思支尊々

「凄ぇ可愛かった~!物凄ぇ疲れた~!」
「お疲れさまです。可愛かったですね。」


黒尾法務事務所も、世間様の流れに乗って、お盆休みを頂戴している。
とはいえ、実家も同じ都内近郊。黒尾家と赤葦家に一日ずつ顔を出し、お墓参り。
両親達とのんびり食事をして、それなりに家族団欒を味わってきた。

「赤葦のおとーさんおかーさん、全く変わらず…万年新婚夫婦だな。羨ましい。」
「ザックリ黒尾家の皆様も、相変わらず嫁を猫可愛がり…ありがたいことです。」

盆と正月ぐらいしか会わないが、大人になって独立し、家庭を持ったらそんなもんだ。
折を見て連絡は取り合っているし、半年程度ではそうそう大人は変わらない。
…とはいえ。

「黒尾家御一同…お酒、弱くなりました?」
「おとーさん…膝と腰、痛そうだったな?」

変化のスピードは緩やかでも、自然の流れには逆らえない。
飲み食いの量が少し減っていたり、血圧計が置いてあったり、食後の薬が増えていたり。
自分が歳を取っている以上に、親達も老年の域に入っていることを、徐々に実感。
かく言う自分達だって、精神的には未熟者でも、肉体的ピークはとっくに過ぎている。

ゆったり、ゆるやかに
だが確実に、老いていく

「お互い、白髪…出始めましたよね。」
「家系ラーメン…そろそろ卒業だな。」

「いぶし銀の紳士も、悪くないですよ?」
「本格中華のそば、発掘しに行かねぇ?」

ゆっくり、おだやかに
成熟を共に、愉しもうか


どうやらウチは、実年数よりもはるかに早く、『老夫婦』の境地に至りつつある。
自宅兼事務所で共に働く、個人事業主&青色専従者夫婦であることが、大きな理由。
外回りの仕事がない時は、一日の大半を同じ部屋で過ごしているため、
累積夫婦時間が、一般的なご家庭に比べると、単純計算でも倍以上になる。

帰省した黒尾・赤葦両家で、全く同じことを言われてしまった。

どっちが『老夫婦』なんだか

顔を見合わせ、その場では苦笑いしたけど。
心の中では、大満足。安定感バッチリ!という、褒め言葉でしかない。
未だあまり自覚はないが、親から見れば、自分達も良い歳の取り方をしてるのかな?と、
親達の嬉しそうな笑顔から、それとなく察した。


そんなのんびりペースの俺達でも、月日は確実に流れていると実感する出来事があった。
黒赤両家への帰省から昨日戻り、ゴロゴロしていた本日、ウチに『帰省』客が来たのだ。

まだ事務所を開いてすぐの頃、ウチで請けた離婚相談。
緊急性の高い状況だったこともあり、すぐに各機関と連携を取り、相談者を保護。
その後、大きく揉めることなく、離婚を成立させることができた。

その相談者さんが数年後、別のパートナーを連れて来訪した。
黒尾先生達のおかげで、新たな人生を歩むことができました…つきましては、
是非とも新しい婚姻届に、証人として署名して欲しい、と。
俺達は喜んで二人で署名。その一年後、ご夫婦は家族を増やし、再訪してくれた。

それからほぼ毎年、近くのご実家に帰省する度に、
おチビさん達を連れて、ウチにもついでに顔を出してくれるようになったのだ。

「子どもって、あんなにも急に、デカくなるもんなんだな。」
「長男坊は小学校中学年。次男坊も、かけ算してましたよ。」

ついこの間、生まれたばっかりなのに。
いつの間にか歩き、喋り、もう一人増えて、敬語まで話せるようになっていた。


黒尾のおじさん…じゃなかった、黒尾先生!バレーボール、教えて!…下さいっ!
えにっき、ここでかく!…です!けいじおじちゃん、こっちむいて!…ください!

