接続進行

今日も今日とて、打合せ兼宅呑み会。
宇内さんちのリビングでソファに転がりながら、うだうだ。毎週金曜の恒例行事だ。


宇内さんベッドとゲスト布団の、敷きパッドを新調したいですね~と、何気なく呟くと、
バスタオルとかハンガーも足りないし、トイレにつっぱり棒で棚も付けたいよね~と、宇内さん。
それなら明日、ホームセンターに買い物行くか?車なら出してやるぞ~と、黒尾さん。

「えっ、黒尾さん…車、持ってたの!?」
「軽だけどな。23区外はあると便利だし。」

明日朝、酔いが醒めたら車取りに一旦帰宅、ここに戻って来る。昼メシがてらドライブしようぜ。
とは言え、ほとんど乗る機会がねぇから…バッテリーが上がってないことを、祈っててくれ。

「やったぁ~!黒尾さんとドライブ!!
念願の、車おデートだよ!ひゃっほ~い!!」
「日用品を買いに行くだけですよ。」
「ヤだもぅ~それが尚更、イイんじゃないの!」
「はぁ…?」


そんなこんなで、焼酎水割から烏龍茶に切り替えつつ(黒尾さんだけ)、早めにお開き(終電突破済)。
お開きよりも早く寝落ちした宇内さんを、いつも通り二人でベッドに運んでから、
明日に備え、黒尾さんは洗い物免除。俺一人で台所を片付け、お買い物リスト作成。

(せっかくの、車おデー…日用品買い出し。)

嵩張ったり重たい物を、この機にまとめて買っておくのが得策。
ビール350mlを1ケース、トイレットペーパーに箱ティッシュ、栄養ドリンクも2ケースぐらい?
あ、俺と黒尾さんが毎週金曜に泊まる時に着る、パジャマとか寝間着とか部屋着とかも欲しいし、
最近は連泊が増えたから、下着の替えももう2セットずつぐらい、あった方が便利かも。

(あとは、そう…『黒尾さんの枕』かな?)

ゲスト(アシさん仮眠)用の枕とは別に、俺達の週末呑み&泊まり用に、固めの枕がもう一つある。
宇内さんの原稿待ちの間、読書しやすいように俺が買ってきたものを、二人で使っているが、
実質は俺一人が枕に頭を預け、黒尾さんは俺自体を『抱き枕』代わりにして寝ている。
きっと今、俺がまだ布団に居ないから、黒尾さんは枕&掛布団をぐるぐるに抱き込んでいるはず。
(これを引き剥がして布団を掛け直すのが、今夜最大の試練…腰痛必至の大仕事。)

そろそろ黒尾さん専用(の、俺に似たサイズと抱き心地?の)枕を、購入した方が良いだろう。
そしたら、俺もようやく、週末毎に抱き枕にならなくても…?

(『俺以上』のが、見つかれば…の、話!)


酔いと眠気故か、思考がよくわからない方向に。
ぶんぶんと頭を振ってお冷をごくごく。勢いよく傾けたせいで、襟元を濡らしてしまった。

「…あっ!」

とんでもなく重大なことを、失念していた。
明日、車で…一体何を着て行けばいいんだ!?
今日着ていたものは、まだ洗濯機の中。明日朝洗って乾燥しても、出発には間に合わない。
今着ている部屋着兼寝間着は、高校時代の練習着&ジャージ。どう考えてもアウト。
宇内さんのを借りるのは論外だし、自宅まで戻る時間もない。
たとえ時間があれど、黒尾さんの車でお…出かけするに相応しい服など、ウチのどこにもない。

はじめての、ドライブでおデートなのに。
このままでは、黒尾さんに恥をかかせて…

「…って、日用品の買い出しだってば!!」

宇内さんが余計かつ意味不明なことを言うから!黒尾さんがいつもより濃い目に焼酎入れたから!
脳に血がぐるぐる回って、わけのわからないドツボに陥りかけていた。

『起床後直ちに明日用の服を考える!』


お買い物メモの端に、それだけを殴り書き。俺の記憶に残っていたのは、そこまで。
気付いたら、客間で一人、布団の中。多分、いつの間にかリビングで寝落ちして、それから…

(黒尾さんが、運んでくれた…?)

