猫梟合宿~指針見出・翌日~

『指針見出』翌日





指針見出・翌日




「お邪魔します。今日もお世話になります」
「おー、いらっしゃい。ラクにしてくれや」

昨夜片付かなかった書類を抱え、今夜も残業部屋(音駒部室)にやって来た、黒尾と赤葦。
目的地は同じだが、昨日までとは大きく違う点が、ふたつ。
まず、昨夜は深夜に抜け出して来たが、今日は消灯前に堂々と残業宣言してきたこと。
そして、もうひとつ。主たる目的が、残業ではなく、逢瀬だということ。
二人の関係が『激変』してから、まだ24時間も経ってない…ホヤホヤさんなのだ。

「赤葦。今日も一日、おつかれさん」
「黒尾さんも、おつかれさまでした」

カンパ~~イ!と、冷え冷え麦茶をぶつけ合うとこは、今までと変わりないけれど、
ぷっはぁ~~~~!の後、頬を柔らかく緩めて微笑み合うなんてのは、初の試み。
とはいえ、試してみよう!と奮起したようなものではなく、ごくごく自然に出たもので、
今日一日、緩みそうになるのを必死に堪え続けて、ようやくユルユル解禁なのが実態だ。

「こっち、見んなよ…頼むから」
「そっちこそ…お願い、します」

見慣れないお互いの表情に、驚きを隠せない一方で、自分のデレデレも同時に自覚。
その結果、ずっと見ていたいのに、見ていられないという、モジモジ感に包まれしまい、
取り繕うように顔を逸らし、スナック菓子の袋に同時に手を伸ばし、指先が触れ合い…
飛び上がる心臓を飲み込むべく、自分のジャージに顔を埋めながら、揃って床に撃沈。

「~~~~あー、もうっ!」
「ーーーーっ!!っっっ!」

もし今、神様だか悪魔だかが、この部室を天から覗き見しているならば、
盛大にニヨニヨしていることだろう…黒でも赤でもなく、青いなぁ~と。
もしかすると創造主も、恥ずかしさと照れ臭さで、本人達以上にワナワナしているかも?

(ラブラブとか、イチャイチャほど…)
(創造するのは、試練なんだろうな…)

…いやいや、悶絶している場合ではない。
二人きりの時間だなんて、次にいつ来るかわからない、どころか、
次に逢えるのは、一体いつになるのやら…1秒たりとも無駄にはできないのだ。

「やりたいことが、あるならば!」
「やるべきことを、やっちまえ!」

やりたいことって、何だよ?というツッコミを、すんでのところで飲み込みながら、
トートバックから書類と筆箱を出し、二人は黙々猛然と仕事を片付け始めた。


ミッチリ集中して取り組むと、ただ面倒なだけで簡易な仕事は、あっという間に片付く。
だが、あともう一息というところで、黒尾はなぜかストップをかけ、書類を全て退かし、
自分のロッカーに隠しておいた、昨夜の残りのイカを引っ張り出してきた。

赤葦はポーチから除菌シートを取り出し、座卓をサッとひと拭き。
ティッシュを折り畳んで簡易コースターを作り、結露し始めた麦茶ボトルを乗せてから、
さっき手を引っ込めたスナック菓子を大きく開け広げ、お夜食タイムの準備を整えた。

「黒尾さん。お手をどうぞ~」
「サンキュー!さすがだな~」

差し出された除菌シートを1枚引き抜くと、黒尾はそれをボトルの上に一旦乗せ、
昨日のイカ袋の封をしていた、所有者名の書かれたマステを、丁寧に剥がした。
そして、指でピースを作って動かし、赤葦がすぐさま筆箱からハサミを出して手渡すと、
所有者名『黒&赤』を上下半分に切り、二人の筆箱から各々の消しゴムを取り出した。


「…笑うなよ?」

消しゴムのケースを抜き取り、その厚紙の内側下部に、クルリ。
半分にした黒&赤マステを貼付け、二つのケースを直列に合わせ、中を赤葦に…チラリ。

「繋がった…!」

ふたつセットで、重ねると刻印が繋がるリングってのが、あるらしいなー
これも、リエーフから教わっただけなんだが、まぁ、そんな雰囲気の、アレだよ!
ちょっとした記念というか、そのっ、捨てるにはまだ惜しいっつーか、だから…っ

「消しゴムが、なくなりかけたら…」
「新たに、作り直しましょう…ねっ」

たっ、たまたま同じ、ド定番の消しゴムですから、これもついでに…お戯れの記念に!
消しゴムのケースも、見ようによっては、環状…リっ、リングと言えなくもないですよ!
というわけで、笑わないで…笑って許して頂けますと幸いですっ!!

