「只今戻りました。」 「おぅ、おかえり!お疲れサマァ~♪」 「今日はもう、帰っていいぞ~♪」 「明日は午前半休…いや、有給使っちゃえ~♪」 外回りのアレコレから編集部へ戻ると、フロア中からナニヤラ楽しそうな歓声。 そして、ニヤニヤをまとわせた顔で、同僚と上司達から妙な歓待。 思いっきり訝しげな顔で編集部の面々を見ると、全員揃ってフロアの奥に視線を投げた。 このフロアには、全くジャンルの違う3つの編集部が同居している。 異文化コミュニケーション?違う血を混ぜる?とかいう、社の方針だとか。 エレベーターホールの一番手前が、俺が現在所属する少年ヴァーイ編集部。 真ん中は働くオトナ向けビジネス法務誌、一番奥が女性向け漫画誌…俺の元所属先だ。 高らかな嬌声は、元所属先から。その真っ只中に、遠目に見てもやたら目立つ人影が見えた。 「…えっ!?」 「おーい、ヨメが帰ってきたぞ~♪」 「ダンナ、相変わらずモッテモテだな~♪」 足早に奥へ向かう間、ビジネス法務部の皆さんからも、盛大にニヨニヨを頂戴する。 「ダンナじゃありません。旦那様…敬称付きでお願いします。」 「旦那様の方も、同じこと言ってたぞ~♪」 「ヨメじゃなくて、奥様です!ってな♪」 しまった、ネタが被ったか。 ニヨニヨに加え爆笑も浴びながら、奥へ。痛恨のミスに苦虫を潰し、チヤホヤゾーンに突撃。 「おっ、お疲れ様、です…黒尾さんっ!!」 「おー、おつかれさん!お邪魔してるぜ。」 「こっ、こんなトコで、一体、何して…」 「何って、お返しを持って来たんだよ。」 元所属先で先輩方にガッチリ囲まれていたのは、黒尾さん。 今日は金曜でもないし、協会さんと打合せするようなことも、特になかったはずだ。 たとえあったとしても、いの一番、俺に連絡が来るし、打合せは絶対『外』に設定する。 (こうなるって、わかってるから…っ!) とにかくもう、黒尾さんはモッテモテ。人タラシ全開で、ウチに来るとフロア中が大騒ぎ。 入社以来ずっとこのフロアにいる俺(最年少)の知人?友人?旦那様?なんかが来た日には、 ヒマだろうがド修羅場だろうが、格好の餌食…二人揃ってオモチャにされまくってしまうのだ。 今まで何度か、それとな~く、ストレ~トに、ウチには極力来ないで下さいとお伝えしているが、 馬ならぬ猫耳東風どころか、先輩方に遊ばれても全く気にしてないご様子…ホント、無駄に大器! 何なら、大事な取引先(公益財団法人様)かつ、体育会系上下関係(同業他社様)という立場から、 今も昔も強く出られず憮然とする俺を、黒尾さん自身も面白がっているような気配すらある。 (負けて、たまるか…っ!!) このフロア全体に、ボロを見せないように。 眉間と頬に思いっきり力を込めてから、渾身の笑顔で黒尾さんに対峙した。 「最愛の奥様のお迎え、御苦労様です。ディナーデートは、回らない御鮨屋さん…でしたよね?」 「最愛の旦那様の給料日、熟知してるよな?どこでデートするかは、おいおい相談するとして…」 俺の本気笑顔に、慌てて視線を泳がせた黒尾さんは、その視線を先輩方の真ん中へ… 資料多め(肌色も多め)なデスクの上に、薔薇色の箱に入った高級チョコ詰め合わせセットがドン! 隣のビジネス法務部には高級和菓子折、ウチには俺最愛の高級海鮮煎餅ギフトが広げてあった。 「あ、いつもお気遣いありがとうございます。」 「こちらこそ、大変お世話になっております。」 ここに来る時、黒尾さんはヴァーイ編集部だけじゃなくて、隣と奥にもお土産を下さる。 これがモッテモテの秘訣…俺も(ビジネス誌も)見習うべき人心掌握術に、素直に御礼。 