「黒尾さぁぁぁぁぁんっ!待ってた!」
「ようこそ!おかえりなさいませっ!」
金曜夕方、宇内天満宅。
今週も普及事業部の黒尾は、打合せ(直帰)と称して、宅飲みにやって来た。
『お客様ってカンジじゃない人』扱いが定着し、宇内&赤葦も最近は居間でゴロゴロ…
のはずが、今日は珍しく黒尾が玄関を開けると、二人はその場で正座&三つ指お辞儀。
言葉を失って立ち尽す黒尾に、宇内はいつも通り飛び付き抱っこ、
赤葦は黒尾の手から鞄や買い物袋を取り、冷たいおしぼりを手渡した。
「なっ、何が、あった…?」
「とりあえず、ひえっひえのおビール?俺がシュワシュワお酌するよ~」
「その前に、お風呂はいかがですか?高級炭酸入浴剤でシュワシュワも可、ですよ。」
キラッキラ上目遣いと、ツヤッツヤ流し目に見つめられ、さすがの黒尾もタジッタジ。
二人から目を逸らせつつ、まず『仕事』の話をしようぜ?と、宥めるように頭を撫で、
不満気に頬を膨らませる二人に、パチリと片目を瞑ってニヤリと笑った。
「俺は期待を裏切らない男…だろ?」
うんうんうんっ!!おっしゃる通りっ!!
売れっ子漫画家&担当編集者コンビは、コクコクコクと激しく首を縦に振り、
黒尾にベッタリ引っ付いたまま、三人一緒にリビングの応接セットへ着席した。
「さて、既知のこととは思うが、今度日本の某地方都市で、国際試合が開催される。」
五輪出場を決めている男子代表にとっては、試合前の貴重な強化機会であると共に、
女子代表は五輪出場切符をかけた、重要な大会となっている。
特に男子は、海外リーグで活躍中の大人気選手達が、こぞって帰国&合流するため、
それはもう、とんでもない注目度…ピカッピカのスター共演(共闘)祭だ。
「ちなみに、二人共、チケットは…」
「無理無理無理!プレミアじゃん!」
「この点について、協会サマに一言だけモノ申したいんですが。」
競技普及のためには、首都圏近郊だけではなく、日本中のアチコチで開催するのは、
とても良い試みだと思います。えぇ、これについてはモノ申せませんよ、全く。
ですが、やはりハコが…収容人数に限りがある点は、どうしようもないですよね。
かといって、コートの際ギリッギリまで席数を増やすのも、少しどうかと思いますし。
端的に申し上げますと…
「チケットサイト、すぐパンク不通!」
「コラボグッズも、すぐ完売だよ!?」
「編集部の誰一人、取れませんでした!」
「個人事業主でも、販売ダッシュ完敗!」
「もっと巧く、興行できませんかねぇ!?」
「責任者なんでしょ!?ねぇねぇねぇ!?」
ちなみに、我が梟谷学園バレー部皆兄弟☆木兎さん家族観戦枠の大抽選会ですが、
昨夏のメテオアタックとのコラボイベント以来、俺はハブられてますから。
貴重なファミリー枠で倍率上げんな!別枠狙いで、センセーだかネコのコネ使え!と。
「どうせ俺は『誰かのオマケ』人生です!」
「どうせ俺は『使えない奴』人生だもん!」
ウルッウルの涙目で、プクップクにほっぺを膨らませて一言?モノ申し立てる二人。
その勢いに圧され、責任者(の末端)は思わず平伏。スンマセンと深々頭を下げた。
だが、その頭を上げると、正面には…キラッキラの瞳。
俺達が欲しいのは謝罪や誠意、貴重なご意見への謝意なんかじゃありません。
欲しいモノを、直接『ちょーだい♪』なんて絶対言えない。勝手に期待してるだけ。
「期待、しても…」
「いい…のかな?」
目を閉じ、重ねた手のひらを上に向けて。
口では言わない?けれど、思いっきり『ちょーだい♪』のポーズで待機する二人。
黒尾はその姿に頬を緩めながら、プルップル震える二人の手の真ん中に、封筒を乗せた。
「…っ!あっ、ありがとうございます!!」
「黒尾さぁぁぁん…大好き~~~っ!!!」
感極まって飛び付こうとする二人の前に、サッと仕事用のファイルを置く黒尾。
ちゃんと『仕事』しますから!と、二人は背筋を伸ばして座り直し、黒尾に注目した。
「まずは、宇内先生。平素より当協会にご協力頂き、誠にありがとうございます。」
こちらは、VIP席での試合観戦チケット並びに、宿泊施設への御招待券です。
どうぞゆっくりご観戦の上、今後の創作活動にお役立て頂ければ幸いです。
また、今回も『メテオアタック』とコラボできればと、勝手に期待しておりますが…
「謹んでお受けいたします。来週末までに、書下ろしコラボイラストをお届けします。」
「はぁ~っ!?らっ、来週!!?俺、そんなの聞いてないんだけどっ!!?」
「さすが御担当者様!ご快諾、心より嬉しく思います。」
「こちらこそ、この度もどうぞよろしくお願いします。」
いやぁ~、赤葦は話が早くて助かるぜ!