宇内さんのみならず、俺までも!
腰痛必至の大仕事を追加でさせてしまい、ホンットーにすみません!!!
ガバリと飛び起きながら、入口扉の方に向かって土下座。
すると、枕元にお買い物リストのメモが置いてあるのに気付いた。

『黒尾さんの枕』←今んとこ不要(赤葦と要相談)
『~服を考える!』←俺はロンTとジーンズ

俺の書いたメモの最下部に、黒尾さんの(ある意味)達筆で追記が付してあった。
優しさしかない走り書きに、メモをギュっ!と握り締め、布団へ頭からボスン!と突っ伏した。

(この、人タラシ~~~…っ!!!)

おデートの衣装を予告先発してくれるなんて!俺が今、一番欲しいモノを、最適のタイミングで!
普及部だか広報部だか営業だか知らないけど、人の気持ちを繋ぐのが、卑怯なレベルで巧い!
ほんの小さな、さりげない気遣い。高価なプレゼントや豪華な食事より、ずっとずっと…響く。

「相談も、不要ですっ!」

『黒尾さんの枕』を、二重線で消して。
溢れそうな何やかんやを流すべく、シャワーを浴びにお風呂へ飛び込んだ。



*****



「おー、お待たせ。道、混んでてさ。」
「ごっ、御足労、感謝いたしますっ!」

宇内さん宅マンションの地下駐車場で、黒尾さんと合流。
暗くてよく見えないけど、おそらく予告通りの黒いロンTに黒のジーンズ。ザ・普段着だ。
乗れよ~と視線で促され、運転席と反対側に回ったところで、足と手を止めた。

(…どこに、乗れば?)

ビジネスマナーでは、タクシー以外に乗る時は、えーっと、上座はどこだったっけ?
そもそも、今日はビジネスの範疇?黒尾さんと俺の上下関係は、えーっと…
運転席の真後ろは除外として、助手席か、助手席の真後ろか。おそらくこのどちらか。
じっくり3秒ほど脳内のビジネスマナー大全を検索していたら、それを察した黒尾さんが頬を緩め、
「行先…ナビの設定、頼めるか?」と、座るべき場所を指示してくれた。

「ナイス、アシスト。助かりました。」
「だろ~?デキるオトコっぽいよな?」

「今の妄言で、モテポイント-5点ですね。」
「ラブゲージ…♡が半分、消えちまったか。」

まるで、恋愛シミュレーションゲーム。
お互い?不慣れなシチュエーションを、おちょくり倒して遊ぼうぜ!失敗は全てネタ!という、
黒尾さんなりのお茶目?照れ隠し?いや、これも…不器用な優しさだろう。

(隠れ♡ゲージ、+2点。)

おじゃまします、と頭を下げて助手席へ。
シートベルトをガッチリ装着するのと同時に、腿の上にポン、と何かが乗せられた。
どうやら、さっきまでは助手席に置かれていたらしい、黒尾さんの財布とスマホだった。
運転中、預かっておいてくれよ~という意味だろうけど、いっ、いいの…かな?

(俺のこと、信頼して下さってる…とか?)

たったこれだけのことで、何だかじわり。
地下から出て、お日様が眩しいフリをしながら、ぎゅっと目を細めた。


「それにしても、何だか不思議な気分です。」

黒尾さんがお迎えに来て下さる前に、あらかじめ購入しておいたコーヒー。
信号待ちの間に、ボトルのキャップを開けて手渡すと、何故か黒尾さんは一瞬だけキョトン顔。
ルームミラーの中で「ありがとな」、そして「どういう意味だ?」と目配せ。
俺はまっすぐ正面を見ながら、自分のコーヒーを傾けつつ、言葉をゆっくり選んだ。

「子どもの頃…高校時代を知っている人が運転する車に乗るのが、妙にそわそわする感じ?で。」

運転免許を取って、自家用車を購入して、その車を運転して。
黒尾さんも、ちゃんと一人前の大人になったんだなぁと、何だか感慨に耽ってしまいました。
いつの間にこんな御立派に…とか、あとは…

(…って、ついポロリと本音を!)

俺の方が年下なのに、失礼極まりないことを言ってしまった。
これは、♡ゲージ2つぐらい消滅する、大失態の選択肢だったかもしれない。
おそるおそるミラー越しに顔を窺うと、黒尾さんはプっと軽く吹き出していた。

「お前、それ…初めて名刺交換した時も、似たようなこと言ってたよな?」
「えっ!?そ、そうでしたっけ?いや、違…黒尾さんの方が言いました!」

確か、制服のブレザーとスリーピースのビジネススーツでは、全然イメージが違いますね~等、
お仕事中!な黒尾さんをしみじみ眺めながら、ついポロリした俺に、黒尾さんが返したような。

