「赤葦、かーなーりー、疲れてんだな!
策士、策に溺れる…ってやつだぜ。」
敬愛してやまない師匠・木兎の嘆息に、日向リエーフ月島の愛弟子共は、キョトン。
目を合わせて首を傾げ、ほんのりと頬を染めながら目を夜空へ逸らし、ぽそぽそ呟いた。
「えーっと、そのっ、あの二人…
放っといても、大丈夫…デスカ?」
「フジュンコーユー、だっけ?
やんごとなき情事…じ、事情というか…」
「まぁ、赤葦さんといい勝負の策士が…
黒尾さんがついてるし、大丈夫デショ。」
愛弟子達の言葉に、師匠は遠い目。
そうじゃねぇ…全っっっ然、違うんだよと、乾いた笑いを浮かべた。
「黒尾だから、大丈夫。でも…
黒尾だから、大丈夫じゃない。」
*****
長期合同合宿、最終日の夜。
激務に激務を重ねている(継続中)赤葦は、一般人の目から見ても疲労困憊。
いつもは平然とし、微塵もそんな様子を見せないのに、これを隠すこともできていない。
目に見えてイライラしているなんて、実にレアかつ、危険極まりない状態なのは明らか。
今日は無理すんなよ~、早く寝ろよ~?
何なら、たまには全部サボって、どっかに逃走してもいいんだぞ~?等、
すれ違いざま、冗談交じりに労りの声をかけていく者も、いつもよりかなり多かった。
だがそれは、『一般人』に限った話。
他人より自分で精一杯なセンスの塊・日向&リエーフ。他人に全く興味がない月島。
そして、誰がどう見ても『一般人』の枠には収まらない、規格外の木兎。
方々に頭を下げまくり、自主練延長を願い出る赤葦の奔走に気付くこともなく、
消灯ギリギリまで「もう1回!」を連発した挙句、さぁ撤収!という瀬戸際になって、
面白いカードゲーム持って来たから、みんなでやろーぜ!と、体育館にぶちまけた。
「おい。10分後には閉めるぞ。食堂はあと30分、風呂は60分後に閉まるんだから…」
「あ、黒尾も入れよ!あ~でも、黒尾が入ったら圧勝だから、やっぱお前は審判な!」
見るに見かねた黒尾が、不機嫌を隠さず片付けろと言ったが、
木兎とその愛弟子達は、好奇心でキラッキラに目を輝かせ、カードを覗き込んでいた。
黒尾ですら、この師弟団が束になれば、まるで歯が立たない…見向きすらされない。
「いい加減にしろ。そろそろ…んっ!?」
黒々とした怒気を込めはじめた黒尾の声が、突然、驚きで途切れた。
さすがに(若干のビビりと共に)異変に気付いた4人は、カードから目を上げ…
黙々かつ猛然とこちらに突っ込んでくるモップもとい赤葦に、ビクリと背を震わせた。
「ヒィッ!!?」
「っっっ!!!」
カードと4人をまとめて『片付け』…ようとする寸前、赤葦は急停止。
手にしていたモップをバタン!と放り投げると、黒尾の首に両腕を回して引き寄せ、
少しだけ背伸びをして目を閉じ、そのまま…全員の息と時を止めた。
「ーーーっ!!?」
「っ!?!?!?」
このまま、ここで見てますか?
それとも、寝る準備に行きますか?
