蜜之果実

   ちょっと時間、作ってもらえねぇか?
   相談に乗ってもらいたいことが、あるんだ。

黒尾さんからそう頼まれて、断る理由などない。
1ミクロンの迷いもなく、そう思っていたけど…

   (来るんじゃ、なかったっ!!!)


今年の夏の、合同合宿から。
秘かに想い続けていた人と、幸運にもお付き合いできることになって、早…2ヶ月程?
毎週末のように梟谷グループの練習試合で顔を合わせたり、事務方窓口として声を聴いていたが、
業務外で(二人きりで)お会いしたり、ゆっくり電話をする機会など、あるわけがない。

勿論、短文メッセージは随時送り合っている。
それでも、お花や街角、お食事の写真と共に、五七五を添える程度のことだ。

   (色気なし 惚気もなくて 食い気のみ    京治)


朝夕が冷えるようになり、人肌が恋しい季節と称される頃になって、さすがに少々焦っていた。
このまま冬を迎え、春高が近付いてくると、更に連絡が取り辛くなってしまう…
気温低下よりも早く、自分達の仲が凍り付いてしまうんじゃないか、と。

そんな中、黒尾さんから届いた、くだんの連絡。
要件はともかく、二人きりでお逢いすることの方が、今の俺にとっては最重要。
その目的が果たせるのなら、口実(相談?)は何だっていいじゃないか!何でもウェルカム!!

全力疾走で向かった、待ち合わせ場所。
浮かれる心と足を何とか地に付け、ご挨拶。だが、黒尾さんから『口実』を聞いた直後…
俺の気分は地面を突き抜け、どん底に墜ちた。

「今日、研磨の誕生日なんだ。
   何をやればいいか、迷っちまってさ~」


あぁはい、そうですか。
可愛い可愛い幼馴染サンの、大事な大事なお誕生日ですか。それはそれは、お優しいですね~
ご予算…今年は1,700円(税込)迄?成程、年々上昇するシステムですか。実に黒尾さんらしいですね~
え、日用品と食べ物どちらがいいか?そんなの、下さる相手との関係性によりますけど?
昨年ですか?ウチの先輩方からは、舐めても大丈夫なリップクリーム(いちご味)を頂きましたね。

「おい。どういう関係性だ、それは?」
「なめてんじゃねーぞ、でしょうか?」
「いちご、好きなのか?味は…どうだった?」
「特には。味は…母にあげたので不明です。」
「りんごとみかん、どっちが好きだ?」
「強いて言うなら、なしが好きです。」

幼馴染サンは、りんごがお好きなんですか。へぇー知りませんでした。
アップルパイ?俺は甘味全般が苦手ですし、熱の入った果物も、シナモンも嫌いですね。
というより…大好物をご存知なら、それを差し上げれば万事解決じゃないですか。
1,700円じゃホールを買えない?俺、ケーキ類を自分で買ったことないんで、相場を知らなくて。
いっそ、円型のモノに入ったりんご味の何か…『アップルパイ(π)』とかにしてみては?

「それ、すげぇナイスアイディアだな!」
「いえ、ただのオヤジギャグですけど。」

何かを思いついたらしい黒尾さんは、じゃあアレにするか!と、ニヤリ。
その辺ぷらぷらしながら、ちょっと待っててくれよ~と、どこかへ走り去った。


取り残された俺は、言われた通りに…ぷらぷら。
山と積まれたカラフルなイロイロを横目に、モヤモヤを募らせていた。

   (初おデートで、お買い物…)

普段はまるで目に留まらない雑貨を見て、どうでもいいことを二人でお喋りして。
何も買わなくても、ただそれだけで、物凄く新鮮で楽しいのに…嬉しくてたまらないはずなのに…

   (何なんだ、この…これじゃない感。)

目的がある方がつまらない買い物が存在するなんて、生まれて初めて知った。
別に、幼馴染サンのことが嫌いなわけでも苦手なわけでもない。これっぽっちもない。
ただ、もしできることなら、できるだけ目に入れたくないだけ。それだけ…だっ!

今日も、幼馴染サンが誕生日だったおかげで、お逢いできる口実になったという一点のみでは、
りんごのタネ(青酸の毒物含有)ぐらいには、感謝してやらなくもない気がする。
とは言え、初おデートの目的が、よりによって幼馴染サンってのは、なんかもう…

   (妙に、腹立たしいっ!!!)

