接続遠慮

「あ、そういやぁ、来週なんだが…」


毎週金曜恒例の、売れっ子漫画家&担当編集者&普及事業部の打合せ兼、宅飲み会。
今週も宇内先生宅のリビングで、ぐだぐだくだを巻きながら、3人はごろごろリラックス。
おつまみも終電もとっくになくなり、そろそろ寝落ちするぞ~と、片付けを始めた黒尾が、
3人分のお冷を持って来た赤葦に、カレンダーを指差しながら口を開いた。

「ちょいと遠出なんだ。帰りは土曜日の晩…」
「えー!ヤだ!来週、飲み会ナシなのっ!?」

黒尾の言葉に、ソファーに転がっていたはずの宇内先生が跳ね起き、黒尾に飛びつき…
黒尾は平然と宇内先生をそのまま抱え、よーしよしよしと背を撫でてあやした。

「しょうがねぇだろ、出張なんだから。」
「ヤダヤダヤダ!ぜ~ったい、ヤだっ!」
「ちょっと、宇内さん。ワガママは…っ」

黒尾さんスミマセン!と謝りながら、赤葦は張り付く宇内先生を引き剥がそうとするが、
どこにそんな力があったのか、まるでビクともしない…黒尾の胸に顔を埋め、イヤイヤを続ける。

「来週は赤葦と二人で、美味いもん食いに…」
「ヤだ!黒尾さん居ないと、寂しいじゃんっ!」

「…っ!!」
「…っ!!」


宇内先生のワガママ大絶叫に、黒尾と赤葦は目を見開いて凝固。
何の反応も返って来ないことに、宇内先生はキョトンとした瞳で顔を上げ、首を傾げた。

「何で二人共、固まってんの?」
「っ!?い、いえ、別に…それよりも宇内さん!そんなこと言ったら、黒尾さんに御迷惑が…っ」

「何で?寂しいって言っちゃ、ダメなの?」
「ダメといいますか、いい大人が…っ」

「どうせ俺は、おこちゃまですよーだ!」
「あ、こら、またそんな、引っ付いて…っ!」

再び『世界一安全な場所』こと黒尾の胸に潜り込むと、ぼそぼそうだうだ…
酔った勢いで子ども返りしたかのように、ワガママ言いたい放題タイムに突入した。


「寂しい時は、寂しいって…言いたいもん。」

もし寂しいって自分が言ったら、言われた方は困っちゃう…『重い』んじゃないか?
心細くて、満たされないから、ずっと傍に居て自分に構って欲しいって、強要してるっぽい?
そもそも、誰かが居なくて寂しがるなんて、そんな弱い人間じゃない…そんなキャラじゃない?

「優しい赤葦さんなら、そう思いそう…
   『寂しい』なんて絶対、口に出さないよね。」

勿論、それはごもっとも。大人の考えだよ。
滅多なコトじゃ、口に出さない方がいいって、俺だってわかってるよ。
でもさ、相手を束縛したり、重荷になるつもりなんて、これっぽっちもないんだ。
俺はただ単に、『大好き』だって気持ちを、伝えたかっただけだから。

「俺に寂しいって言われて、黒尾さん…迷惑だった?」
「いや。むしろ、こんな俺でも、必要とされてんのかなぁ〜って…」
「嬉しかった?」
「…悪い気はしなかった、な。」

まったくもう、素直じゃないんだから〜!ま、別にいいけどさ!
いつもみたいに、またいっぱい…体育館の周りの街並みとか、写真送ってね〜待ってるから!

「ちょーっと、待って下さい!お写真って…」
「アッチコッチ行く先々で、資料になりそうな風景写真を撮って、送ってもらってるんだよ~」
「はぁ〜!?そんな話、俺、知りませ…おおおっお手数お掛けして申し訳ございませんっ!!」
「いやいや、俺も写真撮るの好きだし、楽しみ?励み?になるっつーか…気にすんなって。」

