「おい、ここに入れってか?敷居高ぇ!」
「覚悟、決めるしかないみたいですね。」
祐天寺から徒歩2分も経たないうちに、目的地に到着。
大通りに面してはいるが、住宅街の入口付近にある、小ぢんまりとしたカフェ。
一旦見逃し3軒ほど通り過ぎ、おそるおそる戻ると、ガラス窓の中に楽器が見えた。
繁華街というよりは、商店街のメインから外れた場所にある、オシャレな一軒家カフェ。
ホームページには最大席数30と書いてあったけれど、それは本当に『最大』収容。
普段は店内にそこそこ並べてあると思われるテーブルは、店の隅に山積みにされ、
壁の一面にバンドが演奏する場所、それを囲むようにイスがズラリと並んでいた。

「キーボードに、ギター。大きなケースは…バイオリンのデカいバージョン、だよな?」
「サイズ感としては、セロ弾きのゴーシュが持ってた…セロって、チェロでしたっけ?」
「ん??マイクが、上下2つ…小柄な人用?デュエットをやるバンドなのか?」
「さぁ…あれ?ドラムセット的なのがない?バンドなのに?意味不明ですね。」
観客席は、演奏者の目と鼻の先。下手をしなくても、楽器に手が届く至近距離。
そんな場所に、初心者マーク(音楽赤点黒歴史コンビ)の二人が座れるわけもない。
窓から中を覗きながら二人は一点を見つめ、ガラスに写ったお互いに目配せをした。
「脚の長さに見合うぐらいには、俺達は腰から上も人並み以上、だよな?」
「教室でも一番後ろ、確定。一番奥、一番後ろの壁際、確保しましょう!」
幸い、開場直後とあって、受付待ちをしていたのは、自分達以外には一組のご夫婦のみ。
馴れた様子のご夫婦は、店員さんと談笑したあと、2列目の席に並んで座った。
よし、これなら目当ての席に座れそう。ホッと力を抜き、入口で赤葦が受付に向かう。
その間、黒尾は受付からそれとなく視線を逸らせ、街路樹を見上げて待機。
戻ってきた赤葦と共に、薄暗い店内へ入り、自慢の長脚で最奥の席へ座った。
「黒尾さん。赤と黒、どちらがいいです?」
「赤!あー、今回は名前通りにしとくか?」
「それなら…右と左、どっちにします?」
「左右なら…俺は大体左を選ぶ習性だ。」
席に座って早々、赤葦からの奇妙な質問。
俺達、ユニフォームと名前の色がちょうど真逆なんですよねと微笑みながら、
赤葦はグーにした両手のうち、左拳を黒尾の掌の上に置き、パーにした。
ポトリと落ちて来たのは、1cm角の小さなガラスタイル。色は…やった!赤、だ。
赤葦が握り締めていた熱が、赤葦色を通じて、ほんのり伝わってくる…ような?
「それを持って奥のカウンターに行けば、最初のドリンクと交換して頂けるそうです。」
「なるほど!入場券かつドリンク券か。凄ぇオシャレで、もう既にワクワクしてきた!」
「開演まで、まだ時間がありますから…」
「まずは一杯、喉を潤したいとこだが…」
とはいえ、どう注文すべきか、何を飲むべきか、全くわからない。
自分達の座った場所は、ちょうどカウンターの目の前。
しばらく座って、他のお客様の動向を観察することにした。

ひとり、またひとり。
おそらくスロージャズが流れる店内に、お客様と思しき人々が入ってくる。
会社帰りのサラリーマン風、音楽好きっぽいオジサマ。お散歩途中らしき御婦人。
その人にとって『お気軽』な格好をした、主に中高年の方々が、続々とカウンターへ。
「俺達が今のところ最年少…でしょうか?」
「どっちかっつーと、若輩者…だろうな。」
着飾っているわけでもなく、本当にお気軽なスタイルなのに、雰囲気が…オトナだ。
ライブハウス=バンギャ=ヴィジュアル系、みたいなイメージしか持ってなかった分、
違う意味でのアウェー感に、縮こまる気がする反面、この雰囲気は嫌いじゃない。
分不相応なのは間違いないが、音楽に合わせて徐々にリラックスしてきた気もする。
カウンターにやってきたお客様達は、店員さんと二言三言交わし、穏やかに挨拶。
仕種の一つ一つが、何だか妙にスマートで、芋ジャージでも何故かカッコ良く見える。
クランベリージュース、ハイボール、ジンジャエールに、ジントニック。
アルコールを飲む人ばかりでもないし…あ、具だくさんチキンライス、美味しそう!
