逢坂之赤

「まさか、こんなところに…っ」
「これが、残っているとは…っ」


年度末修羅場真っ只中の黒尾と赤葦は、大きな納品(のうち1つ)が終わった勢いで、
息抜きがてら、ぷら〜っと散歩?に出掛け…昨日から大阪に来ていた。

聖徳太子が建立した四天王寺、そして日本一高い駅ビル・あべのハルカスを見学。
そびえ立つ新旧ふたつのタワーの、地上と天空の両方から、赤く染まりゆく夕焼を望み、
ハルカスから見下ろす大阪の夜景の中、太閤さんが整備した美しい街並みを眺めた。

「真っ直ぐに区画整理された街は…」
「夜景…街灯の並びで、際立つな。」

高い所へ行く時は、赤から黒…夕焼~宵闇~夜空の変遷を見られる時間帯を狙うべし。
空が彩り豊かに移ろう様を、短時間のうちに楽しめるのは、実におトク…じゃなかった、
空と街が緩やかかつ激的に変わっていく美しさを、静かに見つめる時間は、
自分の人生を冷静に見つめ直し、慈しむ時間に通じるような気もするのだ。

(赤から、黒へ…繋がる時間。)
(俺達に二人に…ピッタリだ。)

忙しなく、タイパを最重視する日常生活。
疲弊しきった脳と心を休め、自分自身と素直に向き合う時間を得ることは、難しい。
だから、水族館の水槽を延々観察したり、高い所から移ろう景色を見下ろしたり、
『ただ、ぼぅっと』の時間を、日常から離れる旅先で、あえて設けてみるのだ。
これも贅沢な旅の楽しみ方じゃないかなと、歳を取る毎に、二人は何となく感じていた。




かれこれ小一時間、ベンチに座って茶をシバき、ボケ~っとしていただけ。
著名な観光地なのに、イベントもムードもへったくれもない、黄昏のジジィ。
傍からだと、ただの疲れ切ったオッサン共にしか見えないだろうが…

「ゆったりした時間を、お前と二人で生きていく…いい人生だ。」
「あなたと結婚して、本当によかった…理想的な生き様ですね。」

ポロリと零れ落ちた、素直な言葉。
ポカンと口を開けて、目を逸らす。

「お前、こんなとこで、その不意打ち…っ」
「卑怯の、極みです…責任取って下さい!」

結構長いこと夫婦をやっているからこそ、自然と滲み出た互いの思いに、胸が詰まる。
高価な贈物や、豪華な御食事よりも、非日常が生み出す奇跡に、歓喜ひとしおだ。

「旅って、素晴らしいもんなんだな~っ」
「二人で、いっぱい行きましょうね~っ」

照れ隠しに交わす、次の約束。
それすら、頬を赤らめる結果にしかならず、視線をわざとらしく窓の外へ泳がせた。


眼下にはすっかり夜の帳が下りたはずだが、煌めく街の灯が、闇を光の海で満たす。
それでも、眼前の空は暗い…と思った瞬間、街とは違う艶やかな光が、視界に瞬き始めた。

「凄い…!夜景に、花火ですか!」
「こりゃ、見事な…光の響宴だ!」

高さ300mの展望フロアを、ぐるりと回るガラスの壁。
そこに、プロジェクションマッピングで、大阪の観光地や祭の風景、そして大輪の花火…
それらの映像が、静かな夜景の上に重なり、暗い夜空を艶やかに彩っていたのだ。

自然に移ろう光を愛でようと、ここに座っていたが、人工的な光まで楽しめるとは。
思いもよらないサプライズに、二人は息を飲んだまま暫くその光に魅入った。

周りの皆さんも、同じように立ち尽くす中、合図などは特に送り合うこともなく、
二人同時にベンチから立ち上がり、窓を避けて通路奥の閑散としたエリアに足を向けた。
祭の最中に、帰路に着く者…エレベーターホールに向かう奇特者など、他にいない。

(このタイミングの一致こそ…)
(価値観の一致…円満の極意。)

自分達以外には誰も乗らなかった、下りのエレベーター。
60階から高速で現実に戻る数秒の間だけ、モニターカメラに映らないところで、
言葉をひと言も交わさないまま、手の甲と甲を、二人はそっと触れ合わせた。

(祭の華は、皆さんにお譲りしますよ。)
(ウチはコッソリ、睦み合うとするか。)