「ま、どっちでも大差ないな。」
「ですね。未だに慣れません。」

ミラーの中で一瞬だけ微笑み合うと、黒尾さんはしっかり前を見据え、静かに語り始めた。


「慣れねぇと言えば…今、この『景色』もだ。」

景色自体が不思議というよりも、俺が見ている景色と同じものを、赤葦も同時に見てること、だ。
高校時代は、ライバルチーム同士。いつもネットを挟んで対面…反対側の景色を見てたよな?
今は今で、名刺を交換した時も、いろんな打合せをする時も、宅呑みで座る位置も、対面。
ついでに言えば、呑み後に寝る時だって、肉布団&抱き枕で、向かい合ってる状態だし。

それが今、こうして一緒に車に乗って、運転席&助手席に並んで座ってさ。
初めてこんなに長い時間、同じ景色を眺めているんだなぁ~って気付いて、なんか、その…っ

「妙に感極まって…俺も歳、取ったよな~!?」
「は…はい!お互い、ジジィの境地ですね~!」

「まだ、10年しか経ってねぇんだけどな。」
「10年後も、同じこと言ってそうですね。」

10年前と今が、全然違うように。
10年後も今と同じとは、限らない。
二人で同じ景色を、見てるだろうか?

(俺の、希望は…?)

静かに前を見つめて。この道が続く、もっと先を見据えて。
目的地はまだ見えないけれど、だいたい同じ場所を二人で眺めて。

(10年後も、もっともっと先も、俺達は…)


あえてミラーを見ないよう、道の先の先に視線を投げ、板ガムの包みを半分開いて横に差し出す。
黒尾さんは器用に唇で挟んで受け取ると、暫く黙って頬を動かし、そういえば…と口を開いた。

「お前と横並びの時間…一つだけあったな。」

宇内センセを寝かせた後の、お片付けだよ。
広いシンクに並んで、他愛ないお喋りしたり、呑み直したり。その時は、台所で横並びだよな?
センセに内緒でイカなんか炙り始めたら、あっという間に小一時間。
さっきまで3人で呑んでた居間を眺めながら、二人で結構長いこと二次会を…あ、そうだ!

「昨日は独りでお片付け…ありがとな。」
「い、いえ、そんな…お気になさらず!」


はい、出た。ド天然な人タラシ!!
こっちがすっかり忘れた頃に、ほんの些細なことを、思い出し感謝。プラス3点差し上げます!

台所のお片付けなんていう、ごくごく日常のありきたりな作業。やって当然ともいえる家事だ。
でもそれを当然のものとせず、ありがとうの一言を下さるなんて、2桁加点クラスの労いかも。
10年後もそれを伴侶にスっと言えたら、貴方は間違いなく最高の旦那様になっていると思いますよ。

…という褒め言葉を返す代わりに、俺は首を捻ってしばし黙考。
そして、さっき言いかけた『…とか、あとは…』に続く言葉も一緒に探しながら、こう返した。

「それは、ちょっと違うと…俺は思います。」

確かに、台所で一緒に洗い物をしたり、そこで呑み直している時には、
対面式キッチンの先、片付いた居間のテーブルやソファ…『二人並んで同じ景色』を見てます。
勿論、そういう『家庭内の何でもない景色』を並んで見る日常も、俺は結構…好き、です。

ですが、立ち位置?座る位置?的にはそれと同じでも、『運転席&助手席』は、全く違います。
車という閉ざされた密室で、同じ目的地に向かって進行し、命運を共にしている…
大げさに言えば、そんな一蓮托生?みたいな、他にはない独特な雰囲気を、俺は感じました。

何と言うか、その…上手く表現できませんが。
黒尾さんが運転する車の、『助手席』に乗せて貰えたのが、凄く特別なことに思えてきて…

「何だか妙に、そわそわ…して、ます。」


しん…と、静まり返る車内。
もごもごが止まった黒尾さんの口元に、ティッシュを差し出してから、俺は下を向いた。

(な…何言ってんだ、俺…っ!)

