ほんのちょっとした仕種から
いつもの癖が垣間見えることがある
それと同時に長い『時間』も感じてしまう
(絶対に、敵わない…)
生川高校での合同合宿の帰り道。
同じ東京方面に戻る猫と梟は、長いこと一緒に電車に揺られる。
合宿帰りの大荷物、大柄な大所帯。最も人の少ない車両に乗るのは勿論のこと、
乗換駅でも極力人通りの少ないルートを選んで、御迷惑がかからないよう気遣っている。
ただでさえ、目立つサイズ感。
高校バレーを知っている人からすると、音駒も梟谷も『名のある』存在。
少しでも気に障るようなことをしたり、問題を起こすと、すぐに『人の目』に捕まる…
不快感等を世界中に御報告され、高校生と言えども世間様からは赦されはしない。
(スター達の光を、消してはならない。)
大げさでも何でもなく、猫梟にはスターの原石がごろごろしている。
プロや日本代表。それ以外の道での成功。そんな輝かしい将来へ続く道へと、繋ぐ…
とまでは烏滸がましくて言えないが、その道中は明るくしておいた方が賢明だろう、と。
(10年先を見通す思考…見習わないと。)
「海君が、抜け道を発見したらしいんだ。」
そう言って黒尾さんは、いつもと逆の先頭車両に、猫&梟の毛玉達を詰め込んだ。
私鉄からJRへの乗換駅のホーム端に、駅ビルに直通する上りエスカレーターがあり、
ほんの50歩ビル内を通ると、屋外の下りエスカレーターで、JRへ抜けられるそうだ。
大混雑する中央改札、その先の正規乗換ルートをすっぽり回避できる、ガラ空き猫道だ。
「唯一の難点は、その50歩が…飲食店街。」
「誘惑と戦う50歩…まさに修羅道ですね。」
二人で苦笑いしているうちに、乗換駅到着。
人の少ないホームの端に、一人乗り用の細いエスカレーターが、ぽつん。
普段は人の多い乗換駅だろうけど、日曜の日没後夕食時ともなれば、話は別。
住宅街で通勤通学ラッシュがない時間だと、ホーム端に人の姿は皆無。
海さん&鷲尾さんを先頭に、猫梟混合毛玉群が、モコモコ上って行くだけだった。
ホーム(2階)から駅ビル4階へ向かう、2フロア分の天井高があるエスカレーター。
1段も空けず1毛玉ずつ順に乗せ、最後にホームに残ったのは、俺と黒尾さん。
1フロア分ぐらい上った海さんから数え…よし、全員OKですと目配せ。
黒尾さんは小さく頷くと、ごく自然な仕種で一歩だけ身を引き、俺を上へと促した。
(っ…さすが、ですね。)
群れのしんがりを務められるのは、この人しかいない…けれど。
俺なんかにも先を譲ってくれた、そのスマートかつ無意識の行動に、内心息を飲む。
こういうのこそ見習うべきだとわかっているが、そう簡単にできるもんじゃない。
天性の素質プラス、長年の経験…『いつも通り』の積み重ねあっての、癖や仕種だ。
(敵わないな、この人には。)
もう一息喉に押し込んでから、お先に失礼しますと軽く頭を下げてエスカレーターに。
その頭を上げると、視界の端にチカチカと不自然な光を感じ、上を向いて…パチパチ。
「っ…どうかしたか?」
「っ!?いえ、あれ…」
俺の動きに気付いた黒尾さんは、すぐさま俺の背を指先でツンツン。
反射的に振り向くと、すぐ近くに黒尾さんの顔。
予想外の近さに、お互いちょっと驚くも、それを瞬時に隠して視線を上へ飛ばした。
「成程な。あれは、気になる…な。」
「えぇ。落ち着かない…ですよね。」
スター候補達の行く末を明るく照らす、頭上の星々…天井ダウンライト。
まっすぐ連なる星の中で、全力疾走直後の鼓動並の速さで、点滅しているものがあった。
LED照明らしいが、2フロア分の道上に3つもチカチカチカ…寿命だろうか。
「これ交換すんの、すっげぇ大変そうだな。終電後に止めて、梯子持ってきて…」
「そう頻繁にはできないでしょうから、あと何個か消えたら、まとめて交換…?」
「とはいえ、この速いチカチカは、情緒不安定になりそうだよ…な???」
「ですね。無駄に心拍数が連動して、上昇しそうな気がしますね…???」
(何だろう、この…違和感?)
遠くでチカチカ点滅していても、明るさ自体に問題があるわけではないし、
途中から両側も壁に覆われてトンネル状になり、ホームの騒音もさほどうるさくもなく、
黒尾さんの顔もくっきりはっきり見えて、声だってしっかり聞き取れている。
(何かが、違う…?)