「赤葦。今…腹のリズムが、聞こえたぞ?」
「黒尾さんの音に…セッションしました。」
どうやらオリジナルカレーもウリらしいが、テーブルがあるのは最前列付近の席のみ。
手に持ってつまむ程度のものしか、俺達の席では難しそうだった。
いつの間にか、店内には結構な人の数。席も8割以上埋まっている。
静かにグラスを傾けたり、近くの人とのおしゃべりを、朗らかに楽しんだり。
余裕のあるオトナの時間が、店全体に心地良く流れはじめていた。
「そろそろ、落ち着いてきた頃か?」
「ですね。俺達も満を持して突撃!」
注文列から人がいなくなったのを見計らい、イスに荷物を置いて立ち上がる。
熱の籠ったガラスタイルをカウンター上に並べ、一緒にメニュー表を覗き込むが、
何を頼むべきか、なかなか即決できない…何で観察中に決めて来なかったんだろうか。
「えーっと、とりあえず…ソーセージ?」
「クリームチーズと…ぐり、っしーに?」
「なっ、何だそれ?聞いたことねぇぞっ!」
「俺も、知りませんっ!ぼっ、冒険をば!」
赤葦の大冒険に、黒尾は本気でわたわた。お飲み物は?と聞かれ、二人で更にわたわた。
その様子に、カウンターの奥で飲みながら料理を待っていた男性が、ニッコリ笑った。
「おっ、俺達も、あの方と同じ…っ」
「緑色の、瓶を…お願いしますっ!」
ナイス状況判断!と視線だけで健闘を讃え合い、ガチガチの肩を撫で下ろす。
すぐに冷え冷えの瓶が手渡され、こちらでお待ち下さいと、3番の札が横に置かれた。
L字型カウンターの、角の向こう。自分達の席の、1歩半正面。ちょうどいい位置だ。
緑瓶の男性に会釈をし、男性の横に、赤葦。隣に黒尾が立って…まずは乾杯。
「今日も一日、お疲れさまでした。」
「お互い一週間、お疲れ!乾杯~!」
瓶の首を持ち、音を立てずに底を軽く合わせる。瓶に直接口を付けて、静かに傾ける。
いやもう、なんかこれだけで…オトナになった気分。
「っ!ビール、か!こりゃあ美味い!」
「すっきりして、飲みやすいですね!」
何かわからないまま注文したことを、ついバラしてしまった。
オトナらしからぬ失態に、慌てて口を塞いでいると、真横から穏やかな声が響いてきた。
「…ハートランド。」
「え?」
「ハートランド、っていうビールだよ。」
こんばんは。お疲れさま。
隣の男性はそう微笑みながら、赤葦と黒尾の瓶に向けて、自分の瓶をそっと掲げた。
二人も慌ててご挨拶をお返しし、瓶を静かに近付けた。
「エメラルドグリーン…素敵な瓶ですね。」
「海外の…有名な地ビール、なんですか?」
「僕もずっと、同じ勘違いをしてたけど…
国産、麒麟のプレミアムビールだよ。」
瓶の首のとこ、小さなラベル。見てごらん?
男性はそういうと、瓶を持った腕をダウンライトに翳し、眩しそうに目を細めた。
髪型にとらわれないタイプ。フツーのワイシャツに灰色スラックス。ごん太い黒縁眼鏡。
ラベルを見る仕種だって、きっと老眼ゆえのアレなはずなのに…無駄にカッコイイ。
無意識の内に、黒尾と赤葦も腕を伸ばしてラベルの文字を…いや、さすがに早過ぎた。
「心の、中心?っていう意味でしょうか?」
「なあ。眼鏡外したら英語力上がんのか?」
「心の視力が、上がる…という説も。」
「お前、音楽プラス英語も…赤点か。」
「心中、穏やかではありませんね。」
「ハート乱怒は、勘弁してくれよ?」
俺達のしょーもないやりとりに、男性はクスクスと笑みを溢した。
ひねくれた?ハート型の輪っかが乗った、白いお皿を二人の前に置くと、
ハートにはハートが合うよと、お菓子のおすそ分けを下さった。
「仲良しさんだね。お友達?」
いただきます、と指でつまんでいると、男性からさりげなく問い掛けられた。
ごくごくありきたりな、フツーの世間話。だが二人は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「仲良し…さん?」
「友達…ですか?」
あまりにも『キョトン』とした二人に、男性の方が驚いて目を見開いた。
そして、『キョトン』の理由を尋ねる代わりに、同じように首を傾げて二人を眺めた。
その何だか可愛らしい動きと、決して自分からは深く立ち入らないスマートさに、
黒尾と赤葦は警戒心を解き、正直にありのままを話し始めた。
「えーっと、俺らは元々、部活の先輩&後輩で…あ、でも、別の学校でした。」
「ライバルチームですけど、毎週のように練習試合や合宿…袖すり合う程度?」
「今はお互い、別々の仕事をしてますが、数年前から仕事絡みで…協力関係?」
「あの頃と大差なく、毎週のように打合せ&残務に追われる…同病相憐れむ?」
「そんなカンジで、ガッチガチの体育会系序列でもなく、仕事上の付き合いというか…」
「仲はおそらく悪くないですが、かといって友達かと訊かれると、どう答えていいか…」
「友達っつーより、憧れのパイセンだろ?」
「むしろ、超絶可愛いコーハイですよね?」
勝手に俺の心ん中、捏造すんなよ。
そっちこそ、妄想甚だしいですよ。
もう酔ったのか?ハートランド効果か?と、お互いの脇腹を肘でぐりぐり。
そんな二人の様子に、男性はププっと吹き出して笑った。
「ホンット、凄いご縁だね~!」
君達はまだ若いから、ピンとこないかもしれないけれど。
子どもの頃の幼馴染とか、学生時代に遊びまくった親友とかよりも、
当時は袖すり合う程度だったのに、大人になって再会してから、強い繋がりを持つ…
そういう相手ほど、一生の関係を築けたりするもんなんだよ。不思議なことにね。
事実、部活で共に汗を流したのは、最大でも2年ぐらいだよね?