「こっ…交換の、儀~っ!!」
「っ!!ナ…ナイス発想!!」


何ヤってんだ、俺らは。。。。
いやいや、冷静になったらお終いだ!
誰も見てないんだぞ!ナニやっても平気!

さっきまでは相手のものだったリングを、自分の消しゴムへ、そーっと、そ~~~っと。
今この瞬間から、『宝物』に格上げされた消しゴムを、震える手で筆箱の奥底へ。
ちなみに確認がてら、お伺いしますが…と、赤葦は人差し指を立て、視線で問い掛けた。
黒尾は黙ったまま、筆箱から黒&赤の二色ボールペンを出し、胴体部分をツンツン。
ペンを両手で恭しく受け取った赤葦が、クルクル回して中を開けると、
昨夜、自分が作って人差し指に巻いた、所有者名入りマステリングが、忍ばせてあった。

「俺も、同じの…買ってもいいですか?」
「ポーチの中身が…増えてもいいのなら」

こっ、こんなことも、あろうかと!
さっきコンビニで、同じ二色ペンを、買っといたから…よかったら、使ってくれ!

「ぞっ、贈答の、儀ーーーっ!!!」
「っ!!そちらも、ナイスですっ!」

天地神明の皆様と、創造主様方!
どうぞ見て下さいませ!じっくりと!
この人が、俺の…なっ、ナニ、ですから!

絶対に、誰にも知られなくないし、見られるなんて断固拒否だけど、
全宇宙に向かって、自慢したいような、矛盾したこのキモチ…もう、わけがわならない。

(イチャイチャって、実は凄く…)
(ハイカロリー消費…腹減った!)


一時間ぐらい泳ぎ続けたみたいな、不慣れなワタワタ感に、ちょっとだけグッタリ。
そろそろ落ち着こうと、ボトルの上に置いておいたシートで、しっかりおててふきふき。
乳白色のリング型スナックを、わざわざ1つずつ人差し指に引っ掛けながら、一時休憩。

いやもう、これだけで昨日のマステリングを思い出してしまい、頬が緩んでしまいそう。
それを誤魔化すため、できるだけ音を響かせて、しっかりゆっくり咀嚼。
その音すら、いつしか互いに同期し合い、動悸のペースも少しずつ落ち着いてきた。


「キリの良いとこまで終わらせてから、休憩すればよかったかも?」

何かマッタリしてきましたし、お腹も満たされてしまい、眠たいモードに…
あとほんのちょっとですけど、もう仕事なんて、正直イヤですよね、と赤葦は苦笑い。
両腕両脚をグググーっと伸ばし、怠惰でスミマセンと、壁に背中を預けた。
黒尾も同じように全身を伸ばし、首をコキコキ。肩を竦めながら、意外な言葉を放った。

「俺はむしろ、キリの悪いところで、終わらせるようにしてるんだ」

「えっ!?わざと、ですか?」
「あぁ。あえて、そうしてる」

あなたほど綿密に策を図る方はいないのに、何故そんな、中途半端なことを?
それとも、もっと深謀遠慮な何かが、おありなんでしょうか!?と、
興味津々にキラキラ輝く目で、じっと黒尾を見つめる赤葦に、今度は黒尾が苦笑い。
そんな大層なモンじゃねぇ…もっと怠惰なだけだろうからなと、四肢を投げ出した。

「『次』に取っ掛かりやすくするため、だ」

キリがいいとこまで終えてしまうと、次に仕事や勉強、家事や趣味なんかを始める時、
「さぁ、今日は何をやるか?」って、まず考えなきゃいけないのが、凄ぇ億劫でさ。
アレしなきゃ!あ、コレも!優先順位は…なんて考えてたら、それだけで疲れちまって、
結局、やっぱな~んもしたくねぇ~!って、ダラダラ重い腰を上げらんねぇんだよな~

でも、あとちょい!ってとこで止めてある、キリの悪いものが残ってたら、
それを放置すんのは気持ち悪くて、できるだけササっと片付けたくなるだろ?
「今日、まずやるべきことはコレ!」と、はっきり決まってる方が、初動がスムースだ。

「朝練前に完了!早起きするぞ!…ってな」


今日できることは、今日のうちにやっちまう方が、絶対に気持ちいいに決まってる。
スッキリ明日を迎えるために、面倒な事ほど早々に片付けたいのも、よくわかる。
だが、ノっている時こそ、ちょっと無理してでもやり切りたい欲望をグっと堪えて、
明日以降のために、あえて余力を残し、一度冷静になる時間も置いてみるんだ。

