猫梟合宿~夏の終わりに~





「何でそんなに、元気爆発なんだ?」
「いつの間にか、復活してますよね」


9月も終わりに近づいた頃。
台風一過の翌日、久々の青空と共に、夏の暑さも戻って来た。
合同合宿を行っていた猫と梟の面々も、過酷な蒸し風呂状態での練習に、ベッタリ撃沈。
体育館外の芝生に寝転びながら、誰かがポツンとつぶやいた。

「ソフトクリームみたいな、雲だな~」

台風は過ぎ去ったとはいえ、まだ雲も風も多く、空の遠くには入道雲も見えた。
夏の暑さと、汗だくの疲労ゆえか、柔らかそうな白が、甘美に輝いているような。
少し離れた所で、指導者達が「むしろビール雲だろ?」と、喉を鳴らすと、
そう言えば今夜、近所の神社でお祭りがあるはずだと、別の誰かがボソリと零した。

次の瞬間、ほぼ全員が立ち上がると、猛烈な勢いで撤収作業を開始。
あっという間に片付けとミーティングを終えると、その場で解散。業務終了!
シメの挨拶をしたはずなのに、当然のように全員ぞろぞろ、祭囃子に導かれていた。


「おーい、はしゃぎすぎんなよ~」
「食べ過ぎも、注意して下さーい」

指導者達は、早々に逃亡撤退。
参道手前で、黄昏空に白い雲が乗った『甘美ーる』を掲げ、宵闇に消えていった。
引率係を押し付けられた黒尾と赤葦は、最初のうちは跳ね回る仲間達を制御しようと、
疲労困憊の中、奮闘を続けていたが、文字通りの徒労に終わった。
ひとり、またひとり、屋台の灯に誘惑され、人ごみの中に駆け込み溶け込み、
赤に染まっていた空が、黒に変わる頃には、全員を見失っていた。

「探すのは、もう、無理でしょうね」
「俺らも御役御免で、もういいだろ」

猫梟達から取り残された二人は、疲れ切った顔を見合わせて、グッタリ溜息。
すると、お互いお疲れ様!と、お腹から労りの和音が響き渡り、二人は頬を緩めた。

「なんか美味いもん、食おうぜ!」
「甘美な白といえば、イカ焼き!」

「タレの赤、コゲの黒でも、イカだろ?」
「青ノリが乗ったタコも、イカがです?」

人波は不得手だが、空腹には抗えず。荒波に飲み込まれぬよう、どうにか白を探して。
ふわふわ綿あめや、純白かき氷には目もくれず、イカ焼きとタコ天を無事に確保。
そして最後に、白い甘美な飲み物といえば、これ一択!と、冷やし甘酒も購入し、
激流と化した参道を何とか泳ぎ渡り、御神木の脇に避難して、ホッと一息。


「我ながら、ジジィのセレクトだよな」
「正確に言うと、我々ながら、ですね」

両手を彩る甘美の渋さに、相変わらず色気ねぇよな〜と、黒尾が自嘲を零すと、
渋味あってこその甘味、だといいですよね〜と、赤葦は苦味を含んだ微笑みを返した。
脚の重さとは裏腹に、いつもと変わらぬ軽妙なやり取りに、肩がスッと軽くなる。

二人はわざと神妙な顔を作り上げ、周りに聞こえないよう、声を落として耳を近付け、
既にわかり切ったことを、ほぼいつも通りのセリフで確認し合った。

「色は違えど、俺ら結構、似た者同士か?」
「同病相憐れむ、同業他社の中間管理職?」

実態は、そう。
でもホントは、それだけじゃない。
そうあって欲しい、相手もそう思って欲しいと、半歩踏み込んだ『言い換え』をする。

「悪ぃ、間違えた!相性抜群黒赤コンビ!」
「漆黒夜に赤提灯?間違いなく飲み友です」

「おい。俺ら結局、オッサン臭ぇだけ?」
「ジジィと大差なし?望むところですね」

ウェ~イ、カンパ~イ!!
ややヤケクソ気味の自虐で笑い飛ばし、白に満たされたプラコップを黒い空に掲げると、
その黒の中に、鮮やかな赤がドンと花開き、白を煌々と照らした。

祭囃子も、街の喧騒も
全てをかき消す、打ち上げ花火
足を止めて見上げ、華に見惚れる人々

黒尾は白を握りしめたまま、黒い闇を染めて爆ぜる赤い光を眺めていると、
その腕を赤葦がそっと引き、「あちらへ行きましょう」と、暗闇の方へいざなった。



*****



滞り密になる人混みにも、花火に魅せられた人々の視線にも捕らわれることなく、
二人の足は自然と光と音からどんどん遠ざかり、静かな場所へと向かっていた。
参道を抜け、飲み屋街も回避し、暫く歩いて辿り着いたのは、小さなお寺の境内だった。
人の気配は全くないが、何故か落ち着く空気感に、無意識の内に足が止まり、
お邪魔しますと、本堂に頭を下げてから、階(きざはし)の陰に並んで腰を下ろした。