でも、大人になって、仕事上の付き合いを持つようになってから、何年経つ?
「…4~5年ぐらい、だよな?」
「既に…倍以上、経ってます!」
「試合数と同じぐらいか、それ以上…」
「打合せと、呑み会…してますよね。」
親友や部活の同期とだって、卒業後はそんなに連絡取り合ったりしないでしょ。
それどころか、今後一生、二度と会わない人の方が、割合としては圧倒的に多いんだよ。
「仕事であれ、再会しただけで…奇跡。」
ちなみに僕は、学生時代のバイト先にそのまま就職…直後、その事務所が廃業。
一緒に職場にいた時には、一言も喋ったことのなかった正社員のおじさんと、
事務所解散お疲れさま会で、初めて言葉を交わし…十年後、バッタリ再会。
以来三十年、別業種だけど、仕事上の相棒とも言える協力関係が、今もずっと続いてる。
再就職先の、出入り業者仲間と、今では趣味の遊び友達。こっちは二十年以上かな。
外注の技師さんと、現場帰りの電車内。横で読み始めた本が、俺も大好きな推理小説で…
「その外注さんが…パートナーだよ。」
「えっ!?それは、また…ドラマチック!」
「俺ならきっと…その場で求婚してます!」
「お前、ミステリファン、だったのか?」
「何のために文芸部志望だとお思いで?」
「もし俺が、お前に暗号でラブレターを書いたら…?」
「死ぬときは、ダイイングメッセージ…愛を込めて。」
「よし、俺の暗号遺言書が解読できたら…」
「遺産は要らないので、暗号だけ下さい。」
「題名は…ハートランド殺人事件、かな?」
しょーもない馬鹿話に、三人で声を上げて笑い合う。
ようやく運ばれてきたソーセージと、グリッシーニなる長い棒を、赤葦は3つに分け、
追加注文した緑瓶を再度掲げ、今度は音を立てて底をぶつけ合った。
「三十年後の君達が、どうなっているか…」
現段階では、友達?と言えるかどうかも、自分達では自覚してないみたいだけど、
君達みたいなタイプが、実は一番長く、心地良い繋がりを持ち続けるような気がするよ。
六十年弱しか生きてないけど、少なくとも僕の周りには、そういう傾向が強いかな。
「二人の関係の『名称』なんて、
何だっていい…決める必要もないよ。」
この歳になって、たまたまバーで隣り合った半分近く年下の若い子達と、
こんなに楽しくお喋りができる機会が、偶然やって来ることだってある。
もしかすると、またどこかで僕達が出会う可能性だって、なきにしもあらず?
「人は、その人にとって必要な時に、
必要な人と出会う…らしいよ。」
君達にとっては、ただの緑瓶のオジサンかもしれない。
でも、僕にとって君達は、一生に数度あるかないかの、必要な出会いなんだと思う。
確証なんてないけど、年の功かな?なんとなくそう感じることが、稀にあるんだよね。
「素敵な時間を、ありがとう。
そして、二人のご縁を…大切にね?」
男性は柔らかく微笑むと、二人の瓶にもう一度ずつ自分の瓶を当てた。
そして、一気に自分の瓶を飲み干すと、ハンカチで手と口元と眼鏡をサッと拭いて、
「本当に、ありがとう。」と、今度は二人の背をポンポンと叩き、店の真ん中へ…
壁に立てかけてあったギターを、ひょいと手に取った。
「っ!!?」
「っっ!?」
何が起こったのか全く理解できず、ポカンと口を開けて固まる二人。
静まり返る店内、そして響く…優しい声。
「開演には、ちょっと早いですが…
たった今、作った曲を…余興として。」
この場には居ないけれど
どん詰まりだった僕に、花束…ではなく
ネタを贈ってくれた、三十年来の相棒へ
そして、三十年後に再び飲み交わしたい
若くて初々しい、可愛いばかりの君達へ
袖すり合う心を、贈ります
「歌います…『恋愛小説の作り方』」
- 終 -
***********
2024/06/28