あっけらかんと言い放つ宇内先生と、朗らかに微笑む黒尾に、赤葦は唖然…いや、憮然?
それを隠すように、お冷をごくごくごくごく…の途中で、無邪気な声に動きを止めた。


「赤葦さんは、黒尾さんが居なくても…全~然、これっぽっちも、寂しくないの?」
「っ!?ぜ、全然、これっぽっちも、とは…」

「赤葦さんが大~好きな、空とか樹とか花とか。そういう写真、全っ然、送って欲しくないの?」
「ですから、全然とは、思わな…」

「大人だから恥ずかしくて言えないけど、ほんのごくごくわずか、赤葦さんも寂しがってる?」
「ほんのごくわずか、だなんて…っ!!?」

「わぉっ!赤葦さんも、結構いっぱい、寂しいんだって!よかったね~、黒尾さん?」
「っ!!?おっ、ぉぅ…っ」

「酔ってる時ぐらい…遠くて逢えない時ぐらいは、素直に…大好きって、伝えて、あげて…」


台詞を言い終えないうちに、すやすや。穏やかな寝息を立てながら、宇内先生は一足先に夢の国へ。
大騒ぎの最中、いきなり電池が切れるみたいに、パタリと寝落ち。いつも通りの光景だ。
黒尾と赤葦は顔を見合わせて頬を緩めると、黒尾はそのまま宇内先生を寝室へ運んで寝かせ、
赤葦は布団を肩までしっかり掛けて、くしゃくしゃの前髪を整えた…これも、いつも通り。

「全く。まるっきり…子どもみたいですよね。」
「だな。まるで子持ちの気分…年上なのにな。」

口元のよだれを拭き、照明を落として。
音を立てないように寝室の扉を閉じてリビングへ戻り、静かに黙ってお片付けの続き。
台所のシンクに二人並んで、一緒に洗い物。いつもは小声で、他愛ないお喋りを愉しむのだが、
今日は、何となく、不自然なぐらいの…無言。流水とグラスの音だけが、しばらく響き渡った。

「あっ、あのさっ」
「はっ、はいっ!」

すっかり洗い物を終え、他の音がしなくなったタイミングで、ようやく黒尾が口を開いた。
思いがけず、いつもより大きく聞こえた声に、お互いビクリ。
そのビクリの動きが、微かに触れ合う腕を通して相手にも伝わり、もう一度…ビクリ。


   (何でこんなに、緊張してるんだろう…?)

いずれはこの答えを、お互いしっかりと考えなきゃいけない。
でも、それはきっと、今じゃない…酔った勢いにまかせて?回らない脳で?考えるべきじゃない。

   だとしても、これだけは。
   ちゃんと相手に、伝えておかなければ。

「えーと。あのさ、赤葦。」
「は、はい。何でしょう?」

お互いの方には向き直らずに、並んでシンクを見つめたままで。
黒尾はゴクリと唾を飲み込んでから、さっき言いかけたことをあらためて話し始めた。


「出張、いつも凄ぇバタバタなんだ。」

チームや選手の視察、各種会議に折衝、夜はオエライサマの接待。息をつくヒマもねぇぐらいだ。
深夜、宿に戻って来た時は、もうクタクタでさ。シャワーも朝で良いかな〜って、部屋でダラダラ。

そんな時、不意に…
心ん中にぽっかり穴が空いたみてぇに、人恋しい?ような気分になることが、時々ある。
忙しい時には全く感じない空虚さを、ようやく独りになれて落ち着いた頃に、ふと感じるんだ。

「寂し…誰かと、繋がりたい?みたいな…」

そんでさ、ベッドに寝転がって、何枚か撮った写真をぼんやり見返しながら、
この建物と街角は、宇内先生用。すぐに送ってやるか!と…しょーもないやりとりを、数往復。
んで、宇内先生とダベった後。もう眠くてかなわねぇのに、まだ何か…物足りない?ような。
お!この景色は、赤葦が好きそうだから、ちょっと送ってみようか…

「…って、何度か思って、いつもやめてた。」

仕事の話でも何でもない、ただの風景写真。
そんなもんを真夜中に、俺から急に送って来られたら、きっと赤葦は困惑するだろうし、
多忙続きはお前もいい勝負…おそらく今、ようやく休めた頃だろうから、
大した用もないのに、俺から突然、意味不明な写真が届いても、迷惑なだけだよな。

