年年頃理
「俺ら一生、溶け合えねぇ、ってことか?」
「それこそ、相性最高の証明、ですよね?」
週の半ば、夜10時頃。
毎週、だいたいそのぐらいに、黒尾と赤葦はおおむね業務連絡の電話をしている。
数日前(先週末)の合同合宿に関する諸々の調整事項、数日後(今週末)の同上。
サクッと仕事モードの話を終えた後は、特にこれといった話題はないはずなのに、
何となくダラダラ、とりとめもなく、互いの声を聴きながら、布団の中で過ごしていた。
「赤葦の声、聴いてるだけで、眠くなる~」
「ねむルーム専用ボイス、略して、ねむボ」
「ネーミングセンス、どうにかなんねぇ?」
「ねむルームは、黒尾さん命名ですよね?」
「色っぽい、気配通わす、ボーイ達」
「略してイケボ、黒赤電話の川柳?」
学業もあり、部活もあり、年齢の割には多忙でギュウギュウな日々を送っている二人。
業務はメッセージのやり取りで十分だし、電話を切れない性格というわけでもない。
だが、寸暇を惜しみ、しっかり睡眠を取るのが最適解だと、十二分にわかっているのに、
週の折り返し地点で、特段の理由もなく、イヤホンから時折伝わる声に、うつらうつら。
「色っぽいのは、名字だけです」
「七七、下の句ツッコミあざす」
何もしない時間が、実はすごく心身にとって大事だという理屈は、どこかで読んだ。
それでも、無駄な時間を過ごしている気がしてしまい、少し罪悪感を覚えてしまう。
(俺は、全然問題ないんですけど)
(俺には、必要な時間なんだがな)
色っぽさはないけれど、気配を意味ありげに無言で送り合い、ぼんやりする。
これも略してイケボ?と、脳内だけでコッソリほくそ笑みながら、二人は言葉を続けた。
「時間って、とけるものらしいですね」
「あー、なんか、聞いたことあるな~」
「そもそも論として、溶ける?融ける?」
「液体か個体か。なら、黒尾鉄朗だと?」
「金属は熔ける。腹黒屁理屈は、説ける?」
「よく解けました。イイ子と、髪を梳く?」
本当に、どうでもいい話。雑誌をめくる音、大あくびのキャッチボール。
さっさと電話を切って、早々に寝た方がいいに決まっているのに。
険が抜けて、ゆったり穏やか。揺蕩い微睡むような互いの声に、力も思考も緩んでくる。
寝落ち直前まで電話をした日は、何故か目覚まし寸前まで、夢も見ないほど熟睡できる。
理屈は解らずとも、何となく判ってるから、週の半ば頃、受話器マークをつい、ポチリ。
「お~い、京治く~ん、起きてるか~?」
「眠気を誘う声で、呼ばれましてもね~」
黒尾の脳内すべてを心地好く揺らす、大あくびの吐息を吹き掛け、赤葦はポツリポツリ。
ペラリペラリ紙をめくる音と共に、ついさっき流し読みした情報の欠片を、零し始めた。
「日本の古代史を動かしてきた、『黒と赤』といえば?」
「真っ先に思い浮かぶのは、『砂鉄と朱砂』の黒赤だな」
製鉄=権力。鉄に関わるものを簒奪し、血で染めてきた証拠が、神々の歴史でもある。
主原料たる黒い鉄と、その精製に必要不可欠な赤い砂(丹)こそが、歴史の核(影)だ。
「朱砂の王、素直に読めば?」
「そのまんま、スサノオだな」
「素戔嗚尊が倒した、八岐大蛇の尾から?」
「権力の象徴たる鉄、天叢雲剣が生まれた」
黒と赤のコンビは、切っても切り離せねぇカンケーってことだよな!と黒尾が嘯くと、
赤葦はそれをあえてスルリと切り流し、ごく淡々と話を続けた。
「なぜ、黒には赤が必要なのか?もちろんこれは、化学の話ですけどね」
「朱砂、即ち硫化水銀がなければ、製鉄は不可能。水銀の特性の話だな」
水銀は各種金属と混和して、アマルガムという合金を作る。かつての銀歯等がそれだ。