そういやあ、光の明るさと季節性鬱病に関係があるって、読んだことあるな~とか、
睡眠障害の治療にも、光を使うことがあるらしいと、俺も読んだ記憶があります~等、
いつも通りのどうでもいい雑学談義をしながら、緩やかに上昇。
チカチカ照明は遥か下方、とっくに視界からは消えているはずなのに、
いつもと違う何かを感じ、黒尾さんの方も微かに眉を寄せ、首を僅かに傾げていた。
たった数秒、高速チカチカを見た程度で、こんなに落ち着かない気分が続くわけない。
(仮にそうなら、精神科医なり建築家なりは、駅長さんに即時交換を訴えて欲しい。)
他愛ない会話をしながら、ソワソワの理由を探そうと試みるも、
別の『強烈なモノ』に五感と意識をゴッソリ持っていかれ、中断を余儀なくされた。
「これは、予想以上に…キツいですね。」
「天ぷら、パスタ、中華…胃袋直撃だ。」
上から漂ってきた、実に美味しそうなアレコレのにおい。
エスカレーターを先に降りた毛玉共が、やけに静か&早足になった理由も、頷ける。
ゴクリと唾を盛大に飲み込んでから、鼻も口もしっかりと閉じて、
前を行く仲間の足元だけを凝視し、大股で修羅の道…駅ビル飲食店街を通り抜けた。
***
「シャバの空気は…お、意外と冷てぇな~」
やや上昇傾向にあった心拍が、息を止めたまま競歩50歩で、さらに加速。
駅ビルを出て、JR連絡通路へ再び2フロア分降りる屋外エスカレーターに乗る前に、
少しだけ歩みを止めて、深呼吸。心地良い夜風が、心身を幾分か落ち着かせてくれた。
俺の後にビルから出てきた黒尾さんも、俺の真横で足を止め、同じように深呼吸。
お互いにほんのり頬を緩め、欲望に耐え抜いた健闘?を讃え合うと、
黒尾さんは一歩大きく踏み出し、今度は俺よりも先にエスカレーターに乗った。
(何だ。さっきのは、ただの…)
先を譲って貰えたと思ったのは、俺の贔屓目?色眼鏡?都合の良い勘違いだったか。
夜風に当たった以上に、何故かスン…と冷えたような、動悸も治まったような。
その理由を『思い当たらない』よう、目前のツンツン頭から意識を逸らせようとした。
だが1段分下らないうちに、後ろ手に回した手で、ジャージの裾をツンツン引っ張られ、
再び反射的に「はい。」と答えて頭を前方に傾げ始めたところで、
「ほら!あそこ…見てみろよ。」と、黒尾さんがおもむろにこちらへ振り向いた。
「お月さん、すげぇキレイだぞ…っっ!?」
「っっっ!!!?」
(ちっっっっ…近っ!!!?)
鼻先に触れる、意外と柔らかい前髪。
パチリと瞬く音まで聞こえるくらい。
どんな表情をしているのか?なんて、
まるでわからないほどの…至近距離。
(成程。そういうこと…ですか。)
あ、成程!という黒尾さんの空気で、先程の『違和感』の理由を、俺も同時に察した。
黒尾さんはただ、長年体に染みついた『いつも通り』の行動を、無意識にしていただけ。
エスカレーターの上りは、後に。
下りの時は、その逆。先に乗る。
いつも一緒、ずっと一緒だった、
小柄な相手と話しやすいように。
相手を思いやる優しさに、嘘はない。
幼い頃からずっと、仕種が癖になるほど続けているのは、さすがとしか言えない。
たまたま今日は、移動中の話し相手が俺…いつもと違うのは、黒尾さんとの身長差だ。
雑踏で会話するのに丁度良いはずの『1段分』が、俺相手には高すぎただけのこと。
(俺達には、不相応に…近すぎた。)
黒尾さんと俺の身長差を埋めるには、1段は多すぎる。
でも、たとえ何段積んでも埋められない時間の差を、近すぎる距離が逆に顕わにした。
そして、それに気付いた瞬間、自分の中で滾った熱と、凍り付くような冷たさが、
俺自身が自覚していなかったキモチまで、チカチカと照らしてしまったのだ。
(嫉妬と、絶望。俺、黒尾さんのこと…っ)
現実から。自分のキモチから。間近に迫る視線から。
それらの全てから逃れたくて、ビルとビルの狭間に浮かぶ、お月様へと瞳を向ける。
昇り始めたばかりで、いつもよりずっと近く大きく見える、もうすぐ満ちる月。
やけに黄色い月の上部を、黒い雲が通過…まるで眼下と脳内にチラつく誰か、みたいな。
(今、一番、見たくない…っ)
溢れそうなものが、零れ落ちないように。
綺麗に輝くお月様に、見られないように。
静かに瞼と口を閉ざし、少しだけ俯いて…
「っ!!!?………っ」
込み上げる熱を飲み込み、冷え切った心を鎮めようとしていたら、
何故か俺じゃない『息を飲む』音と共に、さっきより強くジャージの裾を引き寄せる力。
すると、鼻先を擽っていただけの前髪が、閉じた瞼と頬をしっかりと撫で、
その猫毛よりもずっと柔らかく、俺のナカよりも遥かに熱い何かが、そっと唇を掠めた。
「…?……っ!!!?」
「このシチュエーションで、その仕種。
抑えろって方が、無理だろうが…っ!」
近すぎたからこそ何とか聞き取れた、ごくごく微かな声。
睫毛にかかった潤んだ吐息に驚き、目を開けるよりも早く、
黒尾さんはギュン!と正面に向き直り、ゴクゴクゴクゴク…ボトルを飲み干していた。
(あ、耳…首まで、真っ赤。)
…じゃ、なくて。。。
いっ、今のは、もしかしなくても…っ!?
いやいや、これまた俺に都合良すぎる暴走妄想…ただの思い込みか!?
ん?何か盛大な思い込み?勘違い?をしたのは、黒尾さんの方っぽい??
でもでも、その茹で上がった真っ赤っかは、見間違えるはずもないし、それに…
「ずっと、隠し通すつもりだったのに…
本物の『修羅道』は、コッチかよ…っ!」
聞き捨てならない呟きに、俺の沸点も突破。
ボン!と暴発した頭を、ふらふら。目の前で震える熱い肩に、ポフンと着地させた。
「エスカレーターに、酔ったみたいなんで…
介抱を、お願いしても、良い…ですか?」
ビクリと盛大に跳ねる、大きな背中。
そして、今までで一番強い力が、ジャージの裾…ではなく、俺の手を握ってくれた。
- 終 -
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2024/05/22