「相変わらず、黒尾おじさんはデレッデレ…寝落ちするまで、延々遊び倒しましたね。」
「けいじおじちゃんは、けいじさんと言い直すまで、笑顔…子どもにも容赦ねぇよな。」

「心情的には甥っ子ですが、俺は叔父様ではありません。敬語は正しく教えませんと。」
「小父様なら、問題なくねぇか?それに、敬語じゃなくて敬称?お前も正しく使えよ。」

「ウルサイ、小言爺。おやつ食べたい。」
「けいじタソ~、幼児返りでちゅか~?」

肩車で痛めた腕を揉み回しつつ、黒尾さんは頂き物のお煎餅缶を開け、おやつの準備。
俺は熱い緑茶を入れながら、黒尾おじさんのデレデレぶりを思い出し、茶々を入れた。
相変わらず、全力で奮闘。見た目によらず、子煩悩…おチビさん、大好きですよね、と。


「子ども…欲しかったですか?」


お茶を注ぎながら、微笑みと共に零れてきた自分の言葉に、自分で驚いた。
黒尾さんも一瞬、缶を開ける手を止め、目を大きく見開いた。
でもすぐに、同じように微笑みながら、お煎餅を物色し始めた。

「子ども?うーん、そうだな…」

自分ではあんま自覚してなかったが、昔から子ども…年下に懐かれるタイプみてぇだし、
ジジィになるに従って、おチビさんが可愛くて可愛くて!甥っ子も他所の子も可愛い!
子どもはみんな、可愛いなぁ~って、年年思うようになってきたよな。

「誰の子でも、子どもは可愛い!」

ただ、自分の子が欲しかったか?と言われたら、うーん?…としか答えらんねぇな。
持ったことねぇから、我が子の特別な可愛さ的な感覚も、全くわかんねぇし、
いてもいなくてもいいけど、たまたまウチはいなかった…ってだけの話だからな。
子どものいない、夫婦二人だけの家庭に、何の不満も…足りてない感?も、まるでない。

「事実、ウチと似たような、専門技術職の個人事業主の夫婦…やけに多いと思わねぇ?」
「えぇ。各々違う分野でも、夫婦共闘でも、子どものいないつがい…ごく普通ですね。」

「そして、そういう夫婦は、例外なく…」
「物凄く、仲良し…ウチといい勝負で。」

結婚しても、しなくても。結婚後、離婚したっていいし、再婚するのも勿論いい。
結婚に関わらず、子どもをもっても、もたなくても、幸せならそれでいいじゃないか。

「少しでも幸せになれるようお手伝いするのが、俺達サムライ業、なんだが…」


争いに終止符を打ち、新たな人生を歩むための『土台』を作る。
その前提として現状を『壊す』面が、特に離婚専門だとどうしても強くなってしまう。
こんなツラい仕事、俺だって本当は…風俗営業の申請とか、そっちがヤりたかったよ。
離婚の仕事は、正直カネにはなんねぇし、キツくて担い手がごく少ない…
他にいないから仕方なく、後任を見つけられずやり続けるしかなかったのも、事実だ。

「『壊す』俺達は、恨まれて…当然だ。」

だが、そんな俺達でも、『生み出す』に関わることがあると、最近わかった。
あの甥っ子達は、俺達がいなければきっと…この世に生まれてこなかった。
親でも、叔父でも、祖父でもない。遺伝的には全く繋がりはないけどさ、
俺達が生み出したといえるかもしれない子どもが、実際にいるんだよ。

「心底、震える…喜びよりも、怖さ?で。」

どう表現したらいいんだろうな、この感覚。
凄ぇ嬉しいのは間違いないし、責任を感じる程の関わりも、実は大してないと思う。
でも、もし俺達がいなかったら?って考えちまうと、肝がキュンと冷えるっつーか。
本当に、よくわかんねぇ。わかんねぇけど、これだけはハッキリ言える。

「この仕事して、よかった…
俺、初めて、そう思えたんだ。」


…っ、あー、悪い。
お前の質問にちゃんと答えず、珍しくつまんねぇ話をダラダラしちまったな。
別に俺は、答えをはぐらかそうとしたわけじゃないんだが…すまねぇな。

黒尾さんは照れ臭そうにそう言うと、音を立ててぬるくなったお茶を啜った。
俺はその音に紛れ込ませるように、鼻をズズズと啜り上げ、黒尾さんにしがみ付いた。

「おぉっ!?ど、どうしたっ…!?」
「俺も、同じ…わかり、ますっ!!」


俺の主業務は、都市再開発に係る補償。
新しい街を生み出すために、現状を『壊す』ことを、続けています。
防災の観点からも、必要不可欠な仕事であることはわかっていますけど、
現在そこに住み、お仕事されている方々の生活を壊すのは、やはり心苦しいですよ。
地上げ屋と勘違いされたり、大手デベロッパーの手先だと謗られたりもしますし。
養生パネルに覆われ、解体され、整地され…あまり見たいものではありません。