当然ながら、この『余力』としてあえて残すには、それだけの時間的な余裕も必要。
結果的に、全ての工程が前倒しになり、長い目で見れば、早め早めに片付いてるんだよ。

日頃は常に、上限80%までで止め、休む
突発的事項に対処できるよう、20%残す
そして、いざという時に、120%を出す

「昨日の残りから、今日の一歩をスムースに進める。あとは、慣性の法則だ」
「初動を早くすることで、その勢いを保って一日を過ごすことができる、と」

今日はもうヤだ~!って時に、自分をどうにか納得させて休ませる、言い訳にもなるし、
逆に、ヤりてぇ!っていう際限のない欲求を抑える、忍耐力養成と自己制御にもなる。
もちろん、皆が皆、この方法が適してるとは言えないが、少なくとも俺には…
俺と似た質実剛健タイプの赤葦には、結構使える『発想の転換』じゃないかと思うぜ?

「無理して、仕事を完遂させることより…」
「させずに我慢の方が…正直キツいですね」

お互い損な性分だよな~と、黒尾は軽やかに笑い、人差し指のリングを頬張った。
赤葦はその指をじっと見つめ、噛み締めるように大きく息を吸い、ポツリと呟いた。


「今まさに、指針を…見出しました」
「…ん?何か言ったか?」

「損な性分だったおかげで、俺の人生にとって、非常に大きなものを得られたな、と」

何事も自分の最大限を追求し、求められれば期待以上でお応えするのを、良しとすべし。
現在、これを可能だと傲慢にも思っていたのは、単に『高校生レベル』だったから。
大人になるに従って、早晩、限界を突破してしまい、心身共に壊れていたでしょうね。

「人生の行き先表示は、『労災』
薄々自覚し、危機感を覚えていました」

でも、俺と同じ貧乏くじ引きまくりの先輩から、『120%のための80%』を教わり、
視界がパッと開けたというか、心がスーっと軽くなった感じがしました。
この指針を見出せた一点で、損な性分で受けた中間管理職業務が、『役得』に変わった…
昨日仕事を終わらせず、今日も黒尾さんと残業できて、本当に良かったです。

あっ、もももっ、もちろん、その…もっともーっと重大かつ、深い深ーい意味で、
黒尾さんが俺の人生にとって、『特別』になったという点が、一番ですからっ!!
こんなにも大きなものを得られたなんて、役得にしても破格過ぎな気もしますけど。

「全然、損なんかじゃ…なかった、です!」
「っ!そう言われると…なんか照れ臭ぇな」

「貧乏くじは、どうしようもないですし?」
「おい。褒めるなら最後まで褒めてくれよ」

黒尾はリングをはめたままの人差し指で、赤葦のお鼻を、ぴんぽ〜ん。
すると、赤葦は一瞬だけ目を見開くと、目にも止まらぬ速さでリングに食いついた。
ポカンと口を開けて固まる黒尾を他所に、満足気にぼりぼり音を響かせた赤葦は、
あ、そう言えば…と、未だ呆然とする黒尾に、あっけらかんと言い放った。


「今日、ここに泊めていただけませんか?」
「は?とっ、泊まるって、な…ここっ!?」

「はい。この部室に寝ちゃ…ダメですか?」
「いや、ダメってことはないが、何で…っ」

突然のお願いに、黒尾は声が裏返るのを必死に抑えつつ、努めて冷静に…冷静にっ!
そんな黒尾にまるで気付かない赤葦は、淡々と事情を説明した。

「今日は合宿最終日前夜…お祭りです」


体育会系合宿恒例イベント。皆で溜め込んだモンを、一緒にスッキリ!というアレです。
今日は仲良しの猫も誘うぞー!って、張り切ってましたから、
おそらく今頃、猫梟入り混じり、スッキリ例大祭で盛り上がっているはずです。

「ノってる時、途中で止めるツラさ…」
「コレ以上のモンは、ない…だろうな」

参加するかしないかは、各々の自由。
でも不参加なら、せめて途中ぶった斬りの邪魔だけは、したくない…俺も男ですし。
コレばっかりは、キリのイイとこまでヤってしまわないと、どうにもなりませんからね。

