指針見出
「へぇー!そんな使い方もあるのか!」
「ですよね。俺もビックリしましたよ」
猫梟合宿、深夜。
自主練と片付けを終え、最後の最後に猛ダッシュで食事と入浴を済ませた後、
チームメイト達を寝かし付けてから、黒尾と赤葦は静かに合宿所を抜け出した。
目的地は、音駒の部室。目的は、逢瀬…ではなく、残業だ。
膨大な書類と共に渡された役得(必要経費)で、夜食をタンマリ購入してから、
二人は部室に座卓を広げ、スルメイカとナッツの袋を開けて、冷え冷えの麦茶で乾杯。
「ぷっはぁ~~~、染み渡るぅぅぅぅ~~」
「深夜のイカほど美味いもの、ないですね」
きっと今頃、俺らにも仕事を押し付けた監督共も、同じようにイカと麦酒をお供に雑務。
俺ら中間管理職が、同じく晩酌ごっこを愉しんでも、赦されるはず。罪悪感は1ミリも…
「オッサン臭ぇよな~、俺らも大概」
「イカもナッツも、健康的な肴です」
「十年後、鉄朗パイセンに麦酒を御酌し…」
「十年後、可愛いコーハイ京治君に奢る…」
面倒臭ぇOBのオッサンごっこを始めようとした黒尾に、赤葦はピシャリ。
クソ可愛くねぇ~と相好を崩した黒尾に、満面の笑みで書類の束を多めに手渡しながら、
文房具や備品の詰まった大きめのポーチを、鞄から出して座卓に乗せた。
「いつ見ても、赤葦の筆箱?工具入れ?は、モノが多いよな」
「黒尾さんの筆箱は、必要最小限。それもまた凄いですよね」
1ミリもヤる気がおきなかった黒尾は、受け取った書類を畳の上に放ると、
赤葦のポーチを興味津々に覗き込み、中を見てもいいか?と視線で問い掛けた。
赤葦もパイセンを見習い、書類をその辺に投げ置くと、空いた手のひらを上に向け待機。
黒尾がそこに自分の筆箱をポンと乗せると、お邪魔しますとチャックを開けた。
「シャーペン、黒赤二色ボールペン、蛍光マーカー、消しゴム、付箋…定規なしとは!」
「メジャーに精密ドライバー、瞬間接着剤、あと…マスキングテープ?いるのかコレ?」
ハサミやカッター、ダブルクリップぐらいなら、まだわかるけれど、
塗装用?の、やや太め乳白色マステなんて、一体何に使うというのだろうか。
人差し指にマステを引っ掛け、クルクル回して首を傾げる黒尾に、
赤葦は「それだけは絶対、外せません」と断言し、同じく人差し指で輪を引き戻した。
「マステ必携は、ウチのマネさんに教わったんですが…」
剥がれては困るメモを記した、強力付箋として。真っ直ぐマーカーを引く代わりに。
ちょっとした埃やゴミを取る、コロコロのミニ代用としても便利。
勿論、部活の打合せ中、ホワイトボードや壁に紙を貼り付けるためにも使うし…
「食べかけのお菓子袋を、閉じるにも便利」
「ジップなしのやつだと、それは助かる!」
スルメの袋をクルクルと丸め、適当にちぎったマステをペタリ。
そこに赤葦が、『黒&赤』とサインペンで所有者名を書くのを見た黒尾は、
満足気に微笑んでその封を開け、赤葦と自分の口に1本ずつゲソを追加し、再び封印。
何となく、それが『ごほうび』みたいに感じた赤葦は、
ゲソとホホを柔らかく解している、黒尾から視線を逸らせるように、
もう一度マステの輪っかに人差し指を引っ掛けて、ピンとその指を立てた。
「もう一つ、ウチならでは?の使い方が…」
赤葦はマステを6~7cmほど切り、片方の端の真ん中に、1cm程度の切れ込み入れると、
切れ込み部分の下半分だけを切り取り、マステ全体が半分の幅になるように折り畳んだ。
その状態で、真ん中付近にペンで文字を…書くのと、なぜか息を一旦止めてから、
いつもは『ぱんつ』って、書くんですけどねと、やや早口で苦笑いした。
「黒尾さんの人差し指、貸して下さい」
「ん?ほれほれ~、お鼻ぴんぽ~ん♪」
御猫様に御挨拶するように、御機嫌の猫なで声を出しながら、人差し指をひょいひょい。
キョトンと固まる赤葦の鼻先を、優しくツンツンこすこす…完全に子猫扱い。
「ーーーーーーっっ!!!」
「っ!!?あ、悪ぃっ!!」
ついつい慣れた仕種が出てしまった黒尾は、目の前でじわじわ赤く染まる不慣れな顔に、
慌てて指を引っ込め、デレデレに緩みかけていた表情を、無理矢理引き締めた。
赤葦は必死に冷静さを装いながら、わざと乱暴に黒尾の指を捕まえて引き寄せると、
顔を見られないよう俯きながら、その指の付け根に、先程のマステをそっと巻き付けた。
「えーっと、これはっ、梟谷学園バレー部の秘技?秘儀?といいますか…っ」
合宿や遠征、大会の前日。ミーティングの最後に、この儀式を行うんです。
もちろん、やるのは一人だけ…マステに最重要事項を記載し、人差し指に巻き付けます。