「お互い、今日も一日」
「お疲れさま、でした」

小さくぶつけあった甘酒から、結露の雫が飛び散り、赤葦の目元から流れ落ちる。
キョトンと目を瞬かせた赤葦に、黒尾は優しく微笑みながら、頬の雫を拭った。

「赤葦が泣いたとこ、見た気分」
「黒尾さんに泣かされた、気分」

「歓喜の涙だったら、泣かせてもいいか?」
「イカの耳を下さったら、感涙しますよ?」

俺、酒の肴&屋台の飯部門では、世界で一番、イカの耳が好きなんです。
イカは全部、耳でもいいと本気で思ってるぐらい、愛してやまない大好物です。
もし仮に、黒尾さんの分の、黒くコゲたイカ耳を、俺にあ~ん♪して下さったら、
俺の分の、たっぷりと赤いタレが染みたアシを、黒尾さんに全て差し上げます。

「赤いアシ、お好き、ですか?」


猫梟の合同合宿中、二人で残業後。体育館裏のコンクリート階段に座り込んで。
ぬるくなったペットボトルと、夜食代わりのおやつを片手に、風に当たって。
その時とほぼ同じシチュエーション、変わらぬ軽口。二人だけの、まったり寸暇。

それを忠実に再現したように見せかけたつもりだったけれど、そう上手くはいかず。
高く震える声と、赤く染まった耳を、黒夜に隠し通すことはできなかった。

何かをグっと堪えるように、掠れた声でごめんなさいを言いかけた赤葦の黒髪を、
黒尾はぽんぽん撫でて上を向かせると、ニヤリ。腹黒な笑みを見せつけた。
直後、自分のイカをこれ見よがしに赤葦の目前に掲げると、大口を開けてガブリ。
くっきり歯形をつけた黒いイカ耳を、赤葦の口に突っ込んだ。
そして、唖然とする赤葦の手ごとイカ焼きを奪うと、赤いアシにチョンと口付けた。

「世界で一番、大好き、だよっ」

漆黒の夜空へ視線をわたわたと泳がせ、無言でイカをもごもご咀嚼。
お互いが発した言葉の意味を、しっかり脳内で咀嚼する前に、ゴクリと飲み込んだ。

「えーっと、目的語は、何、ですかっ?」
「俺は、質問に、答えただけ、だぞっ?」

「俺、どんな、質問、しましたっけ?」
「さ、さぁ?本意は、わかんねぇ、よ」


揺れる 揺れる 言葉と心
曖昧な言葉に隠し 心をはぐらかす

お互いを想うキモチが、どんな色を放っているか。そんなの、とっくに気付いている。
二人きりの時間がどれほど貴重で、どんなに心地良いのかも、十二分にわかっている。
それでも、お互いの立場上、大きな一歩を踏み越えることができなかった。

(冬を越える、あたりまで…)
(まだ、越えちゃ…いけない)

ギリギリのラインに踏みとどまりながらも、境界線自体をグラグラ揺らすかのように、
キモチを『言葉遊び』で誤魔化しながら、ままならぬ現状を受け入れたつもりだった。
それでも精一杯、境界線越しに伝えようとしてくれる姿に、激しく心を揺さぶられ、
お互いにもたれ掛かり、しがみつきたくなる激情に、駆られそうになってしまう。

「っ!!!」
「ーーーっ」

イカに咽たフリをして。舌を噛んだフリをして。溢れそうな声と雫を、闇に圧し込める。
零れたタレなどを拭うべく、赤葦が黒尾に向けて、おてふきの袋を翳すと、
黒尾は唇を噛み締めながら、その手を一瞬だけしっかり握り締め、受け取った。

「いつも、さん、きゅー」
「どう、いたし、まして」

途切れ途切れの声を交わし、どうにかこうにか衝動を躱して。
揺れをなんとか落ち着けようと、息を潜めながら、同時に深呼吸を繰り返した。


「あ、この香りって…」
「もう…そんな季節か」

涼やかな風に乗って、ほんのり香る金木犀。
その優しい匂いが、もう夏は終わったんだよと、二人に囁いた。

そのまま暫し、秋の香りを楽しんで。
半分こにしたタコ天をくわえ、甘酒で流し込むと、二人はゆっくり立ち上がった。
静かに目を閉じて、呼吸と拍動を共鳴させてから、夜空に向かって呟いた。


「この香りに、包まれる度に…」

暑い夏を乗り切って、二人で一緒にここで秋を感じたことを、俺は思い出す。
そして、その度にきっと、『赤いアシ』が恋しくなっちまうんだろうな。

「今すぐ、逢いてぇなぁ~、って」


遠くに響く花火の音に、紛れ込ませて
黒い空に、赤い焔のカケラを、そっと
微かに触れ合った指先から、届け合う


「いつの日か、季節を越えて…」

金木犀の香りの中、一緒に歩き出せたら。
二人でイカを炙りつつ夜を越え、甘露に頬を染め合う日が来るのを、俺は願っています。

「共に春を、迎えられますように」


胸いっぱいに、秋の香りを吸い込んで。
二人はそっと、小指を絡めた。




- 終 -




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スキマスイッチ『Revival』
恋する動詞111題『32.染める』


2026/09/23 秋分の日