*****



旅先の朝は、早いに限る。
人の少ない時間に、観光地をゆっくりお散歩し、清涼な空気で心身をリフレッシュ。
喫茶店でのんびりモーニングを食べるのも、旅ならではの特別感を味わえるイベントだ。


「なぁ。朝ごはんにパン、いつ以来だ?」
「ぬか漬けじゃない胡瓜も、久々です。」

朝はご飯に味噌汁。お漬物と海苔に、ちりめんのふりかけか、魚のフレーク瓶。
絵に描いたような『ザ☆老夫婦の食卓』な、黒尾赤葦家。トーストだけでソワっとする。

いくら厚めのふかふかトーストでも、一枚に1つのバターは、ちょっと多すぎる。
視線だけで『半分こ』を確定させ、手を伸ばすタイミングが、完全一致。
微かに触れた指先に眉ひとつ動かさぬまま、二人同時にバターナイフを滑らせて。
静かな店内に、ガチャンカキンッと盛大な金属音を響かせ、疎らな店内に頭をペコペコ。

「その顔で、浮かれ過ぎ、ですかっ!?」
「お前も、もうちょい、顔に出せっ!!」

普段通りを平然と装う…ものの、完全に失敗してしまった、らしくない自分達。
周りの方々に失礼をしてしまった恥ずかしさと、妙に初々しい伴侶に、更にソワッソワ。

「コーヒーで、緩んだ頬が隠せるとでも?」
「ケチャップ、ほっぺに付いてるけどな?」

「白状します。今、物凄く楽しいです。」
「あぁ。必死に、ニヤニヤを抑えてる。」

旅先で不慣れな洋食モーニングを頂くだけでも、楽しくて仕方ない。
ちょっとした失敗にすら、明るく心が躍り出し、全てが微笑みに変わっていく。


「黒尾さんには、赤が一番似合いますよ?」
「合宿中も、全く同じこと言ってたよな?」

「はい、どうぞ。」
「エンリョなく。」

赤葦のサラダの上に鎮座したトマトを、黒尾はひょいひょいと摘み上げ、口の中へ。
高校時代の合宿所でも、似たようなやりとりをコッソリ何度もした記憶に、ニヨニヨ。
あの頃の自分達は、こんな未来を想像だにしていなかったけれど、今にして思えば…

「あの頃から…ラブラブ晒しまくりだな。」
「無自覚鈍感…赤っ恥の黒歴史ですよね。」

周りの仲間達が、どんな風に自分達を見ていたのか。
二人の結婚がバレた時に、仲間達が誰一人驚かず、安堵の溜息を吐いた理由も。
鏡面仕上げの壁に映る、自分達の姿を見なくても、今ならよ~~~っくわかる。

「猫梟合同の、OB会へは…」
「一緒に参加、NGだよな…」

きっと、自分達には全くわからない、長年の夫婦生活でほんわり醸成されたアレコレを、
仲間達は敏感に察し、エンリョのカケラもなく(そもそも不存在)、からかい倒すだろう。
それをストップする根拠も、スルーする根性も、今となっては消え失せてしまっている。

「俺達の不参加、認められると思います?」
「俺達が幹事役。誰もが認める適任だろ?」

「イチャつきを、見せつけてやりますか。」
「三十年後ぐらいには、やってやろうぜ。」

三十年経っても、自分達は変わらない。
自分達含めた、猫梟の仲間達もみんな、変わることはない。
アッサリとそれを断言した黒尾に、赤葦は頬の緩みを隠そうともせず、
高校時代と変わらぬ「…ですね。」の台詞と共に、コーヒーをかき混ぜた。



*****



モーニングを満喫した後は、通勤ラッシュの流れに逆らうように、のんびり散歩。
やって来たのは、大阪城。そのはずだが、公園からは未だ、天守閣は全く見えない。

「城址公園、ではないですよね?」
「天守閣が、あったはずだよな?」

昨日あべのハルカスから、小さいながらもちゃんと『お城!!』が見えた。
スマホのナビや、立て看板を見ても、割と近くにあるように見えるのだが…?
路傍の草花を愛でながら歩き続けていくと、お堀の石垣にようやく突き当たり、
その上の、雑木林の更に上に、チラッと鯱鉾らしきものが見えた気がした。