いえいえ、黒尾さんの御力あってこそ!
満面の笑みで着々と仕事の話を進める黒赤コンビに、宇内は独り涙。
明日以降の納品修羅場から目を逸らせるべく、受け取った前払御褒美封筒をチラリ…
「ん?あれ?チケット…1枚しかないよ?」
「えっ!?どういう、こと…ですかっ!?」
赤葦は宇内の手からJVAの赤いロゴ入り封筒をひったくり、中を何度も確認。
念には念を入れ、封筒を切り開いて一枚紙にしてみても、おひとり様分だけだった。
「まさかっ、宇内先生、だけ…?」
「そんなっ!俺だけが行ったって無意味…
な~んの仕事もせずに、ただ楽しんで帰るだけになっちゃうの、わかるよね!!?」
愕然とした表情で、黒尾の言葉を待つ二人。
黒尾は二人から目を逸らし、ガバリとテーブルに両手をついて頭を再度下げた。
「ホンットーーーに、申し訳ないっ!!」
おっしゃる通り、今回のハコでは協会が御招待できる賓客の数が、いつもより厳しい。
俺がいつも推薦する『メテオアタック関係者様』枠では、1名がギリギリだったんだ。
加えて今回はもうひと枠、どうしても別に用意しなきゃならなくなっちまって、だな。
「特別取材枠…インフルエンサー様を。」
「あ!それって、幼馴染の…っ!?」
「っ………」
大手マスメディア様の報道だけでなく、これからの時代は動画配信でのPRも必須。
となると、代表メンバーの多くと旧知で、日向や木兎とフツーに会話できるだけでなく、
やたらNGの多いモデル事務所所属・夜っくんの取材OKも得やすい奴を…とな。
まぁ別に、行ってあげてもいいけど
誰かと相部屋なんて絶対イヤだから
配信もしなきゃだし、個別枠が条件
「…と、ネコのゴネ発動されちまった。」
「それは、もう…しょうがない、よね。」
「…。。。」
宇内先生枠(のオマケ)・担当編集者を泣く泣く削る代わりに、
今後の協会広報活動にとって、なくてはならない賓客へ割り振る。
協会全体の意向に合致する、広報部特命主任の判断は、的確と言わざるを得ない。
座席はともかく、ゲスト用の経費(旅費交通?接待交際?)は、そうそう増やせない。
「明太子と、辛子高菜…
お土産、楽しみにしてます…ね。」
組織のルールや黒尾の立場が痛い程わかる赤葦は、感情を殺した笑顔でそう呟くと、
お茶、入れてきます…とソファーから立ち上がり、キッチンへと足を向けた。
「…待った。」
「っ!?」
横を通り過ぎようとした赤葦の腕を、黒尾は掴んだ。
赤葦は驚いて盛大に背をビクリと震わせ、足を止めたが、
顔はキッチンの方へ向けたまま、黙って固まっていた。
「えーっと、あの、その…だなっ!」
待つこと数十秒。
息を飲むような沈黙を破ったのは、何故かワタワタと焦り上擦る黒尾の声。
そのらしくなさに、赤葦は思わず振り返り…
今度は黒尾が顔を隠すように下を向くと、
もごもごしどろもどろ早口で、言い訳がましくなんやかんや捲し立てはじめた。
「さすがに、これは、あれ、だから…っ」
俺だって、宇内センセーが単品じゃ役立たずだってことを、会議で上司達に訴えたよ!