その辺にあったものを、ガっと手に取り、黒尾さんの居ないレジへ向かい…人生初の、衝動買い。
焼きおにぎりができるフライパン?型?を眺めながら待っていると、黒尾さんが戻ってきた。


「何だ、そういうのが、欲しいのか?」
「いえ、興味をそそられただけです。」
「何か、怒ってんのか?ぶんむくれて…」
「別に…ぶんむくれてなんかいません。」

「待たせて…悪かった。付き合ってくれて、サンキューな。おかげで、いいのが買えたよ。」
「それはよかったですね。それでは、俺はもう用済み…もう遅いですし、撤収しましょう。」

黒尾さんの返事も聞かず、早歩きでエスカレーターの方に向かい…
数歩進んだところで、クルリと踵を返し、手にしていたものを黒尾さんに突き出した。

「えーっと、何だ、コレは?」
「お誕生日、でしたよね!?」

今日が終わらないうちに、さっさとプレゼントとコレを持って行ってあげて下さい!
この季節に相応しく、血みどろのドクロとゾンビのグミですけど、ちゃんとりんご味ですから!
あ!絶対に、ぜーーーったいに…コレは俺からだと幼馴染サンには言わないで下さいお願いします!

「それでは、失礼致します!おやすみなさい!」

ペコリと頭を下げ、そのまま顔を見られないようにターンし、階下へ…
くだりのエスカレーターに乗ろうとした瞬間、後ろから強い力で腕を引かれ、
そのまま後ろ向きに数メートル移動…誰も居ない非常階段脇の植栽裏へと連行された。


「な、なにを…っ」
「…嫌だ。」

「…は、ぃ?」
「絶対に、ぜーーーったいに、嫌だっ!」

赤葦から研磨へ、誕生日プレゼント…だと!?
冗談じゃねぇぞ…俺だって、まだお前から、飴ちゃんのひとつも貰ったことねぇのに…っ!
了解しました~お預かりしますね~とか、たとえお前からの頼みでも、聞けねぇっつーの!

「研磨には、渡せねぇ!コレは俺が…貰う!」


ドクロ&ゾンビの毒々しい甘味を後ろ手に隠し、頬を膨らませてソッポを向く黒尾さんに、
俺は完全に毒気を抜かれてしまい…思いっきり噴き出した。

「まさかとは思いますけど…嫉妬、的な?」
「うるせぇ!笑いたきゃ…笑えばいいさ!」

「笑いません…いえ、笑えま、せん…っ」
「えっ!?あ…おい、ちょっ、っ…!?」

ヘロヘロ…その場に崩れ落ちそうになる。
咄嗟に支えてくれた黒尾さんの腕にしがみ付き、胸に顔を埋めながら、慎重に言葉を選んた。

「俺も、同じ…ですから。笑えません。」

幼馴染サン用の誕生日プレゼントを選ぶのが、初めてのおデートの主目的…
俺が感じていたモヤモヤも、きっとそれと同じ…ぅぅぅっ、羨ましかった、風味のやつかと。
納得も理解も断固拒否ですけど、一番蓋然性の高い答えは、ソレっぽいと…合点がいきました。
黒尾さんの方も、似たり寄ったりだと判明し、心底安心したと言いますか…

「今、頬のニヤニヤを止められませ…んっ!?」


ぼそぼそ暴露している途中、黒尾さんの方から強く抱き締められた。
自分から抱き付いておきながら、突然?の抱擁に驚いた俺は、ガッチガチに凝固。
しばらく二人でそのまま固まり…少しだけ力を抜いた黒尾さんが、ぽんぽんと背を撫でてくれた。

「今日の、おデートの、主目的は…」

研磨の誕生日なんてのは、ただの口実。
プレゼントはとっくに、部員達でワリカンしてアップルパイを贈ってきたよ。
真の目的は、来るべき日のために、お前の好みを知ること…誕生日を聞き出すこと、だった。
何を?どころか、いつ?すら知らねぇとか、情けなさすぎだろ。だから…

「コレは、今日付き合ってもらったお礼だ。その代わりに、誕生日を教えてくんねぇか?」


ポケットにそっと入れられた、小さな包み。
チラっと見えた袋が、このお店と同じカラーだったから、おそらく今まさに買ったものだろう。

   中身が何かは、わからない。
   そんなことは、どうでもいい。
   今の俺に必要なのは…コレ、だ。


「なみ…鼻水を拭く、ティッシュも下さい。」
「もう手遅れ…俺の制服に、染みてねぇか?」

ふわりと脱力し、笑みを溢す黒尾さん。
その背に、指先でそっと4桁の数字を記すと、俺の背にも、同じように4桁の数字…
ひと月程先の日付が、遠慮がちに返ってきた。


「甘味より ご飯の御伴を 希望します    鉄朗」
「それならば 一緒に夕飯 どうですか    京治」




- 終 -




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2023/10/16 ETC小咄