「その筆頭が『ぱんつ』…なるほど、一番目につく『わすれものメモ』か!」
アイツらしいな~と頬を緩める黒尾に、ご名答ですと赤葦は遠い目。
最初はスマホに付箋を貼っていたが、帰宅までに剥がれてしまって用を為さず、
手の甲に油性ペンで書いた時には、翌日まで落ちず、試合中に全員吹き出し…大失敗。
苦肉の策で編み出したのが、わすれものメモ付マステリングだった。
「毎度、色んな柄のマステが登場し、皆の前で文字を書き、人差し指に巻く…
木兎さんが絶対、おぱんつ等を忘れませんように!と、願いを込めながら」
おウチに帰ったら、いの一番にメモのものを準備してから、リングを外して良し。
外したリングも一緒に持ってくると、次回も可愛いマステでリングを作ってもらえます。
「効果は絶大。今や監督も木兎さんのお母さん、担任までもが秘儀の愛用者です」
俺も時々、特に重要なものなどは、スマホのリマインダーにプラスして、使っています。
音駒さんに書類渡す…略して『ネコ紙』、帰りに和からし買って帰る…『菜の花』とか。
勿論、誰かにして頂く願掛け儀式ではなく、一人で事務的に行う見出し貼付作業ですが。
「なるほど〜!理にも適ってるし、願いを叶えるにも、最適な…場所と方法だな!」
梟谷のマステリング儀式に、感心しきりといった表情で、黒尾は深々と頷いた。
だが赤葦は、黒尾がそこまで褒めちぎる理由がいまいちわからず、首コテンと傾げた。
すると黒尾は、人差し指を高く掲げてから唇に当て、片目を瞑ってシ~のポーズ。
俺もつい先日、リエーフに教わったんだが…と、素直に受け売りを暴露した。
「インデックス・リング。
人差し指につける指輪のことを、そう言うらしいぜ?」
英語で人差し指を『Index finger』と呼ぶことから、この名がついたそうだ。
人差し指は、何かを指し示す指。目標に向かって自立し、行動力を高める指だとか。
夢や願望を抱いた時、その成就を願い、自身を奮い立たせる指針となる象徴として、
自分の目に一番入りやすい人差し指に、願掛けの指輪をはめる、と。
「付箋…見出しとしても使うマステで、『インデックス』リングを作るってのは、
言葉の意味からも、リングの持つ意味からも、二重に『大当たり!』なのかもな」
たとえ苦肉の策でも、単なる偶然でも
モコモコ仲良し梟達が、木兎のために
マステリングを作って、願いを込める
「やたら可愛くて…あったけぇ儀式だな~」
俺、梟谷のそういうとこが
すっげぇ…好きなんだよな
ふわふわ~っと柔らかく頬を緩め、天に翳したマステリングを、眩しそうに眺める黒尾。
そんな黒尾を、同じような視線で見つめていた自身に気付いた赤葦は、
慌てて視線を地に這わせ、床に投げ飛ばしていた書類を、ガサガサ乱暴にかき集めた。
「願い事は『ぱんつ』なんですけど…ねっ」
「『ぷりんと』『ぽんず』も…木兎っぽい」
大真面目な顔で願い事の例をあげた黒尾に、赤葦は思わずぷっと吹き出した。
何で『ぱ行』限定なんですか?と、微笑みながら顔をあげた赤葦の眼前に、
黒尾はぴん!と立てた人差し指を近付け、マステリングをぺしぺし弾いた。
そして、一転。
朗らかな表情をスっと抑え、真顔で真正面から赤葦を見据えて、静かに問うた。
「さて、けいじ君。
このリングには…何て書いたんだ?」
ぱんつの『ぱ』を書きかけて、一旦止めて。
そこから横に数文字ほど書いてから、何が書いてあるのか見えないように、
文字が書いてある方を、わざわざ内側にしてリングを作ってるよな?
途中まで『は』と同じひらがなは
ただひとつ…『け』だけ
その『け』からはじまる、数文字で
意を決すように、息まで一旦止めて
赤葦が、ここに書いてくれたものは
『願掛け』なのか、それとも…?
俺の心当たり…
心から当たって欲しいと願うのは
たったひとつの、『け』だけ
「『け』からはじまる…『所有者名』か?」
先程と同じように、見てもいいか?と、揺れる視線で尋ねた黒尾。
赤葦はそれに答える代わりに、マステを黒尾の方へそっと寄せ、
今度は手の甲を上にして震える人差し指を出し、ぎゅっと目を閉じて待機した。
マステを引き出し、ハサミで切る音
切れ込みを入れて、端を切り取る音
長辺を折り畳んで、ペンの蓋を取り
キュキュキュキュと、数文字分の音
手に少しだけ触れる、大きく熱い手
人差し指にクリル巻かれる、リング
そして、手全体を熱に包み込まれて
「数秒後、これが…
『所有者名』に、なっていますように」
耳元に囁かれる、真摯な願い。
小さく頷くと、人差し指よりもずっと熱くて柔らかいものが、鼻先と唇に…ぴんぽん。
- 終 -
***********
2025/06/14