「まさか、最寄駅から徒歩二十分全て…」
「お堀の外の、公園だったのか…っ!?」

これが、天下人・秀吉の城か。
実際に来てみて初めて、その『大きさ』に触れることができる、つまり、
映像や書物から得る、情報としての知識からでは、現実は殆ど体感できないともいえる。

「来てみないと、わかりませんね。」
「城に辿り着く前に、完敗の気分!」

難攻不落の城と、称されただけある。
さすが太閤殿、御見逸れしました!などと笑いながら、お堀の周りをぐるり。
まずは天守閣の南に存する、豊臣秀吉を祀った豊國神社へご挨拶。
裏鳥居をくぐり、有名な秀吉公像や本殿を横目に見ながら、境内の脇へ。
この地に元々いらっしゃったであろう、摂社の方に足を向けた。


酒屋談義…社寺仏閣等にまつわる歴史考察をするようになってから、
自然と摂社や末社の方からお参りし、元々いた神を確認するようになっていた。
今回もいつも通り、単なる習性ぐらいの心持ちで、ふらっと…の、つもりだった。
だが、人の気配のないひっそりとした摂社の名を見た瞬間、二人は呆然と立ち竦んだ。

「まさか、こんなところに…っ」
「これが、残っているとは…っ」


手前側には、白玉神社。元は某藩の蔵屋敷にあった、白玉稲荷神社が遷座したもの。
祭神はもちろん、宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)。五穀豊穣を司る御稲荷様だ。
個人が勧請していた稲荷神社を、再開発等で地域の神社内に遷すのは、よくある話だ。
同じ宇迦之御霊神を祀る、玉春神社と玉繁神社さんも、すぐ側に並んでいた。

問題は、もう一つの神社
まさかの…『七夕神社』

七夕神社は、主に織姫こと瀬織津姫を祭神とする神社であるが、
藤原不比等&持統天皇コンビの歴史改竄によって、歴史的に抹殺され続けてきた。
明治まで、瀬織津姫を祀ることは禁じられ、代わりに弁才天を置く神社が多かった。
毎年、七夕が来る度に何度も何度も考察してきた、酒屋談義の原点たる存在である。

瀬織津姫を容易に想起させる『七夕』の名を冠すること自体、大変珍しいのに、
それを天下の大阪城、秀吉公の傍に堂々とお祀りしているとは、どういうことだろう?

「まさか、じゃねぇよな。」
「きっと、繋がりますよ。」


御由緒を拝見すると、祭神は稚日女尊(わかひるめのみこと)と宇迦之御霊神。
後者は大蛇の神であり、瀬織津姫(玉依姫)が一夜妻として結ばれた相手だ。
前者の稚日女尊は、『若くてみずみずしい日の女神』という意味で、
天照大神の妹神や、和魂(神様の穏和な側面)、幼名とも言われているそうだ。

稚日女尊は機織の最中、素戔嗚尊の悪戯に驚き、梭(機織の道具)で身体を衝いて死亡。
日本書紀に記されたこの神話と同じ内容が、古事記では『天の服織女』となっている。
名前は記されていない(故意に消されている)が、瀬織津姫のことで間違いないだろう。

また、水銀鉱床の水神である丹生都比賣大神(にうつひめのみこと)が、
稚日女尊の別名であるとも、言われているそうだ。

「高野山総鎮守・丹生都比売神社さんによりますと、
御祭神の丹生都比賣は、あらゆる災厄を祓う女神だそうですよ。」
「大祓で、災厄をかか呑みして流される、瀬織津姫。
まるっきり同じと言って、問題なさそうだよな。悲しいことに。」


また、丹生都比賣は女性の守り神として、神功皇后や北条政子、淀殿といった、
歴史に名だたる偉大な女性達も、篤く崇敬していたそうだ。

「淀殿?大坂夏の陣で、自害した…」
「豊臣秀頼の母…秀吉の奥様だな。」

一応は、繋がった。
だが、秀吉公の妻が崇敬していた女神だからというだけで、
モロに瀬織津姫な神を、(摂社とはいえ)堂々とお祀りする理由としては、少々弱い。

「まだ繋がりは、見えていないですけど…」
「言わずもがなの理由…あるはずだよな?」


その朧げな疑問は、大阪城に着いてすぐに判明した。
あまりにもあからさまな『事実』を目にし、二人は思わず膝をついてしまった。

「今の大阪城は、秀吉が建てた城…」
「…じゃ、なかったってのかっ!?」


1598年に秀吉死去。1600年の関ヶ原合戦以降、徳川と対立。
1614年、徳川が大阪城に攻め入るものの、真田丸の活躍等で退けた…大坂冬の陣。
そして翌1615年。大坂夏の陣で大阪城はついに落城。秀頼・淀殿らは自害、豊臣滅亡。
中学校の授業でも習った、試験必須の『日本の歴史』…教養以前の常識である。