ただ、今回のはただのお土産じゃなくて、お返しを持って来たと言っていたような? ペコリと頭を下げながら、どういうことですか?と首を傾げて視線を投げると、 黒尾さんは再び俺から視線を逸らして、ちょっとだけ早口で理由を説明し始めた。 「えーっと、こないだ、頂いた…」 先月半ば過ぎ…いや月末だったな。金曜宅飲みの翌日早朝、お前だけ仕事で先に帰っただろ? あの後、俺も昼前に帰ろうとしたら、宇内先生に玄関先で呼び止められて… ーーーーー 「あ、そうだ!コレ…赤葦さん&編集部の皆様から黒尾さん宛に預かってたんだ。どうぞ~♪」 「俺に?何だ…菓子か?」 「この時期といえば、スウィ~トな…アレに決まってんじゃん!このっ、このっ…モッテモテめ♪」 「そっ、そうか…さんきゅーな。」 ーーーーー 「だから、その、お返しをお持ちしたんだ…」 「はぁ…わざわざ、すみません??????」 先月のスウィ~トなアレといえば、おそらくバレンタインのことだろう。 それを月末にお渡しするなんて、さすが〆切突破常習犯・宇内先生…じゃ、なくて。 「そんな話、俺…全然知りませんけど?」 「は?いや俺は確かに、お前からだと…」 宇内先生の対シャバ窓口は、担当編集の俺だけ。全ての連絡は俺を通して行われているし、 先生の個人情報は機密扱い。俺以外では編集長しか住所を知らず、こちらから配送はほぼ不可能。 それに、2月中旬から3月頭にかけて、缶詰で自宅から一歩も外に出ておらず、手渡しは論外。 俺の与り知らぬ所で、俺&編集部からの贈答品、しかも黒尾さん宛?を言付けるなど、ありえない。 (ということは、つまり…!!!) チラリとフロアを見渡すと、どいつもこいつも顔を背け、必死に…笑いを堪えている。 ニヤニヤを抑え切れず、ピクピク震える背中に、頭やら顔やらにカ~~~っと血が上った。 「あの、おバカ~~~~っ!!!」 「うぉっ!?ど、どうしたっ!?」 「俺や編集部は、黒尾さんにチョコなんて渡しませんし、宇内さんに預けるはずもないです!」 「…まぁ、おつかいには不適格な人だろうな。じゃあ、一体アレは…?」 「決まってます。宇内さんの…イタズラです!」 どこかの誰かに唆されたのか、はたまた漫画の神様が無駄に舞い降りたのか。 このフロア全体が絶対にノってくれると…鈍感王の黒尾さんが馬鹿正直に信じると見越して、 宇内さんが暇つぶし(憂さ晴らし)に仕掛けた、俺へのイタズラに150%違いありませんよ! 「自分で通販したのを、俺からだと謀って…っ」 もちろん、証拠だってありますから。 黒尾さんが愛してやまない、チーズおかき・まぐろ味(…と、日本酒入チョコ)の贈物が、 延々悶々と渡せないままずっとずーっと、今も俺の鞄の中に入ってるんですからね! 「すみません!お説教、行って来ます!」 赤葦は猛然とフロアを逆戻りすると、上司に『直帰』プレートを投げ渡し、 俺の分のイカ煎餅、絶対残しといてくださいよ!と叫びながら、非常階段を駆け下りて行った。 「どっちが『鈍感王』なんだろう、ね~?」 ポカンと立ち尽していた黒尾に、周囲から…大爆笑の歓喜喝采。 音が出るほど「カ~~~~っ!!!」っと赤面する黒尾に、元上司が赤葦の上着と鞄を持たせ、 現上司は『有給』のプレートを掲げ、『直帰』の翌日にポンと貼り付けた。 「ずっとずーっと、溜め込んだままの勇気を…」 「そろそろ絞り出して、ウチの可愛い子に… 『お返し』してやってくれると、嬉しいな。」 少年ヴァーイの『VAI』は、ポルトガル語。 英語では『GO』…さぁ、『行けっ!!』 - 終 - *********** 2024/03/14