「80%で止めるのは…」
「不可能な例…だよな」

とは言え、祭が終わるタイミングを見計らって帰るのも、実際問題として難しいですし、
終わったら終わったで、スッキリ大爆睡してるとこを、起こしてしまうのも申し訳ない。
がら空き状態の音駒(不参加組)部屋に、お邪魔させて貰うという方法もありますが、
こちらは更に深い眠りに落ちているはず…部外者の俺が起こしちゃマズいですから。

というわけで、最も合理的かつ俺の心情的に大正解なのは、ココにこのまま居ること…
『残業中に精魂尽き果てそのまま寝落ちしました』風を装うことだと、結論付けました。

「ココなら、外より安全ですから」

どうぞよろしくお願いします、と頭を下げ、麦茶で喉を潤す赤葦。
黒尾は残ったリングの欠片を、ザザーっと口の中に流し込んで、袋を片付けると、
麦茶でしっかり流し切ってから、大きな溜息を吐き、静かに口を開いた。


「『120%のための80%』策には、絶対に必要な『前提条件』があるんだ」

言うまでもなく、それは現時点の自分の状態つまり『100%』を、知っていること。
このラインがわかってねぇと、いい塩梅の加減なんて、そもそも不可能だからな。
これは、自分の技能向上と熟練…慣れていくうちに、徐々に身につくもんだろ?
どんなものでも、最初は失敗続き。自分を制御するだなんて、土台無理な話なんだ。

つまり…
ココが外よりも安全とは、とても言い切れない。むしろ、最も危険な場所かもしれない。

「俺だって…男だから、な」

ずっと惚れ込んでた相手と、運良く両想いになって、恋人同士になれたのが、つい昨日。
未だに夢見心地で、現実感もあんまねぇし、フワッフワに湯気と浮足が立ちまくり…
ようやく『恋人初日』の24時間が経過するかな?ってぐらいの、炊き立て新米さんだ。

昨日までの俺とは、明らかに違う。今の自分の状態を、全く測れていない。
そんな状況の中で、アッツアツの恋人と二人きり、しかも秘密のお泊まりだとか、
脳に血が回り過ぎて、ぶっ壊れて…ぶっ壊してしまわないか、正直怖ぇよ。

「では、俺に一切、お手を触れないように」
「無茶言うな。それこそ、100%不可能だ」


赤葦の真顔な提案を、大真面目な表情で即時却下した、黒尾。
潔いまでの脊髄反射的な断言に、言った本人は唖然、言わせた側はぶっと吹き出した。

「下心は、随分と素直みたいですねぇ~?」
「うるせぇ!そっちはえらく、余裕だな?」

生意気な!コノヤロ!!と、笑い転げる赤葦を捕まえ、両ほっぺを人差し指でグリグリ。
その指を赤葦はぎゅっと握り込み、動きを止めた黒尾を、真下からじっと見つめた。
笑顔から一転、真剣な表情で見上げながら、赤葦は静かに語りかけた。


「あなたは、俺が歩む道に指針を示して下さる、尊敬してやまない『先輩』です」

でも、『恋人』として歩む道は、俺ひとりじゃなくて、ふたり一緒に歩んでいくもの。
行き先の指針を見出すのも、その道を作るのも、ひとりじゃなくて、ふたりでしょう?

次にすんなり逢う口実を残すため、あえてキリの悪いとこでガマンしてみるも良し、
大まかな現状100%の位置を測るべく、なんやかんやキレるまでヤってみるも良し。
もしかすると、まさに今夜が、120%を出すべき『いざという時』かもしれません。

やっと、あなたのものに、なれたんです
やっと、あなたを、捕まえられたんです

やりたいことが、あるならば?
やるべきことを、やっちまえ!

「今、俺達ふたりで、やるべきことは?」
「恋人同士のイチャイチャ、一択だな!」


よくできました!と、赤葦は黒尾の頭を抱き寄せ、よしよしと頭を撫でた。
だが、その優しい手と、ふんわり包まれた腕から伝わってきた、ほんの微かな震えが、
黒尾の心を大きく揺さぶり…胸に迫り上がってきた熱が、逆に力みを抜いてくれた。

「『逢瀬中に精魂尽き果てそのまま寝落ちしました』風…が、大正解だったよな?」
「さすがです…が、その見慣れない優しい笑顔に、魂が先にヌかれそうでしたよ?」

それで、大正解ですから…
『ぴんぽ~ん』を、お願いします

見たことのない柔らかい微笑みを湛え、瞳を閉じた赤葦。
先程とは全く違う、期待に逸る拍動を伝えて来た手を、黒尾はきゅっと握り返し、
望み通りの『ぴんぽ~ん』を、微笑みの上にそっと落とした。




- 終 -




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2025/06/28