「じょじょじょっ、助手席に乗せるぐらい、どうってことないですよね~っ!!?
幼馴染サンあたりは、しょっちゅう『便利なアッシー』扱いで、こき使ってそうですしっ!!」

俺にとっては『特別』に感じた助手席でも、乗せる側も同じように思ってるとは限らないないし、
親や仕事の関係者じゃない、身近な人?の車の助手席に乗るのが、俺は初めてだったから、
きっとこんな妙なそわそわを感じただけ…ものすご~っく、珍妙に思われたに違いない。

(沈黙が、重い…マイナス50点かも…っ)

カチカチカチと、駐車場に入るウィンカーの音だけが響く車内。
立体駐車場に入り、真横もミラーもほとんど見えなくなって、正直助かった。
ぐるぐる上へ上へ、まだガラ空きの最上階(屋上の1フロア下)の、暗い隅っこに駐車。
エンジンを切り、数秒後。黒尾さんは大きな溜息を吐いてから、ハンドルにゴン!と額を乗せた。


「なぁ赤葦。俺の運転、怖く…なかったか?」
「え?いえ、全然…安全運転お疲れ様です。」

「良かった。法令遵守運転が、俺のモットー。」
「さすがです。安心して乗っていられました。」

ふぅ~っと、さっきとは違う安堵の溜息を零してから、黒尾さんはようやく顔を上げた。
そして、ゆっくりコーヒーを口に含むと、もう一度前を…暗い壁をじっと見つめ、話し始めた。

「『鼻水垂れてた頃を知ってる奴の運転なんて、ゼ~~~ッタイにヤなんだけど』…だとよ。」

俺が車を持ってることを知ってんのは、身内と研磨ぐらい…コイツだってほぼ身内だ。
仕事では社用車か、出張先でたまにレンタカーを借りて乗るぐらいだし、
週末の休みは、宇内センセのとこでゴロゴロ…月に一度、乗るか乗らねぇかってとこなんだ。

お前も言ってたように、子どもの頃を知ってる奴の運転する車に乗るのは、妙にそわそわする…
身内は特に、気が気じゃないっつーか、落ち着かなくて怖ぇんだとよ。
だから、この車に誰かを乗せたことは、ない…

「『助手席』も、お前が初めて…だよ。」

教習所の先生もビビる法令遵守っぷりだし、慎重派に相応しい法定速度(±5km/h)厳守だけど、
初めて誰かを自分の車に、初めて誰かを助手席に乗せる…大切な命をお預かりする緊張感たるや!

「そんな中、お前といえば…っ!」

喉がカラカラになった頃合いを見計らうように、コーヒーを差し出してくれたり!蓋まで取って!
唾が呑み込み辛くなってきたタイミングで、柑橘味のガムをくれたり!紙も剥がしてくれてるし!
そんでもって、助手席を特別だと言い放って、感極まりそうになったところで、ガム回収!?

「どんだけゲージ、上げるつもりだよっ!?」
「は、はぁ…?」


黒尾さんが(珍しくわたわた焦って?)言ってることの意味は、よくわからない。
ただ、俺にとって聞き捨てならなかったのは、この一点のみっ!!!

(孤爪も、乗ってない…俺が、一番乗りっ!!)

思わず拳を…黒尾さんの財布とスマホを握り、心の中で渾身のガッツポーズ!
どういうわけだか、ゲージも下がらなかったっぽいし、ホンットーーーに良かった~っ!

(…ん?何で俺、こんなに…嬉しい?)

ふと浮かんだ疑問を考えるより先に、握り締めた拳の上に、黒尾さんが手を置いた。
あ、すみません!お財布とスマホを…と、手を開こうとしたら、その手をギュッと包まれた。


「…黒尾さん?」
「赤葦…、ん?」

どうかしましたか?と横を向くと、何故か黒尾さんの方が疑問顔でこちらをじっと見ていた。
暗闇に目を凝らし、上から下へ…俺をじっくり観察しているようだった。

「なぁ。その服、もしかして…」
「あっ!すす…すみませんっ!」

じじじっ、実は、今朝…思いっきり寝坊(シャワー後に二度寝)してしまったんです!
駅ビルの開店時間に合わせて突撃し、何かしらの服を買おうと思っていたんですけど、
『あと10分後に到着予定』のメッセージ着信で、目が覚めた次第で。
俺の服はまだ洗濯機でびしょびしょ、宇内さんも爆睡中でピクリともせず、勿論買い物なんて無理。
致し方なく、客間の押入に置いてあった、黒尾さんのYシャツとジーンズを、無断で…

「お借りして、ます…」

初めての車おデートに、らしくなく舞い上がり、まず最初に言うべきことをすっかり忘れていた。
断りもなく本当にすみませんでした!!!と、頭を下げようとした…けれど。


包まれていた手を、強く強く引かれて。
反対側の手で、傾いだ顎をそっと上へ。
目の前が、真っ暗。唇に触れる、熱い…

(…え?)


「ゲージ突破。目的地変更…『自宅』へ。」




- 終? -




***********


2024/04/07