「ここ最近、ハニーにガン無視されてんだけど。 てっちゃん…お前、何やらかしたんだ?」 「何もやれるわけねぇだろ! 俺だってアレ以降…避けられ続けてんだぞ!」 先日の合宿。夜中に目が覚めた木葉は、通りすがりの食堂で独り寂しく残業中だった黒尾に遭遇。 そこで、梟谷が誇るマルチな才能ゆえに、ついうっかり黒尾の核心をぶち抜いてしまった木葉は、 入学式直後?からのマブダチ・てっちゃんの良縁成就のため、奮闘すると約束…している最中、 親友同士のじゃれ合いを、まさかのハニー(仮)に目撃され、二人のカンケーを誤解されてしまった。 もちろん、木葉はすぐにハニー(確)を追いかけ、必死に言葉を尽くして誤解を解こうとしたのだが… 「アイツ、そもそも『聞く耳』持ってねぇし。」 「いつも以上に、自分の世界にハマってたし。」 「間違いなく、何一つ聞き入れてくれねぇし。」 3人がかりで説得を試みるも、まるで効果なし。 ハニーのガッチガチな頑なさを、てっちゃん以上に熟知している3人でも、お手上げ状態だった。 「…つーか、何で3人に増えてんだよっ!?」 「木葉と同じく、夜中に目ぇ覚めちゃってさ~」 「ハニーと木葉の押し問答中に、バッタリよ!」 「すぐ察した二人が、助太刀してくれたんだ。」 ビシっ!!と3人揃ってポーズを決める、木葉&小見&猿杙。 この、夜行性猛禽類共め…っ!と、黒尾は頭を抱えて食堂のテーブルに突っ伏したが、 その周りを取り囲むように、3人は黒尾にピッタリ寄り添い、ひそひそ話を始めた。 「てっちゃん、心配すんなって!俺ら4人…同じ3班(出席番号順)の大親友じゃねぇか!」 「くろお・このは・こみ・さるくい。3班の仲良しっぷりは、今に始まったことじゃねぇだろ?」 「調理実習。4人でシーチキンの炊き込みご飯を作った思い出…卒業アルバムに書くからな~」 「そんな思い出、知らねぇよっ!お前らと作ったのは…シーフードカレーとか、焼肉だろ!!」 あ、いや、今のは3班の調理実習じゃなくて、3年間の合宿中の話だからな! …と、冷静にツッコミを入れつつも、より冷静に思い出してみれば、全て大嘘とも言い切れない。 同じ梟谷グループのメンバーとして、普段の休日も頻繁に練習試合をしているし、 大型連休や夏&冬休みにもなると、期間の半分以上は同じ屋根の下で一緒に暮らしている。 同じクラスの同じ班なんかよりも、同じ時間を過ごしている…家族よりも長いかもしれないのだ。 「実は猫と梟…俺ら、凄ぇ仲良しなんだよな。」 「だろ?当然、ハダカのオツキアイもあるし。」 「てっちゃんに組み敷かれて寝たこともある。」 「間接チュウも、ア~ンしても、ヤっただろ。」 …って、いかんいかん。 危うくコイツらのペースに巻き込まれ、勝手に楽しい思い出をアレコレ追加されるとこだった。 両耳を塞ぎ、ぶんぶんと頭を振る黒尾から、3班の仲間達はサッと距離を取ると、 さっきまでの(いつもの)おちゃらけとは一転、真面目な顔つきで説明を始めた。 「そう。思い出…記憶は、あとから作られる。」 「この特性を利用して、ハニーの誤解を解く。」 「てっちゃんのために、作戦を練ってきたぞ。」 ある事件を、目撃したとする。 目撃情報を証言するまでの間、TVやネット、SNSの噂話など(事後情報)を、見聞きする機会がある。 すると、自分が目撃したオリジナルの記憶が、事後情報に沿う形に変容してしまうことがあると、 実験室の研究や数々の具体的な事例により、繰り返し示されているそうだ。 この目撃者の記憶が変容してしまう現象を、認知心理学で『事後情報効果』という。 「目撃証言も、人の記憶も、アテになんねぇ。」 「下手したら、誘導尋問からの、誤認逮捕だ。」 「法律家にとっても、認知心理学は必須科目。」 そもそも人は、自分が見たものをちゃんと正確に記憶できるわけではない。 それ以前に、目の前の事実を『そのまま』見ているわけでもない。 「自分の『見たい』ようにしか、見ねぇんだ。」 