「お、何だ迷子か、子梟?」 「ひっ!!?い、いえ、ちちち違いますっ!」 自主練が終わり、合宿所に戻る前。 忘れ物を取りに戻るフリをして、用具倉庫の裏側へ。 ブロック塀との隙間に入り込み、ゴロリ…冷たいコンクリート叩きの上に寝転んでいた。 何をするともなく、灰色の夜空を見上げて。 少しうつらうつらしかけていた時、突如視界に、赤と…白。音駒の猫又監督だった。 慌てて起き、お疲れ様です!と頭を下げると、監督は横にちょこんと座り、背を向けた。 「ちょいと、孫の手…貸してくれ。」 「は、はぁ…」 「背中、掻いてくれんか?」 「え、えーっと、このくらいで…?」 「もっと右。あと、真ん中に湿布も頼む。」 「わ、わかりました。シャツ…失礼します。」 言われるがまま、お背中ケアのお手伝い。 いつも遠くに見ている時よりも、ずっと小さくて丸い猫背に、何だかじんわり… シャツを下ろし、ジャージを整えるついでに、固まった肩と背中を、無意識に撫でていた。 「おぉ、子梟…気が利くのぉ。」 「あ、いえ…お疲れ様、です。」 何と答えていいかわからなかったのに、再度お疲れ様と…労りの言葉が、スッと出てきた。 猫又監督は今にも喉を鳴らしそうなご満悦顔で、柔らかく目を細めた。 何だかよくわからないけど、暗闇から突然現れた監督と、縁側でマッタリ時間。 もしかすると、ここは監督の縄張り…夕食後のパトロールコースだったのかも? 狭い隙間だけど、なんとなく居心地が良い場所だから、御猫様の秘密基地かもしれない。 「ヨシヨシ撫でて貰えると、気持ちえぇ。」 「俺も、手が…あったかくなってきました。」 俺は背中をなでなでしている方なのに、何だかこっちの背中まで解れてきたような気がする。 もしやこれが、御猫様の毛玉パワー…撫でさせて頂く僥倖に感謝すべきなんだろうか。 手から伝わってくるぬくもりに、こっちも自然と瞼が下りてくる。 そのまま、どのくらいの時間が経ったのか… ほんの数秒か、長くても数分なんだろうけど、随分『ゆっくり』した気分だ。 御猫様と過ごす時間は、こんなにもゆったりと長く、和やか… 「そろそろ、交代するかの。」 「っ、こ、交代…ですか?」 「ほれ、ここ。」 「え、ちょっ…!?」 腿をぽんぽん叩き、頭を乗せろ…と!? さすがにそんな、無礼にも程がある。固辞しようとするも、意外と強い手に引かれ…着地。 緊張と恐縮でガッチガチに固まった俺を、監督は柔らかい肉球でフミフミ。 (ふわぁ…気持ち、良い…) 多分、魔法の肉球だ。 抗う力も、強張りも、フミフミされるごとに解けていく。 このまま瞼を閉じ、寝てしまいたい欲望に駆られるが…いや、ダメだ。失礼すぎる。 歯を食いしばり、眉間に力を込めて睡魔と戦い始めていたら、穏やかな声が降ってきた。 「赤葦子梟は、ウチの黒猫に、よう似とる。」 「黒猫…黒尾さんと、ですか?」 「あやつも子猫の頃、なかなか懐こうとせず…こうやって固まっておったわ。」 懐かしいのぉ~ まだ生まれて一年ぐらいの、子猫の頃… 同じこの場所で、同じように隠れながら、苦しそうに息を殺してうずくまっておったなぁ~ 「???それ、どのくらい子猫の頃…?」 「ちょうど一年程前…奴が16の頃だな。」 なるほど。猫は生後一年で16歳になり、その後は一年で4歳ずつ歳を取る、だったっけ。 老猫から見れば、一年前の黒尾さんだって、まだまだ生まれたての子猫ってことだろうけど… 「そんなに、似てます…か?」 「おぉ。甘ったれなとこが、ソックリじゃ。」 「っ!?俺はそんな…えっ、黒尾さんが!?」 「甘えたいのに、甘え方を知らん… 不器用で、可愛い奴よの。」 似た者同士のお前さんなら、奴が甘えたい時…ツラいのを隠しとるのが、わかるじゃろう。 その時は、ウチの可愛い子猫を、優しいお前さんがこっそり可愛がってやってくれんか? もちろん、子梟も『交代』して、思いっきり甘やかして貰えばええ。 「あやつのナデナデも、悪ぅないぞ?」 ホントに、懐かしいのぉ。 最後に聞こえたのは、穏やかな声の…おやすみ。 「さて…と。そろそろ脚が、痺れてきた。」 誰かによう似た、頭でっかち子梟。 起こして巣に連れて帰るか、それとも… 「俺が…『交代』します。」 「おう。おやすみ。」 「おやすみ、なさい…」 - 終 - ************************************************** No.004 懐かしむ 2023/07/26 ETC小咄

