猫梟合宿~試合会場にて~





猫梟合宿~試合会場にて~




都内のちょっとした、大会風の練習試合。
午前の部を終えた梟谷の面々は、選手控室代わりになっているアリーナ席の上方で、
ややゆったりめにスペースを取り、午後の試合に向けて早めのお昼ごはんを始めていた。

チームメイト達が美味しそうな匂いを放ちながら、あっという間に弁当を平らげる中、
参謀の赤葦だけは、階段状のアリーナ席の最上列に座って、黙々と初戦データの整理。
ざっくりだけまとめたところで、一旦タブレットを鞄に戻し、弁当箱を取り出した。
仲間達は、とっくにおやつの菓子パンを頬張り、ダラダラと戯れ、うつらうつら。
その姿をぼうっと眺めながら、弁当箱を腿上に置き、軽く両手を合わせていると、
木兎が急に立ち上がり、赤葦の後方に向かって大きく手を振り、大声を上げた。

「おーーーい!こっち空いてるぞーーー!」
「おっ!ナイス!席取りサンキュー!!」
「木兎さん、アザスっ!!」

試合を終えた音駒の面々が、アリーナに上がってきたのを、木兎が目敏く見つけ、
先頭を歩いていた夜久とリエーフを、全身で手招きした。
呼ばれたネコ達は、仲良しフクロウの隣にわらわらと陣取り、各々のお昼を広げ始めた。

早く休憩に入った方が、2チーム分のスペースを確保。陣取り競争の協力体制を構築。
いつも通りの、大会風景。仲良し猫梟ならではの互助精神、というよりも。

(木兎さんの近くは、空いてる率高し?)

どんなに広い場所だろうと、木兎の存在は輝きを放っている、と言えば聞こえはいいが、
どこにいても声が通る木兎の側はうるさすぎて、全く休んだ気にならないと、
戸美や井闥山からは、ド直球のクレームが飛んで来た。きっと他チームも同意見だろう。
文句どころか、迷子防止の目印にちょうど良いと言い放つのは、木兎慣れした音駒のみ。
特に席を取り合わずとも、猫梟はセット扱いされているのが、東京の伝統かもしれない。

(休んだ気になんて、なれるわけない)

さっさと食べて、次戦対策ミーティングの準備その他諸々をしなければ。
階下をぼうっと眺めながら、お手拭きで丁寧に手指や腕、ついでに首筋も拭いていると、
真後ろよりも少しだけ斜め上方から、穏やかな声がふわりと降ってきた。


「いいにおい、だな~」
「っ!?黒尾、さん!」

雑多な大荷物を抱え、ようやくアリーナ最上部の通路へ上がってきた猫主将の黒尾が、
一番端にいた赤葦の後ろで歩みを止め、少し腰を屈めて赤葦の手元を覗き込んできた。

赤葦は慌てて振り向き、その近さに驚いた表情を瞬時に隠し、ペコリ。
お疲れ様です!と労いつつも、首を横に傾げながら頭を上げた。
まだ自分は弁当箱の蓋を開けてもいないのに、いいにおい、とは???

赤葦もおつかれさん~と返しながら、黒尾も首を横に傾げ、???を飛ばし赤葦を観察。
視線が手を添えた首筋に止まると、さらに体を屈めてその付近に顔を近づけ、納得顔。

「首を拭いてるシート?が、いいにおい」
「あ、これ、お弁当用の、お手拭きです」

くんくんと首筋の香りを嗅ぐ仕種と、耳元に響く声に、くすぐったくなった赤葦は、
お手拭きを広げて頬を扇ぎ、外装袋を黒尾に手渡すと、やや早口で説明した。

「凄く良い香りで、好き…なんです」

家族でよく行く隠れ家的なハンバーガー店さんで、このお手拭きに出会いました。
一般的なものより大きく厚手で、顔中でバーガーを頬張っても、しっかり拭けます。
お店のは、これよりもっとフローラルな、多分ラベンダーの香りでしたが、
その香りもなぜか、お食事の邪魔をしなくて、ふわっとリラックスできるんですよ。
母が特に気に入って、我が家にも同じものを買おうと、一緒にネットで探したところ、
同じ商品で、もっと俺好みの香りを発見したので、そちらを購入して愛用してます。

「なるほど!これは欲しくなるな!」
「ですよね!実用性の高さも秀逸!」

ほんの気休めですけど、ご飯前に、張り詰めたものを少しでも緩められれば、と。
お食事前に、強い香りが残る汗拭きシートを使うのは、あまり得意じゃないので、
手だけじゃなくて、首元や腕もこれでサッと拭いて、リフレッシュしてるんです。

「顔を拭くのだけは、一応我慢してます」
「それやっちまうと、オッサンだもんな」

真顔でオチをつけ、頬を緩めて苦笑い。
こういう一工夫が、結構デカいよな~と、黒尾は赤葦だけに聞こえる声で呟いた。
役職と性格故に、小道具に頼ってでも張り詰めた緊張を緩めようとする切実さに気付き、
黒尾はもう一度、「本当におつかれさん」と囁き、赤葦の頭をポンポン撫でた。

