伝世尽悟


夕食後、まったりタイム。
座卓を部屋の隅に立て、広々とした居間にゴロリ…
二人並んで寝転び、各々が好きな本や雑誌を眺める、癒しの時間だ。

どんなに忙しくても、たった30分でも、このリラックスタイムは欠かさない。
特に会話もなく、別々のことをしていたとしても、大切な『二人の時間』だ。


ペンギン型のひんやりクッションを抱え、文庫本を読んでいた赤葦が、不意に向きを変え、
TV台へズルズル…ほんの数歩だけ腕で進み、手をいっぱいに伸ばし、漢字辞典を取り出した。
スマホで事足りることが多いが、黒尾赤葦家では読書中の必須アイテムとして常用している。

パラパラとページをめくっていた赤葦の手が止まり、数秒後。
微かに息を飲む音を聞き取った黒尾も、雑誌をめくる手を止めて腕を横に伸ばした。
そこへ、赤葦はスルリ滑り込み…腕枕ゲット。

「何か面白いこと、発見…したんだろ?」
「完璧なタイミング…よくおわかりで。」

赤葦は満足気に微笑むと、それを隠すように黒尾の脇腹に頭を擦り寄せ、
お腹の上にそっと手を添えてから、いつも通りの表情で『発見』を話し始めた。


「『諦める』という字なんですが…
   どうして『帝(みかど)の言葉』と書いて、『あきらめる』なんでしょう?」

そもそも『諦』は、『明らかにする』とか『詳らか(つまびらか)にする』という意味の漢字で、
『つつしんで言う(取手のある刃物+口)』と、『木を組んで締めた神を祭る台(帝)』の象形…
『帝』は『天の神』『天下を治める』『みかど』といった意味ですが、
『しめくくる』の意味から、『言葉で締めくくって明らかにする』会意兼形成文字だそうで。

それが、『諦』のもつ元々の意味なのに。
もう希望や見込みがないと思ってやめる…『あきらめる』という意味が、追加されています。

「何故か…日本のみ。」
「それは…面白ぇな。」

『何故』『面白い』と、口では言いながら。
二人は『いつもの予感』を察し、同時に眉を寄せて溜息を溢した。

「帝が言ったんだから、諦めろ…ってか。」
「その帝は『天の神』…天津神、ですね。」


天神地祇。
日本に古来から存在していた、地の神(地祇)…国津神。
そして、あとからやって来て、元々いた神々を追い遣り、国を譲らせた天津神。
天照大神(アマテラス)を中心とする天神の子孫達が、朝廷の主…『帝』となった。

「帝が欲しいと言ったんだから…諦めろ。」
「それに『まつろわなかった』者…地祇。」

たった一文字、たったひとつ追加された意味。
たったそれだけでも、神々…日本の歴史が垣間見えてくることがある。
全く隠してなんかいない。あからさまな程に残っているのに、考察するまでは気付かない。
『酒屋談義』ではお決まりのパターンだが、まだまだ出てくるのか。


「神・社・祇…示(ネ)編は、地の神の象形。」

きっと、言偏+地の神を示す『土』…
もし仮にこういう漢字があれば、『あきらめる』という読みにはならなかったでしょうね。

悲しみの籠った赤葦の呟きに、今度は黒尾が息を飲み、ゆっくり漢字辞典をめくった。
そして、ある漢字を見つけると、目を閉じてかぶりを振った。

「言偏に、土2つ…『詿』って字があったよ。」

   意味は『人をあざむく』こと。
   読み方は…『あやまる』だとよ。

「っ…相変わらず、酷い仕打ちですね。」
「全く、ここまで徹底してんのかよ…っ」

漢字や言葉に、新たな意味や読み方を加える。
これも、時の権力者のみが成し得た、『歴史編纂(改変)』の一部だろう。
酒屋談義で培った『もののみかた』が、またひとつ、小さな『何故?』を明らかにした。

「毎度お馴染みのオチ、なんですが…」
「お馴染みなのが…本当に怖ぇよな。」


暗く沈みかけた空気を払う?祓う?ように、ぽんぽんと音を立てて黒尾は赤葦の背を撫で、
妙に甲高い咳払いをしてから、『天の声』風の裏声で嘯いた。

「さて赤葦京治君。あなたには『諦められなかった』人が、今までいましたか〜?なーんて…」
「黒尾鉄朗さんですね。より正確には、過去も未来も『諦めるつもりは毛頭ない』人ですが。」

場を和ませようとおちゃらけたつもりが、まさかのド直球で返ってきた。
しかも、自分が期待した以上の豪速球デッドボール…希望や見込みだなんて、そんなそんなっ!


「…何で、黙ってるんです?」
「い、いや、そりゃ、お前…」

「俺がデレることなどないと、諦めて…?」
「いやいやいや、そうじゃねぇ…逆だよ!」

平然と言い切っておきながら、その顔は…
明らかにあからさまに真っ赤っかで照れまくりとか、ズルいにも程があるだろうが!

「まさに『詿』…あざむかれた気分だよ!」
「とか言いつつ、デレデレ顔…ですけど?」

互いの脇腹をツンツン、身を捩って擽り合う。
あぁ、何だか物凄く…くすぐったい。
微睡むようなあたたかさに包まれ、瞼と唇を同時に閉じ合わせる。


「今日も、良い一日でしたね。」
「あぁ。幸せで楽しい一日だ。」




- 終 -




**************************************************

No.003 諦める

2023/07/25 ETC小咄