そんなことをぐるぐる考えてるうちに、いつしか寝落ち。
完全にはスッキリしねぇまま、翌朝仕事へ…俺も至って普通の、社会人なんだ。

ま、まぁ、そんなわけだから…
バズーカ砲?みたいなプロ仕様じゃなくて、素人が気軽にパシャっとスマホで撮ったやつだし、
あ、でも!偶然にもお前が好きだっていう、花鳥風月系…人物はほぼ写ってねぇもんばっかだし、
忙しかったり、ウザかったら、無視してくれて全然構わねぇ。重く感じねぇ程度にする。
だからっ、もし今度、そういう時が来たら…

「その時は、その…っ」


吊戸棚のガラスに映る、酔いとは違う、赤い顔。
目をギュっと瞑り、言いにくい言葉を一生懸命、絞り出そうとしてくれている真摯な姿に、
心の奥が、ギューーーっと音を立て…こっちまで顔が熱くなる。

   (俺も、頑張って、伝えないと…っ)

隣に気付かれないよう、歯を食いしばって鼻から息を吸い込み、胸に溜めて。
振り絞った勇気で肘を動かし、すぐ傍の脇腹を、やや強めにツンツン。
そして、できるだけ明るく軽い口調で、言葉を紡ぎ出した。


「どんなに綺麗で『重い』写真だったとしても、黒尾さん本体よりは、ずっと軽いでしょう?」

毎週末…きっと10分後にも、俺をガッツリ抱き枕扱いして、全体重をかけて爆睡しますよね。
それに比べたら、俺好みの写真や、ラブメッセージのひとつやふたつ…ウチ、定額制ですし。

「俺だって、同じ…ですから。」

大体、就寝前には読書をしてますが、あまりにも疲れた時には、さすがに活字が入ってきません。
そんな時には、空や雲、星、自然の風景や…猫の写真を眺めて、何とか心を落ち着かせています。
ですから、そういった写真を送って下さるのは、大歓迎…どんな御土産よりも、嬉しいかも?です。

「それに、俺も…普通の、人間です。」

独りで過ごす方が、基本的には好きです。でも、俺も人間ですから、群れたいと思う本能がある…
さささっさび…、だ、誰かの存在を間近に感じ、接していたいと思う時が、ちゃんとありますからっ
とは言え、誰でもいいわけではなく、間近に居ても重さを感じないような、気の置けない相手…

「俺の『重さ』を預けてもいいと思えるような…
   俺自身も、相手の『重さ』をちゃんと受け止められる人じゃないと、さすがに無理です。」

そっ、そんな、状況ですので…っ
俺、黒尾さんの傍迷惑な『重さ』は、毎週しっかり受け止めてます。実績充分です。
というより、高校時代の合宿から、貴方の抱き枕にされても熟睡できたのは、俺だけでしたよね?
むしろ来週、それがない方が、若干物足りないかもしれない…人肌恋しく感じる、かも?です。

ですから、その…っ
抱き枕扱いするよりも、迷惑と重さをかけることなんて、そうそうないでしょ?
だから、俺には遠慮せず、思う存分、重みたっぷりのお写真なり、メッセージを…お待ちしてます。

「その方が、心は…軽くなりま…ぅわぁっ!?」


ふわりと浮き上がった、体。
あーもうっ!くそっ!まったく…っ!何なんだよお前はもうっ!と、ぶつぶつ大文句を言いながら、
黒尾さんは軽々と俺を抱き上げ(お姫様風!?)、リビングを大股で横切って、客間へ。
あらかじめ敷いてあった来客用(ほぼ俺達専用)の布団の上へ、宝物のように俺をそっと下ろすと、
遠慮のカケラもなく、全身全霊で圧し掛かり、ムギュ~~~~っと抱き込んできた。

そして、ぽそり…
大あくびに紛れ込ませるように、耳元に囁いた。

「出張先に、抱き枕…持って行きたくなった。」
「それこそ、重たい…大迷惑な大荷物ですよ?」

   黒尾さんが寂しくないように、俺からも…
   重量級のラブメッセージ、送りますから。
   受け止めて下さると、嬉し…助かります。


寝言混じりに、俺も…ぽそり。
ようやく言葉を伝えてから、夢の中に落ちた。




- 終 -




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No.019 寂しがる

2023/12/08 ETC小咄