「落城って、言ってんじゃねぇか…っ」
「当然、燃え尽きて、なくなって…っ」

現在の大阪城の遺構は、二代将軍徳川秀忠によって大規模修築された、『徳川の城』だ。
城を徹底的に破壊し、石垣を含めてすっぽり覆い隠すように、何mも盛土をして、
その上に新たな石垣を組み、お堀も掘り下げて、15mも高い天守閣を建てたそうだ。
大坂冬の陣で敗北し、多くの血が流れた、徳川にとっての黒歴史と共に、
徳川より前にこの地を治めた、豊臣の歴史も全て埋め、なかったことにしようとした…

「何という執念。壮絶な、歴史改竄。」
「瀬織津姫を抹消したのと、同じだ!」

最寄駅からもなかなか見えなかった、大阪城天守閣。巨石の積まれたお堀の石垣。
散歩中に見たもののほぼ全てが、徳川が覆い隠した歴史の上に、作られていたなんて。

「天下の大阪城のことすらも、俺達は…」
「歴史のこと、何も知らなかったんだ…」

何年も酒屋談義をして、雑学や歴史考察が趣味だと思っていても、このザマだ。
知れば知るほど、知らないことだらけだということを、身に沁みていたはずだが、
あまりにも知らなさすぎる、知っていても考えていない自分達に、絶望すら覚える。


天守閣に展示されていた、大坂夏の陣屏風。
戦国時代最後の戦い。その熾烈な戦の様子を描いた屏風絵の中には、
周りに住んでいた『普通の人々』達も戦に巻き込まれ、川を渡り京都へ逃げていく中、
敵に追われ、野盗に惨殺される、悲惨な『戦の現実』が、まざまざと描かれていた。

「武将達が群雄割拠した、戦国の世では…」
「数多の『普通の人々』も…血を流した。」

大阪城内の展示には、城の歴史と共に、秀吉の生涯がわかりやすく説明されていたが、
最も力を入れ、観覧者や後世に伝えたいという熱意を感じたのが、この屏風絵だった。
これこそ、大阪が忘れてはならない『歴史』だと、切に訴えていた。

「だから、『七夕神社』を、ここに。」
「大阪城豊國神社に、祀ったんだな。」

大阪城と瀬織津姫は、『同じ』だ。
忘れてはならない『歴史』の証拠。

大阪の人々の想いは、確実に伝わっている。
その証拠だって、自分達は身を以って知っているじゃないか。

大阪城は、豊臣秀吉が築造した城。
徳川が覆い隠した事実を知らない。

逆に、その『事実』を知った時
隠そうとした『真実』の重みを
より強烈に、印象付ける結果となる。

「徳川の城だと、知らなかったことこそ…」
「大阪の人々が、守り続けた…歴史の証。」

権力者達がどんなに事実を隠そうとしても。たとえ歴史書や数値を改竄したとしても。
人々の記憶までは変えられないし、真実を伝えようと願う想いも、消せはしない。
少ないながらも、瀬織津姫を祀る神社はちゃんと今も残っているし、
正しい事実ではなくとも、大阪城=秀吉の城という『本質』が、伝わっているように。

「現地に来てみないとわからないものが、絶対にある。」
「旅の醍醐味とは、まさにこういうところでしょうね。」

旅先でしか味わえない、生の歴史考察。
ここに来てよかったと、切に痛感する。

(豊臣と徳川…両陣営の皆々様。)
(そして、大阪の人々に…献杯。)


二人でじっくり観覧後、お城から外へ。
眼下に見えた光景に、歴史を揺蕩った余韻が一気に醒めた。

「んなっ!!?」
「凄い、人!!」

早朝ののんびり感が嘘のように、そこには入場を待つ観光客達の、大行列。
まるで大蛇がうねるような姿を横目に、二人は足早に脇を抜けて行った。

「やっぱり、旅先は…な!」
「早起きに限ります…ね!」



*****



新大阪駅構内で粉モンの昼食を取り、駅弁を買って新幹線へ。
最後に御当地の駅弁を買うのは、帰宅後にゆっくりしながら、旅の余韻に浸るため。
さすがの黒尾と赤葦も、帰ってから晩御飯を作る気力なんて、ほとんど残っていないし、
最寄駅に着いてから出来合いのものを買うぐらいなら、駅弁の方が合理的かつ楽しい。

