再再暗理





再再暗理




「週半ばの、電話中みてぇな気分だな~」
「むしろ、これを再現するための電話?」


音駒での猫梟合同合宿。
いつものように、時間ギリギリまで自主練に精を出し、部員達を食事や風呂に追い立ててから、
黒尾と赤葦の二人だけで、居残りお片付け。その方が断然、早く終わる。
本当は、周りにもちゃんと仕事を分担し、要領を教えた方が良いとわかっているが、
部下(上司?)をじっくり育てるまでの余裕は、さすがの二人にも残っていなかった。

「典型的な、ダメダメ上司だよな~」
「損な性分、過労死コースですよね」

猛ダッシュで体育館の対角からモップをかけ、掃除機で集めた塵を吸い、コードをくるくる。
完璧なまでの最短時間コンビ技に、お互いハイタッチ。その勢いのまま、電気を消して鍵を閉めて。
さぁ、俺達もメシ&フロ!今日もお疲れ様でした!と、再ハイタッチで体育館前で定型文を言いかけた時、
あ、しまった!と黒尾は体育館脇に視線を送り、ハイタッチ予定を額に当てた。

「洗濯したビブス、干したまんまだった!」
「明日用のですか?取り込み、手伝います」

「助かる!赤い方は、黒い袋に入れてくれ」
「了解です!黒いのは、逆に赤い袋ですね」

合同合宿や練習試合では、正式なユニフォームを着る代わりに、練習着の上からビブス(背番号入りベスト)を着用する。
メッシュで風を通しやすく、割とすぐ乾くが、吸った汗の強烈な匂いをぶっ飛ばすためには、強力な洗剤で洗濯&天日干し必須。
今日使ったものを、サッと洗って明日もゲーム中に使うだなんて、文字通りに『無理ゲー』な話。
合宿で連日使う時に備え、各校最低でも色違い4セット以上(+リベロ用)は揃えておかなければ、間に合わない。

「さて、参謀殿。作業最適化の案は?」
「外す係と、入れる係。では、開始!」

赤葦の合図で、黒尾はビブス袋を赤葦の伸ばした左腕にぶら下げ、洗濯ばさみ入れ籠を自分の左腕へ。
そして、端から洗濯ばさみを外して籠に放る間に、赤葦はビブスをスルリと袋の中へ収納。
流れるように横へ横へと移動しながら、30枚ほどをあっという間に取り込み完了!

「っしゃ終わり!タイムは!?」
「凄いっ!!1分5秒です!!」

「俺ら、仕事デキすぎじゃね!?」
「完璧なコンビネーションです!」

嬉しさのあまり、ジャンプしながら両手でハイタッチ。
驚異的記録もさることながら、面倒臭い追加雑務が一瞬でわくわくゲームに変貌したことに、二人で大喜び。


黒尾は屈託のない笑顔で、親指をグっと立てた。

「俺、赤葦とだったら、仕事も雑事も家事も、何だって楽しめそうだ!」
「全くの同意です。仕事と共に、『相性最高の証明』も終わりましたね」

赤葦も親指を立て、ふわり。朗らかな微笑みを零した。

(っ!!!?)


つい数日前の電話中、イヤホンから聞こえたのと、字面は全く同じ言葉だったのに、
その時は心地好く聞き流した眠そうな声(略して『ねむボ』)とはあまりにも違い、黒尾は唾を飲み込んだ。

(その笑顔で、そのセリフっ!?)

「直接の、衝撃っ」
「え、何ですか?」

「きゅうり・えだまめ・だしまき卵!!」
「略してQED、酒と相性最高の証明?」

証明する必要もない、全宇宙の定理だよな!と、黒尾は慌てて誤魔化し顔を逸らせると、
俺は今日の汚れ物を持つから、赤葦は取り込んだキレイな方を、一緒に部室まで運んでくれないか?と頼んだ。
お安い御用ですと快諾しつつも、黒尾の不思議な表情に首を横に傾げたが、すぐに赤葦は「あ!」と何かを思い当たり、
ニヤリとほくそ笑んで艶っぽく視線を流した。