「見たくねぇもんは、極力見ねぇようにする。」 「これを認知心理学で、確証バイアスという。」 人は、自分の思い込みや、意見を肯定するための情報…自分に都合の良い情報ばかりを見て、 反証や別の意見を『無意識のうちに』見ないようにしてしまう、バイアス(傾向)がある。 ネットで検索をかけても、自分に都合が良さそうなサイトだけを閲覧してしまったり、 さらに現在は、検索エンジンやSNSのアルゴリズムが、『あなたへのオススメ』という形で、 自分好みの情報ばかりを優先的に提示…自分に心地好い世界が、広がっているように見えるのだ。 「昔より『地雷』に当たらなくなってねぇか?」 「『NG』も指定できるようになってるしな。」 「『ハッシュタグ』は、その最たる例だよな。」 「確かに…俺のオススメ、猫動画ばっかりだ。」 突然始まった、ガッチガチの認知心理学講義。 すっかり忘れていたが、コイツらも立派に…梟谷学園の生徒。 都内随一の蔵書量と読書量を誇る、森の賢者・梟じゃないか。 「ハニーほどの、活字中毒者じゃねぇけどさ~」 「俺らだって、フツーに『本の虫』なんだぞ~」 「読書量じゃあ、てっちゃんにも負けねえぞ~」 それに、俺ら… 木兎に『読み聞かせ』するために、インプットだけじゃなくてアウトプットもしてるからな。 本で得た知識をちゃんと、自分なりに考えて。それをしっかり伝える訓練も、日々やってるんだ。 ウチの強みは、ハニーの頭脳『だけじゃない』ってこと、お忘れなきように! ビシシシっっっ!!!と再度ポーズをキめる三羽梟に、黒尾は思わず拍手。 内心に流れる冷や汗を隠しながら、梟谷学園バレー部に関する記憶を、大幅に上方修正した。 「…と、認知心理学の知識を前提として。」 「具体的事案に対処する方法を、考えた。」 「ハニーの記憶を…上手く変容させるぞ。」 まずは、『あきちゃん&てっちゃんが特別な仲』だと思い込んだ、目撃記憶を修正させるために、 あきちゃん&てっちゃん『だけ』が、特別に仲良しなわけではないという事後情報を、与えるんだ。 それに有効なのは、俺達が『3班仲間』という、出席番号ズラリ並びのネタ。 ハニーには見えてなかったかもしれないけど、俺らは1年の頃から、実は凄ぇ仲良しだぞ~と。 その『だけじゃない特別感』を出すために、最も手っ取り早い作戦は、てっちゃん…何だと思う? 「それは…まさにその『てっちゃん』だな。」 「ご名答!木葉秋紀が『あきちゃん』なら…」 「小見春樹は四季繋がりで『はるちゃん』!」 「猿杙大和。『まとっちゃん』とか、どう?」 これは、なかなかキョーレツなインパクトだ。 なんつっても、俺ら3人の間でも、そんな名前で呼び合ったことなんて、一度もねぇんだからな。 きっとソッコーで、木兎がコレを聴き付けて、仲間に入れろーーー!!!と飛び込んで来るはず… もう、あきちゃん&てっちゃんの特別感なんて、一瞬で記憶から消し去られるぞ。 「木兎には、『人の記憶に残る』引力がある。」 そして、この作戦。副次的な効果が期待できる可能性もあるんだ。 木兎が乱入することで、ほぼ確実にハニーも巻き込まれる…「じゃ、お前のあだ名は…」的にな。 するとてっちゃんも、木兎ミラクルのナシ崩し的タナボタで、ハニーを『ちゃん』付け!? 「フツーに2文字とるなら、『けいちゃん』?」 「最初だと、『あかちゃん』…趣向が違うな。」 「『かあちゃん』…シャレになんねぇ、却下!」 以上が、事後情報効果を利用した、『俺らみんなマブじゃん?記憶変容』作戦だ。 これ、別に悪いことじゃねぇ…呼び方は聴き慣れねぇかもだけど、 俺らがず~っと仲良しで、い~っぱい楽しい思い出を共有してんのは、間違いない事実だからな! それに、こうすることによって、俺らが将来、高校時代の部活を思い出す時には、 『1年の頃からずっと仲良しで楽しかった!』記憶として、脳内に蘇ってくる。最高じゃね? 