「この策を編み出した賢い参謀に、拍手!」
「我ながらアッパレだと、自画自賛です!」

今回は焼き鯖寿司と、たこ飯(ドクターイエロー壺)、そして冷凍の明石焼きを購入。
お昼寝しているうちに、あっという間に最寄駅。晩御飯までゴロゴロする余裕もある。

駅から自宅へ戻る緩やかな下り坂を、物理法則に従った風を装い、少しずつ加速。
職場兼自宅は、軽量鉄骨造三階建。最後の難関・外階段を三階まで上がると玄関だが、
旅から帰って来た時だけ、何故か物理に反して速度を更に上げ、猛然と駆け上がる。

「お前っ、どこに、そんなっ、元気が…っ」
「ジジィが、なに、気張ってんですか…っ」

本当は、クッタクタのはず。大阪城を出た段階で、既に15000歩を超えていたのに。
競うように玄関へ飛び込むと、我先に洗面台へと向かい、手洗いうがい。
今着て帰った服も、鞄の中の洗濯物も、全部洗濯機へぶち込み、部屋着に着替え、
赤葦はお風呂に栓をしてお湯張りボタンを押し、黒尾は電気ケトル&お茶の準備万端。
帰宅後10分程バタバタ駆け回り、やるべきことを全て終えて、居間に大の字でゴロン。


「よし、業務完了!」
「お疲れ様でした!」

寝転がったまま、ハイタッチ。
触れ合った手を黒尾が強く引くと、赤葦は勢いよく回転し、黒尾の上に乗り上がった。

黒尾のおでこに赤葦がおでこを着地させる直前、黒尾は赤葦の頬から眼鏡を外し、
くるりと指に引っ掛けて、器用に頭上のテレビ台に乗せて、赤葦の背を掻き抱く。
既に目を閉じている赤葦は、カチャリと眼鏡が置かれる音と同時に、唇を着地させた。

(たのしかった、です、ね…)
(あぁ、いいたび、だった…)

久しぶり?の、密着。
互いの熱に、背が震える。

もちろん、家を出る前には、いつものように玄関で『いってらっしゃい』の儀をした。
時間としては、約30時間前だが、旅先では文字通り『余所余所しい』雰囲気があり、
なんだか随分と、お久しぶりです!!な気分になってしまうのだ。

「フツーはさ、旅の恥は何とやら~って、ハッスルしてくるはず、なんだろうけどな。」
「旅行中は考察で忙しいですし、宿でもバタンキュー。若気の至り、今は昔ですよね。」

そりゃまぁ、新婚さんの頃には、自宅とは違う桃色ムードが漂う外泊先では、
それはそれは『新婚さん』っぽい、赤面必至なヒトトキを楽しんだ(記憶は封印)。
夫婦として生活する時間が長くなるにつれ、二人の仲は冷ややかに…の、真逆。
ほどよい温もりを、じわじわほわほわ持続させる『いい加減』を、共に習得してきた。


「旅が終わって、ウチに帰ってきてから…このデレデレ甘々っぷり!参ったな~?」

という言葉とは裏腹に、『お疲れ様』の言葉を具現化したような、労わりの触れ合い。
頬を緩めるだけのキスを繰り返し、くすぐったい微笑みで、心身を解していく。

「まだ旅は続いてますよ?おウチに帰って、駅弁を食べ終わるまでが…ですよね?」

軽やかなメロディと共に、お風呂が沸きました~の、おしらせ音が流れる。
ぼちぼち二人で一緒に風呂に入ってから、その後のんびり晩御飯。と、いうことは…


「さぁて、もうひと旅!…だろ?」
「はい!そういうこと…ですね!」




- 終 -




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※七夕考察(2016年) →『予定調和』
※七夕考察(2017年) →『七夕君想』
※七夕考察(2018年) →『夏越鳥和(後編)』
※七夕考察・番外(2019年) →『姫昇天結』
※七夕考察(2020年)→『七月日夕』


2025/03/14