「急にキた・笑顔に胸が・ドッキドキ?」
「わかってんなら、QED川柳ヤメロ!」

「俺も全く、同じですから♡」
「七七、下の句暴露に絶句♡」

こんな状況でも、明るい笑いに変えてくれる機転に、心の中では盛大に感謝しながらも、
こうやって笑いにオチついてしまうせいで、なかなか先に進めない疑惑もあるような?と、お互い苦笑い。
なぜか競歩で部室へ向かい、洗濯物を抱えた肘で脇腹をツンツン。鍵を回し扉を開く音に隠すよう、ボソボソ。

「求愛し・えっちぃコトして・デート後に」
「時系列が逆、欲望ダダ漏れ!はい字余り」

「ここまで証明しても、まだ言えません?」
「この流れで言ってもいいなら、言うぞ?」

スル~っと言えるわけなど、ない。
お互いの気持ちが、お互いの方を向いていることは、おそらくきっと多分かなり蓋然性高め、かもしれない。
キュンとしてますを・エンリョなく・ダイレクトに、自分は勇気を振り絞って伝えているつもりではあるが、
相手もそうとは限らないし、しかもこの腹黒智将(狡猾参謀)だから、ホントのトコロが全くわからないのだ。

「思わせぶりって、罪だよな」
「脈ありげも、同罪ですから」

(臆病なヘタレで、ゴメンな?)
(素直じゃなくて、申し訳なく)

二の腕同士を、そっと触れ合わせて。
二人は真っ暗な部室の中へ、同時に足を踏み入れた。



*****


「こちらに、そのまま置けばいいですか?」
「おう!その隅っこらへんに、ポンと頼む」

合宿中の残業部屋こと、打合せで何度か訪れている、勝手知ったる御猫様の巣。
暗闇に目が慣れないうちでも、赤葦はユニット畳の位置を正確に把握し、その端にビブス袋を置いた。
いくら合宿中とはいえ、こんな時間に部室へ出入りしていることがバレるのは、あまり好ましくないからと、
黒尾は部屋の電気は点けずに、常備しているLEDランタンをロッカー内に置き、ほんのり間接照明風にした。

「塩?醤油?」
「当然、両方」

お駄賃代わりに、きっともらえるはずと確信していた、黒猫の虎の子こと、堅焼煎餅。
お邪魔しますと靴を脱いで畳に上がりながら、備品棚のウェットティッシュを2枚引き抜き、うち1枚で手をふきふき。
残り1枚を渡すと同時に、塩煎餅が1枚渡されて。それを半分に割って渡すと、醤油の半分が戻ってくる。
最奥の壁に並んで背を預け、足を投げ出して座り、同時にいただきますを唱和。バリバリ咀嚼をセッション。
一挙手一投足が、滞りなく流れ、何の摩擦もストレスも感じない。まるで自分といるかのような感覚だ。

「ん~、何だろな、この、妙な安定感?」
「ホッと緩むというより、ダラっと感?」

ぬるくなったペットボトルの緑茶をシバき、小腹を満たすと、二人そろって大あくび。
食事や風呂どころか、仕事だってまだ残っているのに、緊張感が一気に抜けてしまった。
黒尾はズルズル腰を滑らせながら自分のロッカーに手を伸ばし、大判バスタオルを引っ張り出すと、
クルリと丸めて首の下へ差し込み、そのままゴロリ。
ちょっとだけ休憩しようぜ~と、あくびがてら真横をポンポン叩くと、すぐさま赤葦もゴロリと寝ころんだ。


そのまましばらく、無言の時間
ぼーっとするだけ、何もしない
自分一人だと、思考が悶々滞るのに
二人一緒の時は、滔々と流れてゆく

残業後の体育館裏で。打合せの部室で。
合宿中の張り詰めた神経を、程よく休めるかのように、いつの間にか定着していた、ゆったり時間。
最初は激務のあまり、お互いその場に撃沈しただけだったが、偶然にもリフレッシュ感を大発見。
以後、自然とこの『無の時間』を欲するようになっていた。