俺達は俺達で、好きなようにします。
貴方達も、どうぞご自由に。
黒尾と熱い抱擁等を交わしながら、チラリ。
唇は閉じたまま、艶を含んだ視線を流しただけで、言いたいことを饒舌に語った赤葦。
4人はゾクゾクっと全身を震わせ、散らばったカードだけを凝視して掻き集めると、
お邪魔しました…しませんっ!と絶叫しながら、文字通りに『脱兎!』で逃亡した。
「…ご協力、ありがとうございました。」
こうでもしないと、あの4人は絶っっっ対に動きませんからね。
いつもなら力技で追い立てるなり、説教なり何なりで『御納得』して頂くとこですけど、
お恥ずかしながら、俺の忍耐力やら何やらも既に限界突破…早々に片付けたかったので。
事前告知や承諾もなく、突然の暴挙で驚かせてしまい大変申し訳ありませんでしたが、
咄嗟に思いついた割には、手っ取り早く効果絶大。コスパも悪くない方法だったかと。
「実際には、寸止め…4人からは、そう見えなかったでしょうけどね。」
まぁ、鼻先と睫毛?前髪?は、軽く掠めちゃいましたけど、ご愛敬ということで。
それでは、さっさと片付け及び諸々を済ませて、残業…今日は寝られるといいですね。
「ありがとう、ございました…???」
4人が脱兎してから、きっちり10秒後。
赤葦は首に絡めた腕を放し、アサッテ方向へ視線を投げ、照れ隠しに早口で捲し立てた。
最後にもう一度御礼を言ってから、身を離そうとしたが、何故か密着が解けない。
赤葦の体を支えるため、腰に回されていた黒尾の腕に、囲まれたままだったのだ。
「黒尾、さん…?」
呼んでも返事はない。動かない。
これはさすがに、怒らせてしまったかもしれないと、今更ながら思い当った赤葦は、
慌てて頭を下げ、謝罪しようとしたが、その言葉を口から出せなかった。
「?………っ!!!!?????」
軽く掠める、ではなく。しっかり触れ合った、鼻先と睫毛。
寸止め、でもなく。寸時も止め処なく塞がれ続ける、唇。
腰に添えられていただけの腕は、いつしか背を掻き抱き、後頭部を撫で押さえていた。
(ーーーっ!!?)
時の止まった体育館に響く、衣擦れ音。
鼻から抜ける甘い呼気が、互いの唇を更に熱く滑らせ、体温を上げていく。
決して強引ではないが、触れ合う部分から、揺るぎ無い想いをストレートに伝えてくる。
(俺、こんな凄いこと、しようとして…っ)
『寸』止めるか、止めないか。触れるかふれないかで、ここまで世界が激変するのか。
フリはあくまでもフリ。寸前と寸後?では、天地がひっくり返るほどの違いがある。
(全部、黒尾さんに、溶かされそう…)
意識も感覚も、蕩け始めた中。触れ合う角度を変える一瞬、すれ違う視線。
コスパも悪くない?本当にそう思うか?
化け猫を、起こしちまったみてぇだが?
似たような役職、似たり寄ったりの性格
同じように超過業務で、同じく疲労困憊
とっくに限界突破なのは、俺も全く同じ
忍耐力?そんなもん、今、全部お前に…
あまりにも近すぎて?熱で潤んで?焦点なんてまるで合わないけれど、
焼けるようなその瞳が、言わずもがなと言わんばかりに、語りかけてくる。
(逃げ、られ…ないっ)
(逃がすと…思うか?)
絶対に捕らえて離さないと、黒尾の視線は強く主張している。
だが、捕らえ続けるその腕や指先は、むしろ縋りつくかのように、微かに震えていた。
(このギャップは、狡い…っ!!!)