研磨が絶対に俺の言うことなんか聞かねぇことだって、自虐しまくりで暴露したさ!
でも今回は、普及事業部としても、広報部としても、これ以上はダメだって…
「ネコのコネなんて、逆立ちしたって撫で声使っても、出てこねぇんだよ。」
でも、そこで上司達が、予想だにしねぇことを、俺にコッソリ?ムフフ?と囁いたんだ。
まだ使ってない、それ以外の『枠』があるじゃないか~?ホレッ、ホレホレ!ってな。
「競技普及事業部でも、広報部特命主任でもない、別の…?」
「俺個人の…黒尾鉄朗の『家族枠』だ。」
「っ!!?」
これなら、たとえ宇内先生の連載が打ち切られたり、赤葦が文芸部に栄転したりしても、
はたまた、いずれは来る木兎の引退後も、そいつらのコネに頼らなくてすむ。
だから、ダメ元で、赤葦京治を黒尾鉄朗の家族枠で申請してみたら…
「その場でアッサリ、通ったんだ。」
「!!!???」
「や…たぁぁぁぁぁっぁっぁーーー!!」
試合観戦のための席は、無理矢理にでも宇内先生の隣に入れさせる。
ちゃんと赤葦(と宇内先生)が職務を全うできるよう、最善を尽くす。
ただ、宿泊に関しては、家族同室つまり俺と相部屋だ。それでも、もし、よければ…っ
「俺の、家族として…来てくんねぇ、か?」
胸ポケットから出した、別の白い封筒。
赤いロゴの代わりに、V字風の赤い線…水引が印刷された包みを、恭しく差し出す黒尾。
赤葦は目を見開いたまま、震える手で熨斗袋を受け取ると、
「休暇申請と…高級シャンパン、買ってきます!」と、リビングから走り去った。
「~~~~~~っ!!!!!」
赤葦が出て行った、きっちり3秒後。
黒尾はその倍の時間をかけてスローで横たわり、ソファーのクッションに顔を埋めた。
ド緊張やら何やらが詰まりに詰まった、熱い熱いため息の塊をクッションに吐き出すと、
そのままの格好で固まり、動かなくなってしまった。
「はぁ~~~~~。。。」
そのデカい塊の上に、重い重いため息を吹きかけたのは、宇内先生。
頭を抱えながら、うずくまる黒尾の肩をツンツン…嘆息混じりの声で話し始めた。
「あのさー、黒尾さん。」
「なっ、何だ…?」
「今のじゃ…ダメ。」
「っ!!?」
クソ鈍感な黒尾さんが、やーーーーっと想いを自覚して?上司さん達にさせられて?
なけなしの勇気を振り絞って、赤葦さんに渡したことについては、心から称賛するよ。
よくやった!!つーか遅いよ!やっとこさ!それでも、よく頑張ったねーーーっ!!!
「俺まで『貰いドキンチョー』したよ。」
黒尾さんからしてみれば、今のはプロポーズしたのとほぼイコールだろうし、
上司さん達も、そのつもり…『Go!』サインの激励をくれたんだろうね~
御招待券にしては明らかにおかしい、『結びきり』の水引付の熨斗袋入なんだもん。
「でも、あの人には…
自己肯定感が異常に低い赤葦さんには、伝わらない。」
「っ!!」
どうせ『誰かのオマケ』人生。
自分は誰かを引き立たせるのが、性分に合っているし、それが天職だと自負している。
僻みや妬みではなく、光を輝かせる参謀人生こそが、赤葦さん自身の望みでもある。
光と光を繋ぐ…コネクターとしての道を誇りにしてる黒尾さんと、とっても似てるよね。
でも、そんな自分の存在意義に自信を持っているから、逆に自己肯定感が低いんだ。
自分が光となる…『主役』になる可能性なんて、これっぽっちも考えてないんだよ。
「赤葦さんの人生の主役は、
赤葦さん以外の誰でもないのに、ね。」
まさか黒尾さんから、仕事以外のことを求められるなんて。
黒尾さんにとって、自分こそが『特別な光』だなんて、想像すらしたことないはず。
赤葦さんがそういう人だってこと、俺以上に黒尾さんの方が…わかってるよね?