「週半ばの、電話中みてぇな気分だな~」
「むしろ、これを再現するための電話?」

お互いに質実剛健タイプで、周りからは面倒臭がられるぐらいの堅物だという自覚は、ある。
だから、こんな中間管理職が適任とみなされている説もある。
猫と梟のまとめ役、と言えば聞こえはいいが、融通の利かない目付け役扱い。
二人が一緒にいると、幼馴染や規格外を除くと、あまり人が近寄って来ない。

(面白味なんてねぇし)
(扱いづらいですよね)

だが、その実態は真逆。
二人っきりの時は、ガッチガチの真反対で、ユ~ルユルだなんて、当人達すら予想外。
まさかの『似た者同士≒相性最高』だったのだ。

「限界寸前に、『無』になれる幸せ」
「これがあるから、がんばれますね」

「ビブス畳むの、実は難しくねぇ?」
「ツルツル滑って、難儀しますよね」

もうちょっとだけ、この時間に浸って。空っぽにしたところに、お互いの存在を満たして。
気力を充実させてから、一緒にもうひと踏ん張りしよう。
言外にそれを伝え合い、ふわぁぁぁぁ~と腕を大きく広げて、再々の大あくび。

「ぅぐっ!!だ、大丈夫かっ!?」
「ぃたっ!!す、すみません!!」

自宅の布団の中での、まったり電話中の感覚で、いつものように伸びをしてしまったら、真横にクラッシュ。
お互いの頭と顎に、勢いよく肘をぶち込んでしまい、悶絶…するよりも先に、相手への心配&謝罪。
わたわたしながらも、黒尾は赤葦の頭を両手で包み、赤葦は黒尾の頬に両手を添えて、労わるように撫でた。


((っっっ!!!))

仄かな蝋燭色だけが灯る、暗闇の中
寝転がって寄り添い、互いに触れて
息を飲む音さえ聞こえる、急接近に
無の時間が止まり、『無我』の刻へ

お互いの表情は、ほとんど見えないけれど、手に触れた温もりと柔らかさ、
頬に当たる呼気の潤いに、じわじわとした痺れに似た熱を感じ合う。
二人の間に漂い始めた、トロリとした甘い空気に、少しずつ頑なな何かが絆されていくのが、わかった。

(間違いなく、今、だな)
(今、この刻しか、ない)

ほんの少しずつ、距離を縮めながら。
近づいた分だけ、声のトーンと速度を落とし、一言一言かみ締めるように、こそこそ伝え合う。

「今こそ、自分の声で、直接伝えねぇと」
「きっと十年後も、今のまま、ズルズル」

「仕事の打合せで、毎週会ってんのに?」
「相性抜群の相棒、兼、老夫婦感満載?」

「うっわ、アッサリ脳内ビジョン見えた」
「予定調和、ありきたりの未来図ですね」

うん。そういう穏やかな未来も、全然悪くない。パラレルワールドとしても、間違いなく幸せだろうな。
そう思ったのが、お互い思いっきり顔に出てしまい、思わず苦笑い。気を取り直すように、お互いを強く擦る。

「あー、そういう雰囲気は、最終目的で!」
「人生の理想なので、今はお取り置きで!」


期待と緊張、それよりもはるかに大きな恐怖で震える心身を必死に抑えながら、
黒尾は揺れる赤葦の頭をそっと抱き寄せ、ふわりと優しく包み込んだ。

「俺の、唯一無二。全部溶けそうだ…京治」

来週半ばの、電話の時まで
俺の熱と声を、忘れないでくれ

溶け合うように、ぎゅっと抱きしめて。黒尾は赤葦の耳元に、想いを込めた言葉を囁いた。
赤葦はゾクリと盛大に背を震わせてから、黒尾を支えるように頬を引き寄せ、瞳を閉じた。

「とっくに溶けてます。最愛の…鉄朗さん」

思い出す必要が、ないくらい
俺の熱と声も、溶かし込んで下さい


「次の電話後は、寝られなくなりそうだな」
「二人で夜更かし、素敵な未来図ですよね」




- 終 -




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※パラレルワールドの未来図
→『猫梟合宿?~大浴場?~』


恋する動詞111題『29.抱きしめる』


2026.06.06