「『つくる』だけが、建築土木じゃない。」

それでも、数年ぶりにその土地を通りすがった時、真新しいビルが建ってるのを見て…
勿論俺は、建設には携わってない。物理的に『つくる』ことはできない立場ですが、
それでも、俺達がいなければ、つくる以前の問題…街は、生まれなかった。
人々が行き交い、広く美しく再生した、新しい街の姿を見て…キュンとなりました。

「こんな俺でも、世の中のために…
何かを生み出す一助に、なれたのかと。」

法律と建築。主たる分野は違います。
でも、黒尾さんと『同じ感覚』を共有できていることがわかって、俺は嬉しいです。
何年も一緒に仕事をして、共に暮らしてきたからこそ、この『感覚』を得られたし、
そしてそれをようやく、お互い話せた…言葉で共有できたことが、嬉しくて堪りません。


仕事のこと
子どものこと
なかなか口にできない話題を
すんなり話せるようになったこと

「歳を取って、よかったなぁ~と。」


俺達、ちゃんと二人一緒に…
老夫婦への道を、歩んでますね


腕にしがみ付いたまま、ぽそぽそ言葉を紡ぐ赤葦の頭を、黒尾はゆっくり撫でた。
珍しくもいっぱい喋り過ぎましたと、妙にもじもじする赤葦が落ち着くまで、
黒尾は静かに頭を撫で続け、おでこや眉間に唇をそっと落とし続けた。

しがみ付く力が徐々に緩み、呼吸も穏やかになり、同時に体温も上昇。
帰省続きと来客&子守の疲れと、絶対的な安心感に包まれ…眠くなってきたようだ。

(まるっきり、子どもみてぇだな。)

伝わってきたあくびと微笑みを噛み殺し、ぽわぽわし始めた赤葦の頬に手を添えると、
宝物を包み込むように顎を掲げ、視線をしっかりと合わせてから…触れるだけのキス。

「お前が伴侶で、本当によかった。」

声にならないほどの、微かな囁き。蕩けるほどに柔らかい、優しい微笑み。
最愛の伴侶の甘い言葉と表情に、トロントロンにとけてしまった赤葦は、
黒尾の首に腕を回して自らの方へ惹き寄せ、先へ導くようにそっと瞳を閉じた。


「ーーーっ!!!?」

その瞬間。自分が引いたよりも、はるかに強い力で、クッションに頭が着地。
熱を発する全身で圧し掛かられ、息も継げないほどの、激しい…キス、キス、キス。
予期せぬ黒尾の豹変ぶりに、咄嗟の反応ができなかった赤葦は、
ただなされるがまま、降り止まぬキスの雨を受け止め、熱を浴び続けた。

「ちょっ、この…ジジィの、くせにっ!!」
「誰がジジィだ。まだ…現役バリバリっ!」

「おっ、落ち着いて!黒尾のオジサン!!」
「やーだね!オジサンじゃないもーん!!」

「今度はあなたが、幼児返りですかっ!?」
「てちゅろう、甘えたいオトシゴロなの~」

いい歳して、何おバカなこと言ってんだか
いや、いい歳になったから、言えるのかも

大人になってから保護した元野良猫が、十年程経ってやっと、甘えてくるようになる…
喉を預け、全力で擦り寄り、お腹を見せて、腕枕をして熟睡。それにソックリだ。
心を許し合い、全てを曝け出し、甘えられるようになるには、それなりに時間がかかる。
猫も人間も、共に暮らす夫婦も、全く同じかもしれない。


「はいはい。もう、しょうがないですね。」

胸元に顔を埋め、ぐりぐり。不器用な甘え方をする黒猫を、むぎゅーっと抱き締める。
しょうがないじゃないか。こっちだって、甘やかし慣れてない…加減なんてわからない。
お互いにやりたい放題、抱き付き撫で回し、息も継げない程のキスを、おねだりし合う。

「待て待て。お前まで甘えて、どうする?」

もう、何が何だかわからない。わからないけれど、いいじゃないか。
でも、これだけはハッキリ、言葉で相手に伝えたくて、たまらない。


「あー俺、今、すっげぇ…幸せだ~~~っ」
「最っっ高~に、幸せ…良い人生、ですっ」




- 終 -




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2024/08/16