだと言っていたが、
今や絶滅危惧種となった水槽を、新たに発見した喜びのあまり、思わず声が上擦った…?


   (…いや、違うな。)

ホームに停車中の車窓から見えるものは、ほぼ全てコレクションに入っていると豪語していた。
合同合宿や練習で何度も通った音駒の最寄駅付近は、とっくに調査済みのはずじゃないか。
つまり、赤葦はいつもよりずっと長く車窓を見続けていた結果、棚ボタ的に新発見したが、
その『理由』を咄嗟に隠そうとして、『結果』の方をわたわた口に出してしまったのだろう。

   何故か、最後尾に乗ろうと言い出した、黒尾。
   何故か、新たなオタカラを大発見した、赤葦。
   本の貸し借りの話で、何故か動揺した、二人。
   『何故?』を推理すると、導かれる答えは…


   (これは、何か…あったな。)

ほんの微かな違和感。点と点が、繋がり合う。
本を眺めているだけで一向にページが進まない赤葦を、横目でチラリと確認した瞬間、海から着信。

   『そっちのフォロー、任せたぞ。』

俺は頬のニヤニヤを必死に隠しながら、『そっちも任せた。』とだけ返信し、
未だ『ぼんやり』の余韻に浸り続ける赤葦に、何でもない世間話風を装って呟いた。


「俺達が1年の頃、海と黒尾の3人で、
   推理小説…新本格ミステリにハマってた。」
「っ!?つ、つまり、名探偵鷲尾さんには、
   全てお見通し…というわけですね。」

真っ赤に染まった顔を、開いた本で覆い隠しながら、赤葦はか細く答えた。
そして、ぽそぽそ…扉が開く音に溶け込ませるように、早口で囁いた。


「明日の練習後、お時間…いただけませんか?」
「『本』の受け渡しがてら…飯でも行こうか。」




- 続? -




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2024/03/04