「そういうトコに、惚れ惚れ!…でしょ?」
きっと今、赤葦さんは…
ほぼ身内な幼馴染・孤爪さんではなく、自分が『家族枠』に選んで貰えたことに、
チケットを頂けた以上に衝撃を受け…『衝撃の大きさ』の意味がわからず、大混乱。
「これは過大な世話焼きが下した、極めて合理的な判断。むしろ単純な消去法の結果。
それ以外の…それ以上の意味なんて、ないはず、だけどっ!!…ってなカンジで。」
自分の中で整理ができないまま、とりあえず編集長に電話して、状況報告&休暇申請。
それを聞いた(洗い浚い全部聞き出した)編集部御一同は、大歓喜のお祭り騒ぎ…一転、
1ミリも『コトの本質』に気付いてない超絶鈍感部下に、天を仰いでいるとこだろうね。
「家族枠の『続柄』をちゃんと確認しろ!
そんでもって、祝杯は高級シャンパンじゃなくて、柄樽(角樽)を用意しろ!」
…って、編集長から涙の御説教を喰らって、キョトン?と首を傾げてると思うよ~
樽を知れ?え、違う?『足りてない』ことの方を知れ??難解ですが、善処します…と。
はぁぁぁぁぁ~~~。。。もう、なんで、あんな賢い人が…もうっ、もうっ!大好き!
「でもね。どんなに聡明な人でも。
言葉じゃないと伝わらないものがある。」
いくら紙面を割いて、ドドン!ババン!ってフルカラーで描いたとしても、
そこに言葉がなければ、読者には伝わらなかったり、誤解?曲解?されるのもザラだよ。
まぁ、俺の画力が拙いせいもあるけど、気持ちを伝えるのって、誰だって難しいんだ。
気持ちを発した側が腹黒策士で、受け取った側が狡猾参謀とかいう喜劇的な場合だと、
それがストレートに伝わる可能性なんて、俺の画力が上がるより、はるかに低いでしょ。
「黒尾鉄朗自身の光と繋げたいのは、誰の光なのか…ちゃんと言葉で伝えて。」
自分の気持ちを忍し隠し、鉄面皮を被り続けてきた分、言葉を発するのは至難の業。
しかも相手は、そんな人と『似た者同士』でいたいと、無意識の内に同じ鉄面皮を装備。
アタマもガードもガッチガチに硬いし、聞く耳だって持ってるかどうかアヤシイよ~?
どんな舞台設定や状況証拠を積み上げても、周りがあらゆるお膳立て&尻叩きをしても、
共に光輝きたいと願う、黒尾さん自らの言葉を直接発しなければ、絶対に伝わらない。
「伝わらない、んっ、だから…っ!」
言葉を発する黒尾さんの気持ちを考えたら、ドキンチョー通り越してぶっ倒れそうだし、
言葉を受け取ろうとしている赤葦さんは、恐怖で震えが止まらないだろうし、
そんな二人を『繋ぐ』シーンを妄想するだけで、俺自身は涙が込み上げてくる…
つーか、告白とか求婚とか、繋がる場面を描くのって、すっっっっごいキツいんだよ!?
ついに来た…って、構想段階から胃が痛くてたまんないし、描いてる時も吐きそうだし!
頑張ったって、読者には伝わらない…酷評すらされない無反応とか、ホント泣いちゃう!
「どうせ俺は…っ」
できることなら、楽しいコメディのままでいたいけど、現実はそうはいかない。
キめるべき時には、吐いても震えても、キめなきゃいけない…相手を想うなら、尚更ね。
「『繋ぐ』って、もの凄く…怖い、ね。」
「だが、怖がっていたら…繋がらない。」
ずっと黙って聞いていた黒尾が、突如クッションから顔を上げ、力強く声を発した。
そして、宇内の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してから、背筋を伸ばして立ち上がった。
「俺の光を…繋いでくる。」
- 終 -
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2024/06/12