たたら製鉄では、砂鉄(鉄鉱石)から不純物を除くため、不純物と水銀を結合させたが、
水銀の『ある特性』がなければ、この精錬方法は成立しえない。
「水銀は、鉄とは混和しない」
「だから、強い鉄が生まれる」
切っても切り離せない、黒と赤は
決して、結ばれることはない定め
「俺ら一生、溶け合えねぇ、ってことか?」
おーおー、俺ら、こんなにダラダラなのに。化学的には、ダメダメっぽいんだな~
鉄クン、大ショック!このままじゃ、今夜は寝られないわぁ~と、黒尾は大げさに涙声。
はいはい、俺らが金属ならそうですねー、このまま金属(勤続)疲労人生ですねーと、
赤葦は自分のボケにダメージを食らい、大げさにゲホゲホ咽てから、潤み声で断言した。
「それこそ、相性最高の証明、ですよね?」
赤と溶け合わないからこそ、黒き鉄は輝きを増し、硬く強くなれ、
常温では液体の赤き水銀は、黒き鉄の器の中ならば、穏やかに安定できる。
「お互いが、お互いにとって」
「唯一無二の存在、なんだな」
「あーはいはい、もうそれでいいですよね」
「おい!スルーっと聞き流すな、ここは!」
つれねぇなぁ~とツッコミを入れつつも、黒尾の声もゆったり穏やか。
ふわっと微笑む頬の振動を、隠すことなく赤葦に伝えてから、一段と声を落とした。
「ベッドの中で、耳元に、唯一無二のイケボを浴びてんのに、よく平気でいられるな?」
最愛の鉄朗サンの熱を思い出し、京治、寝られなくなっちゃうわぁ~って、ならねぇの?
そろそろデレデレに溶けてくれてもいい頃合いなのに、俺よりガチガチにおカタいまま。
黒赤間に劇的な化学変化を起こすため、朱砂の別名・賢者の石に、お願いしてみるか!?
「未だ口に出したことのない、赤葦を溶かす言葉を、いつか言えますように」
できることなら、電話じゃなくて
自分の声で、直接、赤葦の耳元へ
声にならない甘い吐息で、そっと呟く黒尾。
それを聞いた赤葦は、ふーっと大きなため息を吐いてから、トロリと甘い囁きを返した。
「よくそんな大嘘を言えますね。電話を切った後、毎回言ってるでしょう?」
最愛かどうかはさておき、実際に熱を体感した経験が、未だ一度もない清いカンケー。
そもそも『思い出す』ことは不可能。耳元とはいえ、イケボもイヤホン越しですし、
寝られなくなるゾクっと感?も、今のところ想像の遥か外ですから、意思も正気を堅持。
「それに、黒に包まれた赤は、既にずっと、ドロドロに溶けた状態のはず、ですよね?」
ご安心ください。俺も切った後で
溶かす言葉を、布団に包んでます
「っ、あー、ねねねっ、寝言、だよな!?」
「っ、えー、そそそっ、そう、ですよね!」
ちょっと落ちかけて、寝惚け始めたせいか、お互いアレなコトを、漏らした気もするが、
飲み込みきれなかった息と、隠し切れないわたわたを、わざとらしいあくびで誤魔化す。
さすがにデレデレ、じゃなかった、ダラダラし過ぎたから、そろそろ寝ようぜ!と、
雑誌をガサガサ置き、ゴソゴソ布団を被る音と気配で、言外に伝え合う。
「今日も、黒尾さんの貴重なお時間を無駄に溶かしてしまい、申し訳ありませんでした」
「それはちょっと違うぞ。お互いの時間を溶かし合う、贅沢なひとときでした、だろ?」
「成程。時間なら、俺達も溶け合えますね」
「そういうこと。もう、トロットロだよな」
おやすみなさいは、直接言わないまま
互いに気付かれないよう、通話を切る
(その、間接的な言葉の方が!)
(直接ゾクっと、クるっての!)
- 終 -
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恋する動詞111題『26.溶け合う』
※朱砂(辰砂)について →『引越見積⑧』
2026.05.15