「檜の香り。俺も、凄ぇ好き…だな」

好き、だから…
俺も同じ香りの、同じお手拭きを
赤葦と同じように、使ってみようかな

胸いっぱいに息を吸い込む音が、耳を直接震わせる。
ほんの微かだが、黒尾の肩の力が抜け、その肩に乗っている『重さ』も察した赤葦は、
胸に迫る何かをグッと堪え、一転。パタパタお手拭きを振りつつ、黒尾に向き直った。


「あの、もしよかったら…」

大会終了後、両親と落ち合って、くだんのハンバーガーを食べに行く予定なんです。
檜の香りもいいですけど、お店のフローラルな香りも、それはそれで素敵ですよ。
なので、黒尾さんも一緒にお店に行って、晩御飯がてら香りも確かめてみませんか?
その上で、お気に召した方の香りを、黒尾さんも選んではいかがでしょうか。
あ!お手拭きはオマケ的要素で、主目的は絶品バーガーの方ですから!

「そりゃあ名案だ!ぜひ…」

そう言いかけたが、黒尾は「あ~、でも…」と眉を顰めて視線を下に流した。
すると、下の方から海と鷲尾の会話が、ぼそぼそ~っと聞こえてきた。

「今日はウチも、ここで現地解散なんだ」
「明日は猫も梟も、揃って部活は休みか」

「それなら鷲尾、蕎麦でも行かないか?」
「海のオススメの店、あそこにしよう!」

終わったらカラオケ行く猫梟、挙手!と、さらに下方でも、遊ぶ約束が決まっていく。
カラオケ苦手を公言している二人を誘ってくる気配もなく、帰還引率もない。

それならば…?
大丈夫、か…?

チラリと視線を交わし、頬を緩め合って。
黒尾はやや遠慮がちに「ぜひ一緒に…」と、先程の続きを言いかけたが、
一旦そこで言葉を切ると、赤葦の横にそっと視線を落として、違う言葉を出した。

「隣で、一緒に昼飯、食っていいか?」
「もちろんです!ご一緒しましょう!」

「そうと決まれば、来週の合宿の打合せだ」
「はい。今のうちに済ませておきましょう」



*****



「いやいやいや、そこで仕事の話!?」
「ったく、クソ真面目どもが!!」

弁当と共に書類を広げて打合せをする黒赤コンビに、猫梟の面々は脱力。
何でそうなるんだよっ!と、頭を抱えながら、何とも言えない表情を見合わせた。

「とはいえ、ちょっとは前進した、か?」
「隣で弁当食えただけで、万々歳だが…」

それ以上に、海&鷲尾のナイス機転で、残業ナシ&アフターの約束まで取り付けたし!
そんでもって、初めての外食おデートが、まさかまさかの、両親同伴んんんっ!!!?

「フツーに考えて、見たまんま言えば?」
「ウチの両親に会ってください、だよな」
「とんでもねぇ、大胆かつ決定的お誘い!」

それなのに、二人とも『コトの重大性』に全く気付いている様子はない。それどころか。

「二人が作る、トロットロな桃色感も…」
「まさかの無自覚…鈍感にも程がある!」
「隠そうとする気も、全っっ然ねぇし!」

…いや、逆か。
無自覚だからこそ、隠せない。
隠す必要性を、そもそも感じない。

だとすれば、絶好のチャンス到来だ!

「こんなに、ダダ漏れなんだから?」
「確実に、赤葦パパママは、気付くはず!」
「ニヨニヨ、止まんねぇだろうな~!」

外面だけは抜群に良い、爽やか好青年。両親が気に入ることは間違いない(遺伝的にも)。
檜のをわけてあげるからウチにおいでよ~、このまま泊まっていきなさいよ~と、
あれよあれよという間に、初のお泊りが決まってしまうことは、ほぼ確定コースだろう。
これを命名するなら、そう…

「京治が初めて友達を…かと思いきや!」
「何と!お婿さん連れて来ちゃった事件」
「赤葦家の歴史に残る一日になりそうだ」

これで、赤葦家の方はアッサリ公認完了。
残るは黒尾家の方だが…と、全員の真剣な視線が一点に集まった。

「なぁ、弧爪?」
「大丈夫、心配ない」

クロが親に外泊の連絡。直後、クロの親から「赤葦君って知ってる?」と問い合わせ。
俺がそれに「大丈夫、心配ない」って断言すれば、クロの親も丸ごと『察する』よ。
合宿以外で、おウチ大好き人見知り家猫のクロが外泊するなんて、相当な衝撃だから。

「命名・鉄朗がオトナの階段登った記念日」
「きっと黒尾家は明日の晩、お赤飯だな〜」
「ウチにおすそ分けきたら、皆に連絡する」

嗚呼。
これでようやく、猫梟の隠れた努力も、きっと報われる…はず?


「俺達なんかよりずっと、親はわかってる」
「我が子がどんな性格で…」
「どういう相手が、ドンピシャなのか」
「隠そうたって、隠せやしねぇ」
「隠すつもりがないなら、なおさら…な」




- 終 -




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恋する動詞111題『31.隠す』


2026/09/03