同じ強さの視線を逸らさぬまま、赤葦も再度腕を伸ばし、恐る恐る背を掴み返した。
すると、その瞬間…ふわり。
黒尾は相好を崩し、文字通り赤葦にしがみ付きながら、ズルズルその場に腰を落とした。
しばらくそのまま凝固し、巨大な熱いため息を盛大に吐き出してから、ボソボソ。
「えーっと、その、これは…片想いが実ったと解釈しても、問題ないやつ、デスカ?」
「あの、ここは…ようやく策が実ったとか、見栄張った方が、体裁がいい、デスヨ?」
「そんな余裕、あるわけねぇよ。」
「堂々と、そう言われましても。」
「凄ぇコトしちまったな、と…」
「今頃…ビビってきましたか?」
微笑みを漏らし、ストンと力を抜く。
ツンツンの髪を、ポンポン優しく撫でると、黒尾は赤葦の両脚を更に強く抱き込んだ。
「自分を、抑え切れなくて…悪かった。」
シュン…と猫耳を伏せ、上目遣いにチラリと見上げながら、ごめんなさいのポーズ。
ホンットーーーに狡いっ!と思う間もなく、赤葦は黒尾の猫毛をわしゃわしゃ撫で回し、
両手で頬を救い上げ、ギュっと目を閉じて…鼻と鼻をそっとスリスリ。
「こちらこそ、これで…おあいこ、でっ」
ここに至ってようやく、『事の次第』をはっきり自覚した赤葦。
みるみるうちに全身を赤く染め、ヘロヘロ…膝からその場に崩れ落ちた。
黒尾は赤葦を全身でしっかり抱き止めると、ポンポン背中を撫で返した。
うわぁぁぁ〜っ!と、猛烈に湧き上がる羞恥に耐えかねて、黒尾の胸に潜り込む赤葦を、
黒尾はゆっくりポンポンし続け…震えが収まるまで待ってから、耳元にそっと囁いた。
「赤葦。今日も…おつかれさん。」
「っ!く、くろお、さんも…っ!」
今この場で言うべき『最適の言葉』は、これじゃないかもしれない。
でも、今の自分が一番欲しかった『最高の言葉』こそ、まさにこれだった。
「本当に、毎日ご苦労さま、ですっ!!」
「あぁ。二人共、よく頑張ってるよな。」
愛を語らう言葉よりも、互いを労う温かい言葉の方が、心の奥深くに沁み入る時がある…
同時にその『大発見』に辿り着いた二人は、柔らかく微笑み瞳を閉じると、
頭、髪、おでこ、頬、鼻、そして唇…互いの労苦と頑張りを、優しく慰め続けた。
「こういう、和やかで安らぐ関係に…」
「お前と、なりたかった…みてぇだ。」
嘘から出た真ならぬ、極限状況になってようやく出てきた、核心。
偶発?暴発?的な事態が重ならなければ、自分の本心にも気づけなかったかもしれない。
見つめ合い、頬を寄せて。
キスを贈り、微笑み合う。
「このまま、ここで…魅入ってますか?」
「それなら、寝る準備を…しに行くか。」
「俺は俺で、好きなようにしますね?」
「どうぞどうぞ。俺も自由にするぜ。」
寸止め時の視線になぞらえて、赤葦は冗談めかして言ったのに、
黒尾は真顔で返すや否や、赤葦をひょいと抱え上げ、大股で体育館の奥へ歩き始めた。
「えっ、ちょっ、どどどっ、どこへっ!?」
「体育館ド真ん中は、ちょいマズいだろ?」
「まっ、まだ、肝心の言葉を、頂いて…っ」
「これからた~っぷり言うし…言わせる。」
よーっし、何なら、今すぐこの場で…
体育館の中心で、愛を叫んでやろうか?
今の俺は、無敵…怖いものなしだからな!
「赤葦ーーーっ!お前が、す…っ!?」
「おーれーもーですーーーーっ!!!」
*****
「ん?何か言ったか~?」
「いや、別に。空耳でしょ。」
遠く離れた体育館から、誰か達の絶叫?が、うっすらと聞こえたような気がしたが、
最後尾を歩いていた月島が、遠い遠~~~い目をして『空耳』だとキッパリ断言した。
そのやけに『キッパリ』具合に、日向とリエーフは再びキョトンと首を傾げ、
一番先を歩いていたはずの木兎は、満足気に飛び跳ねながら、鼻唄を歌い始めた。
師匠の嬉しそうな姿に、愛弟子はコッソリ頬を緩めると、夜空に向かって静かに呟いた。
「策士、策に溺れる…というよりは、
策士、欲に溺れる…なんじゃない?」
- 終 -
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2024/09/08