バッタリ。
普段なら嬉しい偶然の出会い。お互いの縁に手を取り合って喜ぶシーンだ。
だが、人生には『今だけは絶対にダメ!』というタイミングもある。
出会う、じゃなくて、出遭う…災害クラスの不運としか言いようがない。
(何で、今…っっっ!)
*****
「おーい、大丈夫か…?」
「大丈夫…に見えます?」
「いや、愚問だった。」
「見たまんま、です。」
閑静な住宅街を、ふわふわ浮足立って歩く。
歓喜で足取りが軽くなるのとは、真逆。地に足がつかない、要注意喚起の方だ。
少し前を歩く、黒尾さんの革靴だけを凝視しながら、右手と右足が同時に前へ。
今、必死に、普通の歩き方を思い出すことにより、他に注意を逸らせているところだ。
「吐きそうなら、遠慮せずに言えよ?」
「吐くものなんて、何もありません。」
俺は、試合や試験前に『集中』はしても、どうやら『緊張』はしないタイプらしい。
何をどうやっても、普段以上ができるわけはないのだから、普段通りやるだけ。
高揚感や焦燥感を覚える場面は、勿論ある。不測の事態等が起こった時…だが、
その『不測』具合も、試合や試験程度では、ある程度の範囲内に収まる。
だから、自制できない程の状態…『緊張』とは種類の異なるものだと、わかった。
(昨日、初めて…わかった。)
俺は昨夜から、緊張のあまり、何も喉を通らない状態が続いている。
自分でも緊張するんだなと、人生初緊張体験中にも、冷静に感嘆していた。
冷静なのは、落ち着いているからではなく、意識そのものが浮ついているから。
手足の指の感覚すら、覚束無い。ネクタイだって、黒尾さんに結んでもらったし。
「そんな、ガチガチに緊張しなくても、いいんだぞ?ウチの方は、大丈夫だから…」
「…と、同じことを黒尾さんに軽く言った先週の自分を、ぶっ飛ばしたいですね。」
ちょうど一週間前。
俺達は今日と同じ一張羅のスーツに身を包んで、似たような住宅街を歩いていた。
行先は、赤葦家。目的は、『御挨拶』…つまりは、そういうコト。
周りの友人知人には、俺達のことは特に何かを言ったことはない。
消極的な極秘というか、交友関係の多くが共通している同業他社ゆえ、
わざわざ改めて「実は、ですね…」と、自分達から言い出すのも、まぁ、アレかと。
だが、早い段階から双方の家族に紹介済だったし、両家共、既に『察して』いるはず。
特に黒尾さんは、ウチに何度も遊びに来ているし、両親とも(俺以上に)仲良しだ。
だから、赤葦家への『御挨拶』も、いつも通り朗らかな時間を過ごして帰っただけ。
…だと、思っていた。
実家を辞し、最寄駅に着いた途端、黒尾さんは全力で改札を抜け、お手洗いへ突撃。
溜まりに溜まった緊張が遂に限界を超え(やっと解けて?)、胃を空っぽにしていたのだ。
「黒尾さんでも、吐くほど緊張なさることがあるんですね~意外な大発見です。」と、
暢気にお茶を渡していた、一週間前の自分。コイツもホント、ぶっ飛ばしてやりたい。
俺なんて、まだ黒尾家に着いてもいないというのに、頭が空っぽになりかけている。
(人間、緊張で死ねるかもしれない。)
そう、つまり…そういうコト、なのだ。
目的は同じ『御挨拶』だが、行先がウチ『じゃない方』の、道中真っ只中。
道中というより、五里霧中というか無理夢中というか、人生最大の難所目前。
(人生の崖っ淵じゃ、ありませんように…)
「コンビニで、トイレに行っとくか?」
「出せる水分、一滴も残ってません。」
「何か飲んだ方が、良くねぇか?」
「生唾ですか?それとも息の塊?」
「…そこの角を曲がって、三軒目だ。」
「了解です。覚悟、決めときます…っ」
執行猶予期間を告げられ、拳を固く握る。
平坦な道のはずなのに、一歩進む毎に、標高が上がって酸素が薄くなるような。
着いたぞ~という、努めて力みを抜かせた声が、天の方から聴こえてくる、みたい?
凝視し続けていた、黒尾さんの裾。その少し上、尻ポケットから鍵束を引き抜く音。
(最後の、呼吸を…っ)
いや、最後って何だよ。息、吸わなきゃ。
キンキンに冷えた肺に、無理矢理にでも酸素を補給しようと、軽く頭を上げた…瞬間。
黒尾さんが鍵穴に鍵を差し込む寸前、玄関扉が内側から勢いよく開かれた。
「うぉわぁっ!!!?」
「ーーーーーっ!!!?????」
予想外の出来事に、黒尾さんの心臓が飛び跳ねる音が響き渡った。
あ、俺の心臓が止まる音、かも?
息の根が止まりかけた俺の意識を、すんでのところで辛うじて引き止めたのは、
この『不測の事態』を起こした、玄関からのバッタリ闖入者の…声、だった。
「あ、おかえり~」
「なっ、何で、お前…帰省、して…っ」
「帰省って、大げさな。近所じゃん。それに、俺はただ、お届け物に来ただけだし。」
「と、届け、物…?」
鉄君が写ってる写真、持ってない?
お隣が、ちょっと貸して欲しいってさ
子どもの頃の写真、ウチに残ってる?って
何でだろうね~?大事な御客様、かな~?
「…って、先週末、実家から嬉しそうな電話がきた。だから、持って来た…『だけ』。」
仕事用じゃないスーツ、持ってたんだ~?ネクタイも、珍しくセンス良いじゃん~?
あ~、誰かさんからの贈物かな~?それともその誰かさんとお揃いで買ったのかな~?
あれ~?クロが誰かと一緒に『実家に帰省』だなんて、すっっっっごいレアだよね~?
ビシっとキメた『大事な御客様』とやらに、俺も『御挨拶』しとこうかな~?
「…久しぶり。
こんなトコで『バッタリ』出会うなんて、奇遇だね。」
「あ、馬鹿!余計なこと、言うな…っ!」
真っ白に染まる、景色。薄れゆく、意識。
慌てて俺を抱きかかえる、黒尾さんの横を、じゃあね~と通り過ぎる、影…
『…おめでと。』
俺が覚えているのは、すれ違いざまに聞こえた『空耳』と、雨?に滲んだ青空。
そして「まさかのお姫様抱っこで登場!?」という、誰かの爆笑だった。
- 終 -
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2024/06/17