「こっぱずかしい部分はあるが…悪くねぇな。」 「誰にとっても、まったく損はない!」 「楽しい記憶を積み重ねて、思い出す!」 「バイアスも、上手く利用していこうぜ!」 いや、お前ら、マジで凄ぇよ。 心からの称賛を込めて、黒尾は3班仲間とハグ。これが梟谷『盛り上げ上手』の真髄か。 だが、作戦がこれだけで終わるはずは、ない。 「誤解を解く作戦はこれで良いと思う。でも…」 仮に記憶変容作戦が上手くいったとしても、それは単に、スタートラインに戻っただけ。 今後、俺がハニーから特別な相手として『見て』貰えるようになるのは、まだまだ先… アイツが『見たい』と思うような、ちゃんとした人間にならねぇとダメだってことだもんな。 「こんな俺が、振り向いてもらえるのか…っ」 はぁ…と、深いため息を吐いて、机に伏す黒尾。 その桃色吐息に、3班の仲間達はニッコリ微笑み合うと、てっちゃんの肩をポンポンポン。 静かに、だがはっきりとした口調で、てっちゃんに語りかけた。 「てっちゃん。よ~く、思い出してみろ。」 ハニーへの想いを自覚した今、二人で過ごした残業タイムの記憶…どんな風に思い出す? 今までとは、ハニーの『見え方』が、全然違う…赤よりもピンクっぽく見えるんじゃないか? 自分の『認識』が激変したことで、過去の記憶も桃色フィルター付で『思い出す』し、 これから将来にわたって、ハニーのことをそういう風に思い出す…思いはじめるようになってきた… 『思い出す』は、過去にも未来にも通じる、不思議で素敵な言葉だと思わねぇ? 「二人での残業、すっげぇ楽しいんだろ?」 「…あぁ。」 「これからも、そんな時間を過ごしたい?」 「そう…だな。」 「なら、今まで通りのてっちゃんで良い。」 「…えっ?」 ハニーが楽しそうに残業してる事実、それは間違いないんだ。 だったら、下手に作戦なんかを練って、『良く見せよう』なんて思わない方がいい。 ハニーがどう見るかは、ハニーにしか?ハニーすらも?わからねぇんだ。 ハニーが無意識のうちに、見たいものを、見たいように、見るだけ…だとしたら。 「てっちゃんは、そのままでいい。」 「俺らが大好きな、てっちゃんのままで…」 「不器用で、まっすぐ。自然体でいいんだ。」 てっちゃんの淡い想い…事後情報を知った今、俺らが過去2年の記憶を改めて思い出してみたら、 3人共がソッコーで、『今のまま』が一番だっていう結論を出したからな。 むしろ、今までのハニーらしからぬ「…?」な言動のイミが、ピンクフィルターでやっと判明。 「盛ったり、飾ったり、絶対にしなくていい。」 「世間的な『いいね』を、目指す必要ねぇよ。」 「ハニーが見てるのは、そんなとこじゃない。」 さーてと!作戦会議は、これにて終了! 妙な気ぃ回して、楽しい残業タイムを泣く泣くあきちゃんに献上した、デキるコーハイに… 「てっちゃんとの残業が、楽しすぎちゃった!」 「仕事、ぜ~んぜん片付かなかった!メンゴ!」 「海君と遊ぶ約束してたの、思い出したから…」 残業、やっぱいつも通り、お前がてっちゃんと二人でやっといてくれよな! 木兎の寝かし付けは、俺らに任せろ!…って、言いに行って来るからな。 「心から健闘を祈る、てっちゃん!」 「ハニー…赤葦のこと、頼んだぞ!」 「残った仕事も、よろしく頼むな!」 あきちゃん&はるちゃん&まとっちゃん。 3人からハグ&ほっぺスリスリの激励を貰ったてっちゃんは、呆然と仲間達を見送った。 「って、結局お前ら、今まで通り… 俺と赤葦に、仕事押し付けて逃走かよっ!?」 今までの記憶を、今、思い出してみると… 本当に『押し付け』だったと、言えるか? もしかしたら、譲ってくれていたのかも。 そう思い出した自分に、自然と頬が緩んだ。 - 終 - ************************************************** No.020 思い出す 2023/12/14 ETC小咄